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ラーメン・糸末

「いとすえ」と読む。6条中通り(7条側)7丁目にあった老舗ラーメン店。
濃厚なスープの味が多くのファンを魅了していた。筆者も何回か通ったが満員で入れないことも一度ならずあった地元の人気店であった。
ところでこれまで紹介してきたお店の多くは、店主の高齢や後継者不在など、割と「ありがち」な事情だったが、どうもここはちょっと違うのではないかと思う。
 元々、この店も以前紹介した「牡丹園」同様、先代店主が店内に犬をつないで生ぬるく営業していた。
 その頃は、決して行列が出来るようなラーメン屋ではなかったと思う。
 しかし、十数年前、首都圏でIT企業の管理職に就いていた息子が脱サラして跡を継ぎ、新メニューの開発、ラーメン専門店への特化、店舗の改装、広告拡大などの近代化を断行した結果、辛みそを中心とする独自の味が定評を獲得し、旭川有数の名店に数えられるまでになったのだ。
 あのまま順風満帆で行ってくれたら、と今でも悔やまれるのだが、8年ほど前、旭川に某大型ショッピングモールが進出した際、その中に何店かのラーメン屋を集めたラーメンエリアができることになった。当時、まさに「日の出の勢い」だった糸末は、他の有名店とともに「社運を賭けて」その中に出店し、ほぼ同時に初の支店である「深川店」のオープンに打って出た。
 しかし、大手企業の巨大な歯車に組み込まれる形で様々な制約が加わり、味も経営も維持するのが困難になったのではないかと推測される。
 このテナント入居と時期を前後して冒頭に書いた6条のお店は、「スープ工場」と化し、店舗としての営業はショッピングモールの店に集約されたが、やがてモール内の店が閉店した後も、この本店が再開されることは二度となかった。(噂では、店主は健康を害して療養中とのこと。)
 筆者は、職場にほど近いこの店がお気に入りであっただけに、雑草に覆われ、荒れ果てた本店跡を見るにつけ、えもいわれぬ寂寥感に包まれずにはいられない。
 この年になってしみじみ思うのだが、時の経つのは本当に早いものである。

(写真下・現在の本店の様子)

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2012.08.28 | コメント(4) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

コメント

私もイオン移転前の味に魅了されていました。
北見から糸末目的で月に一度は旭川に行ってたくらいです。

まだ某モールの店舗がある頃に知人が病院で二代目を見かけたそうなのですが、かなり気を病んでいる様子だったそうです。

モール店舗のプロデュースには某道東地方の町名を冠したラーメン店の運営会社が関係しているみたいですね。
その会社を恨めしく思うのは筋違いなのでしょうかね…。

2013-12-10 火 05:26:38 | URL | ニジンスキー #zdTho2Xg [ 編集 ]

コメントありがとうございます。

ニジンスキーさん、こんにちは。ターメリックマンです。コメントありがとうございます。「知人が~気を病んでいる様子」→心配ですね。お元気になられていることをお祈りします。「モール店舗の~関係している」→ひょっとして“F”のことでしょうか?コメントにはとても元気づけられます。週1を目処に更新していますので、ヒマな時にでも遊びに来て下さい。

2013-12-10 火 17:14:34 | URL | ニジンスキーさんへ #- [ 編集 ]

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2016-05-02 月 10:36:39 | | # [ 編集 ]

コメントありがとうございます。

えーえっと・・さん、コメントありがとうございます。イオン店の件について、そんな事情があったんですね。貴重な情報ありがとうございます。糸金は糸末の店主が裏方でスープを作り、親戚の方が経営されているようです。私もまだいったことがないので、近いうちに行ってレポートしたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

2016-05-14 土 00:46:08 | URL | えーえっと・・さんへ #- [ 編集 ]

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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