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サフランまち歩き~今は無き懐かしの・・・味の幸の思い出

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写真1:「味の幸あと」

 8条通8丁目、9条側の仲通りにあった「味の幸(みのこう)」というお寿司屋さん。
 今、あと地は駐車場であり、こちらに壁を向けている建物はかつての立藤(たてふじ)金物店である。
 本来なら当ブログが始まった頃に取り上げるお店だが、当時、あまりにもマイナーだと思ったのだろう。今回初めて語る次第である。
 このお店、当時(1980年代)の筆者宅では出前に使うことがほとんどだった。
 それも自分たちで食べるためより、遠方から大事なお客さんが来たとき、そのお客さんに振る舞うことが多かった。
 お店に行ったこともないわけではない。一番思い出に残っているのは中学の入学式の後(なので1983年の4月)、祖母と二人で訪れたこと。
 そのとき食べたカツ丼の味は今でも良く憶えている。
 その味の幸、1990年代の終わり頃まではあったと記憶している。閉店間近の頃、当時の同僚と昼食に訪れたのが最後で、いつの間にか閉店していた。

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写真2:「八条ビル」

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写真3:「スタルヒン居住地の看板」

味の幸の仲通りを挟んだ向いにある八条ビル。その駐車場の一角に、写真3の「スタルヒン居住地の看板」がある。
 旭川が育てた偉大なる大投手、ヴィクトル・スタルヒン。
 革命によりロシアの大地を転々としたスタルヒン一家が日本に亡命、旭川に落ち着いたのが1925(大正14)年、スタルヒン9才の時だった。
 写真2の、現在八条ビルがあるところに両親がミルクホールを営み、スタルヒンも焼いたパンを売って家計を助ける傍ら、仲間とともに野球に汗を流す少年時代を過ごした。
 ずいぶん昔の記事に(いつ書いたか忘れるほど昔)、かつてこの辺を八条川という川が流れていて、スタルヒン少年が対岸にボールを投げて肩を鍛えたと書いたが、肝心の八条川の位置が分らなかった。
 だが最近、その八条川の場所が分ったので、そんなことも機会があればお伝えしたいと思っている。

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2023.07.18 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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