fc2ブログ

いなば・缶カレーレポート番外編~平成の米騒動に思いをはせる

 ありがたいことに、こんなブログを何人かの方がお読みいただいているようだ。
 筆者の書くことを少しでも面白いと思って下さるのなら、年齢はおよそ30代後半から40代くらいの方々なのだと思う。
 そのような年代の方なら恐らく、いわゆる「平成の大飢饉」を憶えておられるのでは。
 (若い読者もいらっしゃるかもしれないのでご説明すると)「平成の大飢饉」とは1993年(平成5年)記録的な冷夏による国内の米の大凶作と、それに伴い店頭から米が姿を消し、日本中がコメの入手に奔走した騒動のことである。
 当時の政府は対策として、タイ、アメリカなどからの緊急輸入に踏み切ったのだったが、店頭の多くを占めていたのがタイ米だった。
 タイ米は日本米とは違い、長く細い“長粒種“。いわゆるインディカ米である。日本の米を炊くように作られた炊飯器では美味しく炊けるワケもなく、パサパサと乾いた食感は日本人の口に合わなかった。(日本米と混ぜて使っていた飲食店も少なくなかった)
 のちにインディカ米は炊飯器で炊くのではなく、パスタのように茹でるのだという知識が広まるが、当時は「タイ米は美味しくない」という言説が流布し、全く売れない輸入タイ米は過剰な在庫となった。翌平成6年は猛暑で米も沢山とれ、大量在庫のタイ米はひっそりと廃棄処分されていったのだったと思う。
 さて、随分と前置きが長くなったがここから今回のお題。現在はネットがあり、スーパーで気軽にタイカレーなんかが買えるご時世。本来の炊き方でタイ米を炊いたら本当に美味しくいただけるのか検証したい。

247-1_conv.jpg
 写真1:「タイ香り米」

 当時売られていたのは単なる“タイ米”だったが今は“香り米”である。西イオン1F、カルディ コーヒーファームにて入手。

 247-2_conv.jpg
写真2:「皿にあけてみた之図」

 “香り米”というだけあってパッケージを開けるとフワッと香草のような匂いが立ち上ってくる。幾粒か皿にあけてみると、懐かしいあの細長い形!
 以下、ネットで調べた“湯取り法”という方法で炊いてみる。
 ・フタの出来る鍋にたっぷりのお湯を沸かす。沸騰したら洗米せず米を投入・時々まぜながら10分ほど茹でる・少し芯が残る位でザルにあけ、湯を切り鍋に戻す・再度弱火にかけ水分を飛ばすように1分ほどで火を止める・最後にフタをして10分程度蒸らす。

 247-3_conv.jpg
写真3:「炊き上がり」

 炊き上がった米を器に盛ってみる。見た目は美味しく炊けたようだ。まずはそのまま一口いただく。平成5年当時、炊飯器で炊いたようなパサパサ感は無い。日本米のような瑞々しさ、モッチリ感は無いものの、十分にご飯として炊けている。さて、どうやって食すか・・・当ブログで“タイ”と言えばもちろん、これをおいて他にない。

 247-4_conv.jpg
写真4:「いなば・トムヤムチキン」

 写真4は以前もご紹介した「いなば缶カレーシリーズ」より「トムヤムチキン」。ラインナップの中ではこれが一番あいそうな気がしたためのチョイス。

 247-5_conv.jpg
写真5:「タイ米にかけてみた之図」

 一口いただいてみると普通に美味しい。少し芯の残るタイ米は、サラッとしたカレーには日本米より合うようだ(タイ米にタイカレーだから当然か)。ちゃんとした方法で炊けばタイ米も美味しくいただけることが分かった。
 ただそう言っても、これが我が国の食卓に良くのぼるおかずに合う、とは言い難い。毎日カレーやチャーハンを食べるわけにもいくまいから、やはりタイ米の輸入は失敗だったのだろう。
 今になってネットなどで当時のことを調べると、いろんな要素(減反政策や日米の貿易摩擦など)がからみあった、非常に複雑な問題だったと思う。
 唯一良かった点があったとしたら、国民が国産米の美味しさをあらためて認識したことだろうか。今も国産米はたゆまぬ品種改良がなされ、美味しいお米が食べられるのである。(北海道米も本当に美味しくなったものだ。筆者が子供のころ、道産米と言えば美味しくないものの代名詞だった。まさに隔世の念を禁じ得ないのである)

