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サフランまちあるき~5条通いろいろ

 まずは「ひとり呑みコーナー」から。最近、たまに訪れるのがこちら。

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写真1:「あさひかわ 森の5・7横丁」

 5条本通7丁目。佐久間病院の右隣にある、通称“もりよこ”。

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写真2:「店内」

 店内は小さな屋台が並び、それぞれのお店で代金を支払う“キャッシュ・オン・デリバリー”。
 なので、お客はそれぞれのお店から思い思いの飲み物と料理を持ち寄ることが出来る、まるで縁日感覚が楽しめるのだ。

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写真3:「ユーデルピルス」

 この日、筆者は“森のふくろうカフェ”というお店でドイツの樽生ビール:ユーデルピルスをいただく。
実はこのあと呑み会が控えていた(つまり“ひとりゼロ次会”)ので、今日はこれだけ。
 キンキンに冷えたビールが喉を潤してくれる。
 ランチ営業もあるようなので、今度はお昼に来たいと思う。
 5条通りを挟んだ向かいにある“ふらり~と”とはまた違った魅力があると思う。
 さて、ここからは「サフラン的VOW」だろうか。すぐ近くの5条通8丁目まで歩いて見る。

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真4:「富士商会」

 昔からここにある自転車店。よくよく見ると2階の窓になにか。

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写真5:「帝国軍の兵士」

 なぜ自転車店の二階に帝国軍の兵士が!?ご店主がスターウォーズのファンなのだろうか。謎である。
 ちなみにこの富士商会さん、小学校の同級生であるS君のご実家なのである。
 ここは常盤中の学区なのだが、今にして思えばS君は常盤には居なかった。恐らく附属にでも行ったのだろう。
 S君、元気にしているだろうか。
 さらに、4~5仲8丁目まで足を伸ばしてみる。

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写真6:「買物天国だった建物」

 ここからは「懐かしの小売店コーナー」。ポーンショップの買物天国が閉店した。
 買物天国は筆者が中学生くらい、旧店舗の頃から利用してきた。

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写真7:「旭川フードテラス」

 これは前にも書いたが、買物天国はかつて、写真7の今のフードテラスがある場所に、富貴堂アダムス(書店)や喫茶大丸、レディスショップ五十鈴などと軒を連ねていた。
 また、仲通りには“あぶちゃん”という味のある居酒屋があった。当ブログにたまに顔を出す“インチキセールスマン”同期入社のHM田と来た事を思い出した。
 閑話休題(それはさておき)、このエリア一帯が火災で焼失したあと、いち早く新店舗で経営を再開したのが買物天国だったので、今回の閉店は本当に残念でならない。

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2018.06.25 | コメント(4) | トラックバック(0) | まち歩き

サフラン激辛グルメ~いなば缶カレーシリーズ ~チキンとインドカレー・黒カレー

読者の皆さん、お久しぶりです。元気でお過ごしでしたか?

さて、(ここから口調を変えて)最近になってやっと少し、心身が落ち着いてきた(と思う)ので、またブログを書きたいと思う。
復帰第1弾のお題は、(休止中に1回、編集長:マッサマン氏の秀逸な回があったのは皆さん良くご存じのとおり)当ブログ定番のこちら。

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写真1:「いなば:チキンとインドカレー・黒カレー」

イトーヨーカドーにて購入。

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写真2:「お約束・湯煎してご飯に盛った之図」

例によって土曜日のお昼にいただく。
他のいなば缶カレーと同様に、フタを開けた瞬間、スパイシーな香りが鼻腔をくすぐる。
味の方は、カレーのスパイスとバターのコクが、とてもマッチしていて美味しい。具はゴロッとした鶏肉が「これでもか!」とばかりに入っていて、スプーンで軽く押しただけでホロホロとほぐれる。トロットロに煮込まれた玉ねぎがアクセントになっていて、今までに食べた缶カレーの中でもトップクラスだと思う。
興味のある方は是非一度お試しいただきたい。
話は変わって、このブログを休んでいた間にも色々なことがあった。
プライベートで言えば、子どもが大学を卒業し、就職も決まって旭川に帰ってきたこと。筆者自身も人事異動になり、新しい職場で毎日ヒーヒー言っている。
また、当ブログで随時、その様子を伝えてきた旭大星関が5月場所でついに念願の新入幕!しかもそれだけに終わらず、10勝5敗の好成績で見事、敢闘賞受賞の大活躍だった。
だが、当ブログとしては、やはりこのことだろう。

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写真3:「日高晤郎氏の訃報を伝える4月4日付けの道新」

平成30年4月3日、日高晤郎氏が亡くなった。皆さんも良くご存じと思うので、詳細についてここでは書かない。ただ、結果的に最後の放送となった3月23日、筆者もオンタイムで聞いていて、「これはもうラジオは無理だろうな」と思ったのだが、まさかその僅か10日後に亡くなるなんて想像もしていなかった。

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写真4:「在りし日の晤郎さん」

写真4は2005年のインタビューにて「話芸の完成はいつか?」と問われ、「80(才)だね!」と即答する晤郎さん。あと6年で“日高流話芸“の完成形が聞けたのに、と思うと残念でならない。
筆者的な一番の思い出と言えばやっぱり、晤郎ショーで投稿が読まれて、記念に旅行券が贈られたことである。(詳細については当ブログ2013年12月24日付記事をお読みいただければ幸いである)
なによりも残念なのは、「いつか行こう」と思っていた、STV第一スタジオでの鑑賞を遂にしないまま、晤郎さんが逝ってしまったこと。読者の皆さんにお伝えしたいのは、「やろう」と思い立ったことは躊躇せず、すぐ行動なさった方が良いということである。
その「晤郎ショー」だが、皆さんご存じのとおり「晤郎ショー・フォーエバー」と看板を変え、吉川のりお氏が頑張っている。筆者はもちろん毎週聞いている。過去の音源やレコードから、晤郎さんの声が聴けるのが心にくい演出だと思う。
ただやっぱり、のりお氏では毒が少なくて物足りない。
晤郎ショーの毒はなんというか・・・そう、フグを釣って自分でさばいて食べる人が(もちろん違反)「このちょっとシビレルくらいが美味しい」と言うようなものか。そうか、晤郎さんの毒舌は“テトロドトキシン“だったのか!
冗談はさておき、土曜日、ラジオをSTVに合わせればいつでも「晤郎ショー」が聞けたのは幸せな時代だったと痛感している。ただ、晤郎さんのお年を考えると、決して「早すぎる死」ともいえない。
今頃は天国で、憧れの勝新太郎先生と芸道談義でもしているのだろう。
日高晤郎さんには改めて「お疲れ様でした」と申し上げたい。
 ※晤郎さんの、昭和特撮の名作「快傑ズバット」における“必殺ハスラー“の雄姿については当ブログ2014年8月4日付けをご覧くだされば幸いである。

2018.06.18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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