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サフランまちあるき~冬の買物公園まちあるき

 前にも書いたのだが、月末はツルハビル1階の道北バスで、バスカードのチャージをする。
 チャージのあと駅前広場に行くと、見えるのがこちら。

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写真1:「ゆっきリンクASAHIKAWA」

 寒さもなんのその。多くの人が楽しそうにスケートに興じている。
 ところで皆さん、アイススケートは何才くらいのときにされただろうか。
 筆者が初めてスケートをしたのは大人になってから、大切な友人である“おーじろう”氏に、神楽の大雪アリーナに連れていってもらったのが最初だった。
 最後にスケートをしたのはいつだったろう。確かまだ独身の頃、付き合っていた奥さんと滑ったのが最後だと思う。(なのでもう、25年ほどスケートをしていない事になる)
 市のHPによれば“ゆっきリンクASAHIKAWA”は2月11日まで開設されている。つまり冬まつり最終日までだが、興味のある人は一度行かれてはいかがだろうか。
 さて、今度は目線を宮下通りの反対側へ移してみる。

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 写真2:「旧・西武B館」

 報道でご存じの方も多いと思うが、2年ほど前にこの建物を取得した地元企業が、建物を取り壊したうえで開発する方向へ舵をきった。
 A館の方は既に更地となり、ツルハがホテルを核とした開発を進めている。
 B館の今後についてはまだ不透明だが、筆者としては、早々と建物を取得し、2年間固定資産税を納めてくれた地元企業に一市民として感謝の思いである。今後も推移を見守って行きたいと思う。

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写真3:「旧・藤田観光ワシントンホテル」

 こちらは朗報。道新によると、全国ホテルチェーンの企業が「ホテルウイングインターナショナル旭川(仮称)」として7月上旬にも営業再開することとなった。
 思えばここは、大正期には三浦屋旅館が栄えていた“旭川のホテル・旅館の聖地”とも言える場所。
 後継ホテルは大歓迎でお迎えしたいと思う。
 さて、昼間に駅前に来る事はあまりないので、少し買物公園を散歩することにする。

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写真4:「オモチャのたもちゃん」

 3条本通り、オモチャのたもちゃん。“買物公園を象徴するお店”である。
 万が一にもここが閉店したら、それは「買物公園が終わった」と言っても過言ではないだろう。
 永遠に続いていって欲しいと、心から願うのである。
 さらに5条本通りまで歩いてみる。

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写真5:「旭川フードテラス」

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写真6:「まちなか交流館」

 フードテラス2階、まちなか交流館では「時を刻んで」と題し、第1回から歴代の、冬まつりの大雪像の写真展が開かれている。
 初期の雪像はそれほど大きくはないが、造形が見事である。
 また「雪で作られた最大の構築物」としてギネス認定された昭和62年の「ガリバー城」や平成6年の「水原(スーウォン)城」も興味深い。
 個人的には、運営のお手伝いをした平成8年の「世界友好館」がとても懐かしかった。
 こちらも“ゆっきリンク”と同じ、2月11日まで開催されている。冬まつりを楽しんだあとに訪れてみるのも良いのでは。

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2019.01.28 | コメント(2) | トラックバック(0) | まち歩き