スポンサーサイト



2017.04.30 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

また一つ消えゆく名店~末広フロマージュの思い出


 246-1_conv.jpg
写真1:「サン・ミッシェル」

 このコーナーを書くのは本当に悲しいのだが、また一つ、名店が消えてゆく。
末広地区にある洋菓子店「サン・ミッシェル」が5月25日午後5時をもって閉店することとなった。(入り口に貼られたお知らせによると37年間の長きにわたり営業されてきたのだそうだ)
 ここは筆者的にも思い出深いお店である。
 結婚して末広地区に越してきたのが22年前。そのとき末広に美味しいケーキ屋さんがあると知り、それがサン・ミッシェルだった。
 子供が生まれてからは誕生日やクリスマスなどの節目や記念日、あるいは特に何もないときでも休日のおやつにサン・ミッシェルでケーキやお菓子を買い求めたものだった。
 店内はいつも満員状態。筆者たちが通うようになってしばらくしてから、銀行にあるような整理券交付機ができ、注文がスムーズになった。(当時そんなものがある洋菓子店などなかった)
 無料のコーヒーサービスも珍しく、欲張って2杯飲んだことも。
 奥に小さな、動くケーキ作り職人の人形があり、子供が怖がって近づこうとしなかったことを昨日の事のように思い出す。
 そんな風に利用していたのだが、数年が経ち、豊岡地区にダンデリオン、そして春光地区にCOLOCOが出来るとそちらの比重が高くなり、最近では足が遠のいていたのも事実である。
 今回の閉店を知り奥さんと二人、4月23日(日)の開店早々に出かけてみた。

 246-2_conv.jpg
写真2:「すえひろフロマージュ」

 お目当てはもちろんサン・ミッシェル名物「すえひろフロマージュ」。最後にもう一度あの味を味わいたかったのである。
 だが先に店内に入った奥さんから衝撃の発言が。なんと、すえひろフロマージュは作るのに手間がかかるため、今後は手が回らず提供できない、とのこと。

 246-3_conv.jpg
写真3:「フルーツケーキ&クッキー」

 代わりに、というワケではないが購入してきたフルーツケーキ&クッキー。これはこれで美味しくいただいた。だがやはり末広フロマージュが食べられなかったのは残念である。
 (浮気者に厳しい制裁が待っているのはJ民党の議員をみるまでもない、ということか)
 今回の閉店。聞くところによると、ご高齢のご店主が猫と一緒に暮らしたい(今までは衛生の観点から大好きな猫が飼えなかった)ため、との由である。
 職人さんたちはまだ残っておられるので、いつの日かあの思い出の味を復刻してほしい、と心から願うのである。

2017.04.26 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

サフランひとり呑み~フードテラスで“ひとりゼロ次会”敢行!

 春は出会いと別れの季節とはよく言ったもので、筆者も人事異動というものに当ってしまった。
 そのため4月は毎週、飲み会続きなのだが、先日、前いた職場の歓送迎会の開始時刻まで少しあり、いわゆる“ゼロ次会”に訪れたのがこの建物。

 
245-1_conv.jpg
写真1:「旭川フードテラス」

 買物公園5条通7丁目、旭川フードテラス。筆者のお目当てはこちらのお店。

245-2_conv.jpg
写真2:「花の家」

 なんでも西武旭川店の閉館に伴いこちらに移転してきたのだとか。西武時代は伺ったことがないが、最近、たまに昼食に利用している。
 こちらがお気に入りなワケは、もちろんお蕎麦が美味しいことと、従業員さんの接客がとても良いこと、そしてなにより禁煙だからである。
 一度ここで“蕎麦屋のひとり呑み”がしたかった。筆者が注文したのはこちら。

