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サフラン激辛グルメ~久々の“いなば缶カレー・レポート”


 本当に久々の“いなば食品・缶カレー・レポート”。
 ご紹介するのは先日、メガ・ドンキホーテにて見つけたこちら。

 写真1:「スパイシーカレー・辛口」
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缶の直径は従来の品と変わらないが、厚さが7ミリほど厚い。お値段は108円+税。 例によって土曜日の昼食にいただくことにする。
 
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写真2:「湯煎してフタを開けた之図」

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写真3:「ご飯に盛った之図」

 他の「いなば・缶カレー」と同様、フタを開けた瞬間にスパイスの香りが鼻腔をつく。
 感想を一言でいえば「看板に偽りなし」といったところだろうか。
 写真では分かりづらいが、黒い香辛料が点々とカレーの表面に見て取れ、スパイスの風味を引き立てる。余程良く煮込んでいるのだろう。鶏肉や玉ねぎなどの具材がトロッとソースに溶け込んでいる。
 完食するころには顔と首に汗をかくぐらい。辛味が苦手な人なら、かなりの辛口だろう。
 また、トマトの酸味が結構なアクセントとなっている。もはや“アジアンカレー”とは違っているが、原産地はタイである。当地の雇用を支えているのだろうか。値段も安く、一度おススメしたい一品である。
 
さて、“辛味”の次は“甘味”というワケではないが、先日、12号線を走っていたら、台場地区でまた面白い看板を見かけた。

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写真4:「白i恋人」

 前に「のうきょう」というモーテルが廃墟状態なのをご紹介したが、こちらは現役。
 それにしても、石屋製菓がこれを知ったら結構たいへんな事になるのでは・・・。他人事ながら心配になってしまう。
 ところでこのモーテル、部屋の中に、(まるで京都の旅館のテーブルに八つ橋があるように)このお菓子があるのだろうか。
 フィールドワークを信条とする当ブログ。潜入ルポを敢行したいところだが、いかんせん一緒に行ってくれる人がいないのが情けない。情報をお持ちの方がおられれば、コメント等いただけると幸いである。

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写真5:「本物」

 先日、層雲峡に行って来た際、家族に買ってきたお土産。
 ラングドシャ・クッキーでホワイトチョコを挟んだだけなのに何故こんなに美味しいのか、北海道の七不思議の一つであろう。(残りの六つは知らないが)

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2018.11.25 | コメント(2) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフランまちあるき~今はなき懐かしのラーメン店2題

 今回は“最近閉店した”わけではないが、今はなき2軒のお店の思い出を綴ってみたい。

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写真1:「蔦亭あと(写真左の、アパートが建つ辺りにあった)」

 北門町11丁目、川村カ子トアイヌ記念館の隣にあった蔦亭が閉店してから結構経つ。
 ご主人がファンなのだろう、店内はビートルズのLPが沢山飾られていて、BGMももちろん、ビートルズのナンバー。
 ラーメンの味は、まさに「ザ・旭川ラーメン」と言うべき魚系のおいしさ。
 ライスを頼むと、昔風のアルミの弁当箱に玉子焼きと一緒に入っていて、そんな遊び心も楽しかった。
 繁く通ったわけではなかったが、思い出深いお店だった。
 閉店理由はご主人の健康不良だったろうか。お元気にしておられることを祈るばかりである。

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写真2:「みそ味専科・ユーカラ」

 末広東1条、環状線沿いにあった名店。こちらも閉店してから7~8年になると思う。
 仲の良いご夫婦二人で切り盛りするお店は、後期になると“赤”、“白”、“黒”、“合わせ”など、みそ味のバリエーションが増え、家族連れに優しいようにと、小上り席も作られたと記憶している。
 普通盛りでも他店より多くボリューム満点。若い頃は大盛りも平らげられたことが今では信じられない。
 ネットによると、ご主人は既に他界されているとのこと。ご冥福をお祈りする次第である。
 建物があった場所は現在更地で、クリニックの駐車場となっている。

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写真3:「レッドバロン」

 ここからは“まちあるき”コーナー。ユーカラ跡地から少し、環状線を永山方面に歩くと見えてくるのが、こちらの店舗。
 同じ環状線の末広から末広東に移転してから2年ほど経つ。(ちなみに旧店舗は現在、解体工事中)

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写真4:「レッドバロン看板」

 特徴のある看板はバイクファンならずとも一度は目にしたことがあるのでは。
 ところで“赤い男爵”とはどんな意味なのだろう。気になるのでネットで調べてみると、レッドバロンとは、第一次世界大戦で活躍したドイツ軍のパイロット、マンフレート・フォン・リヒトホーフェンの異名。自身の戦闘機を赤く着色したことがその由来だそうだ。レッドバロングループがCIに採用したのは恐らく、恰好よいイメージが、ライダーの興味を引くと考えたのだろう。
 ところでリヒトホーフェン男爵、日本に例えて言えば、加藤“隼”隊長だろうか。(そう言えば看板の肖像もなんとなく加藤隊長に似ている気がする)
 ※旭川が生んだ空の軍神、加藤陸軍少将(戦死時は中佐)については当ブログ2014年2月24日付けで少し詳しく書いたので、興味のある方はご覧いただけると幸いである。

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 写真5:「加藤建夫之墓」

 加藤隊長の魂は現在、豊岡10、11条4丁目の愛宕墓地に眠っている。
 わかりづらいが、写真の中央の墓石に「陸軍少将 加藤建夫之墓」と彫られている。
ところで、この辺りは、筆者が独身時代に一人暮らししていたアパートや、子どもが生まれたクリニックにも近く、思い出深い場所である。

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写真6:「生協あと」

 豊岡8条2丁目、現在セブンイレブンがあるところにかつて、市民生協のスーパーがあった。
 車がなかった一人暮らし当初、日常の買物の多くを済ませていた。その生協がなくなったのは25年程前、火事で焼失したのだった。
 数年後に、写真6の“セブン”が出来たと記憶している。今、流行(はやり)の“駐車場がやたらと広いコンビニ”の“ハシリ”だったと思う。

2018.11.13 | コメント(11) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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