今はなき懐かしの飲食店~永山駅近く・手打ちそばの名店

今回語る“懐かしの名店”はこちらのお店。

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写真1:「そば久・あと」

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写真2:「建物の全体」

 永山駅の近くにあった老舗そば店・「そば久」。
 ネットで見ると2010年頃までレビューがあるので、閉店はその前後と思われる。
 このお店の特徴と言えば“独特の手打ちそば”と“味のある接客”であろう。
 手打ちそばは「一体どうすればこんなになるのか」と思う程に太さがバラバラ。
 だが、手打ちがウリとあって、蕎麦の香りが心地よい一品だった。
 また“味のある接客”については、まず玄関をくぐると「いらっしゃいませ」の一言は無く、「何しに来た」とばかりに、猛禽類のようなスルドイ視線でご店主ににらまれる。
 確か、お店のコップはワンカップの再利用で、一足早くエコを先取りしていた。
 何だか否定的な記事になってしまったが、筆者に決してそのような意図はない。
 そばが美味しいからこそ、当地で長く、永山のみならず多くの市民に愛されたのだろう。
 話は少し変わって、写真2の建物の右端、赤い看板の「バー・ナイトローズ」は昔、「貴公子」というメンズバー(この言葉も懐かしいが)だったと記憶している。
 まだ独身だった頃、奥さんと付き合っていた時に良く通ったものだった。

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写真3:「上川総合振興局」

 “永山のこの辺り”は筆者にとって思い出深い。
 15年ほど前、2年間、写真3の上川総合振興局(当時は上川支庁)でお世話になっていた。
 上川支庁が6条10丁目からこの地に移転してから、今年で20年が経つ。
 当時は「永山副都心構想」なんて騒がれたものだった。
 ちなみに上川総合振興局4階のレストランは、ぐるりと大雪山連邦の山々が見渡せ、景色がとても良い。未訪問の方にはぜひ一度おススメしたい。

2019.01.19 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

今はなき懐かしの飲食店~フードセンター近く、ネタの大きなお寿司屋さん

 読者の皆さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 さて、いよいよ平成最後の年が始まったワケである。
 平成元年と言えば、筆者は高校を卒業して社会人になった年。平成30年間は、まさに筆者の社会人人生に重なるので、そのラストイヤーは非常に感慨深い。
 入社して最初に配属されたのは係長を筆頭に9名の係だった。
 今でこそ“飲みニケーション”は完全に死語だが、当時は(毎月、とは言わないまでも)2~3か月に1回は職場の飲み会があった。
 場所は、“炭や”が多かったが、仕事納めなど特別な宴会は、今回ご紹介するこちらのお店だった。

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写真1:「“鮨よし”あと」

 2条通4丁目、スーパーダイイチ近くにあった。訪れたことのある読者も多いのでは。
 なんといってもネタが新鮮で大きかった。特に玉子(ギョク)が大きな厚焼きで、ネタの上にシャリが乗り、今風に言えば“インスタ映え”と言うのだろう。
 今回、ネットで検索すると2010年位までレビューがあるので、その前後に閉店したと思われる。

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写真2:「旭鉱泉湯・八条プレジャー」

 こちらは“今は無き”ではなく、まだまだ元気な街のお風呂屋さん。
 この銭湯の歴史は大正に遡るが、写真2の建物は、平成元年頃の建築だったと記憶している。

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写真3:「浴室入り口のブロンズ像」

 玄関をくぐると、美しい彫刻「裸婦」が出迎えてくれる。
 話は少し変わって、代表の杉尾さんが市の職員だったのは有名な話。当時、秘書係長だった杉尾さんが辞めるとき、市長だった五十嵐広三氏(故人)が餞別にと杉尾さんにくれたのが写真3のブロンズ像だった。この像は五十嵐さんの自宅の仕事机の横に飾ってあったもので、彫刻家の新田実氏(故人)に個人的に頼んで作ってもらったとの由。

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写真4:「青年像」

 その新田実氏の彫刻は、市役所正面にも、写真4の「青年像」がある。
 また、旭鉱泉湯では浴室に入ると、乙女の像が主浴槽に飾られている。(女湯は分からないが恐らく同様であろう)。彫刻をイメージした浴場づくりは杉尾さんの夢でもあり、写真2の銭湯入り口にも像を置くスペースが確保されて、将来に備えている。
 料金は銭湯だけだと北海道共通の440円。サウナに入るには別途料金が100円。硫黄を含んだ温泉湯は柔らかく、体の芯から温まる。
 未訪問の方がいらっしゃれば是非一度おススメしたい。
 90年ほど昔、スタルヒン少年が汗を流したお湯が迎えてくれると思う。

2019.01.06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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