245-3_conv.jpg
写真3:「サッポロクラシック:500円也」

 飲み物はもちろんサッポロクラシック。おつまみは揚げ蕎麦である。
 お酒の友に注文したのはこちら。

245-4_conv.jpg
写真4:「天ぷら盛り合わせ:900円也」

 揚げ蕎麦をかじりながらクラシックを呑んでいると揚げたての天ぷらが供される。6点盛りで、特大のグリーンアスパラは富良野産、舞茸は愛別産である。
 天つゆと抹茶塩でいただくアツアツの天ぷらは美味しくないはずがない。最後にクラシックのミニグラス(350円)を追加し、大満足で歓送迎会の会場へ向かった次第。
 さて、写真1の旭川フードテラス。もともとこの場所は買物天国(質屋)や富貴堂アダム(書店)、リヨン(洋装店)、喫茶大丸や居酒あぶちゃんなど、味のある小売店や飲食店が軒を連ねていた。そのエリア一帯が火災で焼失してからもう20年近く経つだろうか。
 買物天国のようにいち早く移転・再出発したお店もあったが、ほかは再建が遅れ、焼け跡に心無い落書きが書かれるなど、景観を著しく損ねた状態が数年続いていた。
 しかし法人が設立され、国の補助金や市の出資を得てやっと再開発がスタートする。
その計画は1~2階は飲食店を誘致、3階以上は優良高齢者住宅というものだったが、当初から地元商店街の中でも飲食店を中心に「商売相手を増やしてどうする」など、賛否両論、意見が紛糾した。
 紆余曲折のあとやっと写真1の建物が完成するも今度は2階のテナントが中々決まらない。結局フィットネスクラブが開業するも長続きせず撤退。現在は市の観光課や観光情報センターなどが入居し、家賃の負担で支えている状況にある。

245-5_conv.jpg
写真5:「伊太利庵あと」

245-6_conv.jpg
写真6:「閉店を告げる貼り紙」

ここからは懐かしの飲食店コーナーになるだろうか。「花の家」の右隣「パスタ&ワイン・伊太利庵」が1月末に閉店し、はや3ケ月が経とうとしている。
 伊太利庵は40代以上の読者には、かつて5~6条仲通りにあった「あるでん亭」の方が馴染み深いかもしれない。
 今思えば「あるでん亭」が旭川のパスタ、イタリアン専門店のハシリだったろう。昼にはランチを求めるお客でとても賑わっていた。
 筆者的な思い出と言えばまだ結婚前、当時付き合っていた今の奥さんとスパゲティ(確かイカ墨パスタか何かだったか・・・)を食べたことを憶えている。
 それにしてもフードテラスの中心に空きがあるのは寂しい限り。一刻も早く後継テナントが決まって欲しい、と願うのである。

2017.04.22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 酒場放浪記

サフラン読書日記~祝!孤独のグルメ第6シーズン放送開始!~原作者・久住昌之氏・伝説の名作をご紹介

 当ブログ定番テーマの一つ「孤独のグルメ」のTVドラマ最新シーズンが放送開始となった。
 孤独のグルメについては先日、原作マンガで作画を担当した谷口ジロー氏の早すぎる逝去をお伝えしたところ。新しいマンガはもう読む事が出来なくなったが、ドラマの方は相変わらず好調で嬉しい限りである。
 
244-1_conv.jpg
写真1:「第6シーズン第1話より」

写真1は第1話「大阪府 美章園のお好み焼き定食と平野の串かつ」より、たこねぎ(タコとネギのチジミ風)に舌つづみを打つゴローさん。ちなみに今回、初回だからかゲストが豊富で、六角精児さん、筆者が敬愛してやまない池乃めだか師匠、元タイガースの下柳氏と“濃い面々”が脇を固めた。
さて、孤独のグルメと言えば原作者の久住昌之氏も有名だが、その久住氏のデビュー当時の名作(作画担当、泉晴紀氏との泉昌之名義)をご紹介したい。(なので今回、ネタばれしまくり)

244-2_conv.jpg
写真2:「夜行」

作品のタイトルは「夜行」

244-3_conv.jpg
写真3:「トレンチコートの男」

夜行列車の車内には久住マンガには欠かせない“トレンチコートの男”。男は緊張の面持ちで駅弁の包みをはがす。

244-4_conv.jpg
写真4:「駅弁」

 駅弁の中身は男の独白を引用。「うん、これで400円ならまずまずの出来だ。カツとサバの塩焼きを中心にして玉子焼きとキンピラゴボウが色を添え、漬物は俺の好きなシバ漬けだ。夏ミカンというデザートもあるうえ・・・なんとも嬉しいのはクリの存在だ」
 今日び、このぐらいの駅弁なら1000円前後だろう。この作品は1980年の発表。筆者的に1980年は“ついこのあいだ”なのだが(少なくとも駅弁に関しては)物価は倍近く上がったようだ。

