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ラーメン・幸来


「幸来」のあった場所。
中央が市場の入口で、その右側が店舗、反対側が店主の居住区だったと記憶している。

「幸せが来る」と書いて「こうらい(幸来)」と読む。良い店名だ。まさにそうありたい、と思う。
店の前を通るとおいしそうなスープのにおいが漂ってきたものである。つゆの表面にはこってりとラードが浮かぶ濃厚な味だったが筆者はとても好きだった。
少し話はそれるが、かつて筆者の実家でのラーメンの出前は、決まって隣にあった「R軒」から取っていたのだが、必ず出前を持ってきたのが、当時R軒で働いていた幸来のマスターだった。
出前を持ってくるときに、岡持ちを持ったまま家の中に上がり込んでくる様子は鮮烈な印象となって今も筆者の脳裏に蘇ってくる。その後、R軒から少し離れた場所に、独立して開店したのが幸来である。
R軒の方はと言うと、やがて閉店し、そのあとは確か居抜きで「A」という店が開店(そこも美味しかった)。数年間は営業していたが、今、そこにラーメン店の面影は無い。
 さて、なにせご近所なものだから、その幸来のマスターとも、たまに銭湯で一緒になったものだ(牡丹園の回でも出てきた銭湯。名前を明かせば、今もある「旭鉱泉湯」)。幸来のマスター、なかなかの左党と見えて、たま~に一杯きこしめして、すごくご機嫌だったことがあった。
 あれほどラードのこってりとした味は今のラーメン店にはあまり見られない(蜂屋もちょっと違う。強いて言えば一昨年、永山にオープンした「とうがらし」という店が近いと思う)。
 砂川に全く同じ名前の「幸来」という店があるが中華料理店の名前としては割とスタンダードな部類と思うので関係は無いであろう。そこもなかなか個性的な店らしいので閉店する前に一度行ってみたいと思っている。(行こう行こうと思っているうちに閉店してしまう店は案外多いのである。例えば和寒の有名店「大勝」は最近廃業してしまったそうだ。

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2012.08.24 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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