244-5_conv.jpg
写真5:「駅弁を食べ進める男」

 漬物、玉子焼きなどの脇役から食べ始める男。駅弁は想像以上に美味しかったようで、思わず「フンフン♪」と鼻歌まじりになる。

244-6_conv.jpg
写真6:「やっぱり男はキンピラゴボウよ!」

 旭日章をバックに「やっぱり男はキンピラゴボウよ!」(筆者も同感)。しかし男がカツに次ぐ主役と一目置いていたサバが、思った以上にしょっぱいことが分かる。

244-7_conv.jpg
写真7:「作戦の立て直し」

 塩辛いおかずばかりが残ったため、栗をめし側につけるなど作戦の立て直しを図る男。すべてはメシとカツの感動的な出会いのためである。

244-8_conv.jpg
写真8:「いよいよ飯とカツ」

 なんとかしてご飯をたくさん残し、いよいよカツを食すときが来た!自然と手が震えてくる。

244-9_conv.jpg
写真9:「カツは玉ねぎだった!」

 やっとの思いで残しておいたカツは肉ではなく玉ねぎだった!右上の「ゲッ」が傑作である。

244-10_conv.jpg
写真10:「旅になんか出なきゃ良かった・・・」

 最終ページ。激しく後悔する男を乗せ、夜汽車は闇の中をひた走る。
 いかがだろうか。この作品はデビュー当時の久住氏が伝説のマンガ雑誌「ガロ」に発表したもの。(つまり原稿料のある一般の雑誌には、どこにも相手にされなかった)今も久住マンガに根底に流れる「いかに美味しくメシを食べるかを大真面目に語る」はデビュー当時からだったことが分かる。
 筆者のヘタな抜粋では面白さが上手く伝わらないかもしれない。オチである写真9が、本ではちょうどページをめくったところにくる
ようになっているので、読んだ瞬間に大爆笑の仕掛けとなっている。
 ほかに筆者の好きな久住マンガでは「ダンドリくん」というのがある。これはずっと探しているのだが、未だに見つけられずにいるので、もし見かけられた読者がいらっしゃればコメントなどくだされば幸い。入手の暁にはご紹介したいと思っている。

2017.04.09 | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書

サフラン銭湯紀行・番外編~今はなき想い出の銭湯


 先日のこと、奥さんと「たまに銭湯にでも行こう」という話になり訪れたのがこちら。

 243-1_conv.jpg
写真1:「梅の湯:旭町2条3丁目」

 時刻は午後3時頃。普段なら駐車場に多くの車がある頃だが、この日は1台もなし。ただならぬ雰囲気を感じつつ車を降りて入口へ向かう。

 243-2_conv.jpg
写真2:「休業を告げる貼り紙」

 写真では小さくて見づらいと思うので要約すると○平成28年9月1日、店主であるご主人が亡くなった○店主の死去後も営業を続けてきたが○これ以上、営業の継続が困難と判断し同年12月30日をもって休業した、との由。
 当ブログでは2013年11月21日付「銭湯紀行~最終銭湯」の回でご紹介した。
 (以下、その時の記述と一部重複するところもあるが)20年ほど前、仕事場が5条4丁目のときわ市民ホールの中にあり、マイカー通勤のちょうど帰り道にこの梅の湯があったため、仕事帰りに良く汗を流して帰ったものである。
 ボイラーの性能が良いのだろうか、他の銭湯より温まる感じがし(筆者の気のせいかもしれないが)、浴室の広さや浴槽の充実、施設のきれいさなど、一日の疲れを癒すのにちょうどよい銭湯だった。
 4年で仕事場が変わり、通勤方法もバスに代わるとしばらく足が遠のいていたのだが、ブログの取材のあとはまた、自宅から近いこともあり、たまに訪れるようになっていた。
 近年は施設内から灰皿がなくなるなど筆者にとって嬉しい変化もあった。

 243-3_conv.jpg
写真3:「ネオン看板」

 もう灯されることのない味のあるネオン看板。これもやがて解体撤去されるのだろう。
 ※結局この日は春光地区のふたば湯に行った。ここは新しくて綺麗なのは良いが、いかんせん狭いのが筆者的に難点。梅の湯の閉店は本当に残念である。

2017.04.03 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン銭湯紀行・上川編~“きのこの里の名湯“に初訪問!

 「銭湯紀行・空知編&上川編」では、主に平成初期に出来た施設をご紹介してきたのだが、それもそろそろネタ切れになってきた(笑)ので、今回は少し古い名湯をご紹介したい。

 242-1_conv.jpg
写真1:「協和温泉・愛別町協和1区」


 “近場”というのは案外と行かないもので、ここは初訪問である。39号線から道々に抜け、自宅出発から30分と少しで到着。
フロントで入浴料500円を払い、いざ浴室へ。

 242-2_conv.jpg
写真2:「主浴槽」


242-3_conv.jpg
写真3:「温泉」

 写真2の主浴槽は普通のお湯で、写真では切れているが右側に寝風呂がある。写真3の温泉浴槽は少し小さいとお感じになるかもしれないが、源泉の水量に合わせたためで、泉質は「単純二酸化炭素・冷鉱泉」。HPによると「肌触りの良いさわやかな天然温泉」との由。他には乾式サウナがある。
まずはサウナへ。15分、たっぷりと汗をかいたあと、寝風呂へ。

242-4_conv.jpg
写真4:「八角カラン台」

 写真4は寝風呂から見たアングルだが、浴室中央に八角形のカラン台がある。これを見ると少しトクした気分になるのは筆者だけか。ちなみに旭川の銭湯でこれがあるのは末広地区の“みつわ湯”と東旭川地区の“旭湯”の2ケ所。
 寝風呂のあとは温泉浴槽で体の芯から温まる。体を洗ったあと、主浴槽で最後にゆっくりと温まり、浴室をあとにする。
 ブログをやってなかったら、来ないで一生を終えてしまっていたかもしれない。そう思うと、ブログ開設のきっかけを作ってくれた編集長(マッサマン)に感謝である。

242-5_conv.jpg
写真5:「きのこラーメン・730円也」

 愛別町グルメと言えばきのこ。協和温泉名物“きのこのフルコース”とシャレこみたかったが、懐具合がそれを許さないので、施設内の食堂で「名物・きのこラーメン」をいただく。
 写真では伝わりづらいかもしれないが、椎茸、舞茸、えのきがたっぷりと入っている。スープにもきのこのエキスが十分に出ていて美味しい。麺も筆者好みの細麺である。残念なのはみそ味しかないことだが(この日はどちらかと言えば“塩ラーメン・テンション”だった)、大変美味しくいただいたことをご報告する。

242-6_conv.jpg 
写真6:「宝石箱」

 思わず「宝石箱や~!!」とベタなギャグを叫びたくなった。
 アイスの木製ヘラを入れる箱は懐かしの昭和アイテム、宝石箱。
 ミーちゃんとケイちゃんが宣伝していたのを連想した読者は間違いなく昭和世代であろう。(それにしても30年以上前の物だと思うが、なんたる物もちの良さだろうか)
 もし雪印の関係者が当ブログを読んでいたら(なワケないか)是非とも宝石箱のリバイバルをご検討いただきたいものである。
 
さて、話は変わって、先日、盛況のうちに幕を閉じた大相撲・大阪場所。我らが旭大星の成績は9勝6敗と勝ち越し。相撲に興味のない方には“大したことない成績”に見えるかもしれないが、今場所、十両は大激戦区で、旭大星の9勝6敗は優勝力士と星1つしか違わない好成績。筆者が思うに、来場所、旭大星は十両2枚目あたり。勝ち越せば名古屋場所で遂に幕内昇格である。今年は8月に久しぶりの旭川場所がある。故郷に錦を飾った旭大星の姿をぜひとも見たい、と願う次第である。

2017.04.01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

«  | ホーム |  »

プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR