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サフランひとり呑み~みよしの・しゅうまい(チルド)とビールで大相撲観戦!

先日、春光のイオンで見かけたのが、今回ご紹介するコチラ。

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写真1:「テンフードサービス謹製:みよしの・しゅうまい チルド」

もはや当ブログ・準レギュラーと言っても過言ではない“みよしの”。みよしののチルド製品と言えば、ぎょうざが有名だが、しゅうまいもあったとは!思わず購入した次第。

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写真2:「レンジで温めた之図」

レンジでチンした後はもちろん、キンキンに冷えたビールとの最強タッグ。大相撲初場所・千秋楽をテレビ観戦しながらいただくのはまさに至福のひと時である。
アツアツのしゅうまいを一口頬張ると“ジュッ”と美味しい肉汁があふれる。さらにパッケージの袋にあるとおり、北海道産・ホタテ貝柱の旨みが絶妙に効いている。辛子をたっぷりとつけるのがサフラン流。お値段は税込みで200円と少し。興味のある方は是非一度、試されてはいかがだろうか。
ちなみに店舗での“しゅうまい”の提供は「旭川4・6店」には無いが「旭川大雪通店」には有る。4・6店の店員さんがおっしゃっていたので間違いないはず。

さて、その大相撲初場所であるが、最大の話題は大関・稀勢の里の初賜杯と、久々の日本人力士による横綱昇進だろう。これについては多くの人が言及されると思うので、当ブログでは敢えて書かない。(ただ今場所ひとつ残念だったのは、以前から“稀勢の里オシ”をしていた北の富士勝昭氏が体調不良により解説を欠席したこと。正面解説・北の富士と向正面・舞の海の“かけあい”が大好きな筆者である。)
当ブログでの話題はもちろん、北海道出身・最高位にして旭川出身の我らが旭大星。
思えば旭大星が初めて十両に昇進してから何年が経つだろう。その時は一度も勝ち越せず、最初の十両はわずか2場所で陥落。
以後、勝ち越しと負け越しを繰り返しながらも少しずつ番付を上げ、先場所は十両で10勝5敗の好成績を収め、今場所は十両7枚目。
今場所は14日目まで7勝7敗の五分。迎えた千秋楽で見事に勝ち越しを決めた。重要な取り組みで勝つことが出来たのは、本当に地力がついてきたのだと思う。
来場所の番付がどうなるか分からないが、幕内が十分に射程圏に入ってきた。27才と、力士にしては決して若くない旭大星だが、是非、幕内昇進を果たし、幕内の土俵入りであの“あさっぴ~”の化粧まわし”を全国に披露してほしいと願うのである。
ところで旭大星の四股名であるが、以前当ブログで「母校である旭川大学高校にちなんだのでは」と書いたがそれは筆者の大きなカン違いだった。若くして亡くなったお母様が「“大きな星”となって見守っていてくれる」という意味を込めたのだそう。※旭は最初に角界入りした大島部屋の“部屋ネーム”みたいなもの。旧・大島部屋の力士は師匠である旭国から“旭”の一字をもらう人が多かった。ちなみに現・大島親方は元・旭天鵬で、筆者は10年と少し前、この人を間近に見たことがあるのだが、その顛末は機会があればまたご紹介したい。
さて、「稀勢の里のことは書かない」と先述したが、こちらはいかがだろう。

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写真3:「田子の浦部屋監修・塩ちゃんこラーメン」

先日、駅前イオンで見かけて購入。(イオンばっか!)
パッケージの稀勢の里の満面の笑みは、まるで今場所の賜杯&昇進を予見しているかのようだ。

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写真4:「塩ちゃんこラーメン・完成之図」

具材は鶏そぼろ、シイタケ、ニンジンにキャベツ。量がパッケージ写真と全然違うのはご愛嬌。
スープは普通のサッポロ一番・塩ラーメンのスープに、鳥のエキスと旨みが加わった感じ。麺はやや太めでフカフカした食感のノンフライ麺。夜食に美味しくいただいた事をご報告したい。
インスタントとは言え、きちんと“ちゃんこ風”の味がする一品。大食の人なら、麺を平らげたあとにライスを入れて、雑炊で二度楽しむ、なんてのもアリかもしれない。

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2017.01.29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 生活雑感

サフラン激辛グルメ~母校・向いの名店で聞いた“ちょっとイイ話”

 月に一度くらい「どうしても食べたくなって、つい足が向いてしまうお店」というのは読者諸賢にもあると思う。
 筆者的そんなお店、先日昼食に訪れたのがこちら。

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 写真1:「スパイスカレー 米々亭」

 ここでは通常、筆者はポークカレー辛口を頼むのだが、今回選んだのはこのメニュー。

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 写真2:「エコノミーカレー&トッピングにハンバーグ」
 
 たまに違ったものが食べたくなり注文したのはエコノミーカレー。
 具材の大きなニンジンやジャガイモが目を引く。
 味の方は、写真3のメニュー表示にあるとおり、まさしく“普通のカレー”。
 例えるなら・・・子供の頃、友達の家に遊びに行き、つい遅くなって晩御飯をご馳走になることになり、友達のオカンが作ってくれたカレー、といったカンジだろうか。
 スープカレー、スパイス系ルーカレー、アジアンカレーなどが全盛な昨今、たまにこんなカレーもいいもの。美味しくいただいたことをご報告したい。
 ところでこのお店、(当ブログ読者なら良くご存知と思うが)筆者の母校の近くなので、それなりに長いお付き合いである。
 筆者の記憶が確かならば、米々亭でエコノミーと言えば「学生割引」だったはず。帰りの会計時に、昔からおられる女性従業員に
その点をお聞きしてみた。

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写真3:「メニュー」

 女性曰く、確かに前は、エコノミーは学割の事だったが、数年前から、大人のお客さんで「千円払っても良いのでエコノミーを食べたい」と言う人が出てきた。だが、商売上そんなことはできないので、いっそのこと、エコノミーを誰でも食べられるようにしたのだそう。

 食後の“ちょっとイイ話”を聞くことができたわけであるが、残念なことに、地域に長く愛されたこの名店も、もうすぐその歴史に幕を下ろすことになっているとのこと。
 創業時から味を守ってきたご主人が急逝され、一時的に存続の危機がささやかれた時期にも何とか乗り越えてここまで続けてきた。常連客も居るし、筆者のように、ここのカレーを「青春の味」として脳裏に刻んでいる「かつての高校生」達も、「あそこへ行けばあのカレーが食べられる」という安心感がいつまでも続くことを願っているだろう。

 しかし、現オーナーは「元気なうちに店を閉めて、人生を楽しみたい」とのお気持ちから、静かに決断されたようだ。

 具体的な閉店の期日は明らかにされていないが、「在庫のスパイスを使い切った時」が最後の日になるとのことだから、あとどれくらいなのだろうか。
 
 当ブログの「名物コーナー」(自分で言うか?)の「旭川にかつてあった懐かしの飲食店」に、これほど早くここが加わることになろうとは、筆者としては予想できなかった。
 青春の味が、また一つ、記憶の中だけの存在に変わっていく…寂しさを禁じ得ない。

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 写真4:「喫茶NOBU・あと地」

 さて、その「懐かしの飲食店コーナー」だが、米々亭から少し離れた6条通10丁目、旭川中央署の向かいにあった喫茶ノブ。
 こちらは在学中、というより、就職後、残業時の夕食に利用することが多かった。
 まさに街中のサ店といった風情のお店。各種マンガ、雑誌が揃っていて、スパゲティ、チャーハンなど、とても美味しく、残業前、一息つくのに丁度良かった。
 ここも閉店から2年くらい経ったと思う。当ブログで何度も書いているが、「街のサ店文化」が失われるのは非常に残念である。

2017.01.20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフランまちあるき~今そこに“ない”風景~西武旭川店・連絡通路

 西武・旭川店が9月末、惜しまれつつ閉店してからはや3ケ月がたつ。
 その西武・旭川店の外観の特徴として目を引いていたのが、A館の8階とB館の9階、A~B館の5階をつないでいた連絡通路だった。

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写真1:「在りし日の連絡通路。9月下旬」

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写真2:「解体撤去工事中。11月下旬」

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写真3:「解体撤去完了。1月上旬」

 写真1~3はその連絡通路が解体撤去されるまでの様子。今まで当たり前のようにあった物が無くなると、なんだか不思議な心持ちがする。アイスラッガーを放ってから帰ってくるまでの「ハゲあたまのウルトラセブン」の様な(少しマヌケな)感じを受けるのは筆者だけだろうか?
 連絡通路にはA館とB館を結ぶだけでなく、写真などの展示が出来るギャラリー5(ファイブ)、ギャラリー9(ナイン)としての側面もあった。

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写真4:「ギャラリー9・最後の展示」

写真4は写真1と同日に撮った「西武旭川店のあゆみ写真展」と「市民による思い出エッセイ展」。
筆者とギャラリー5の思い出と言えば・・・20年以上前、旭川冬まつりの運営のお手伝いをしたことは前に書いたが、まつり開催後、冬まつり写真展をギャラリー5で開催させていただいたこと。
ともあれ、これでB館の“原状復帰”は完全に終わったことになる。あとは出来るだけ早期の再利用が望まれる。
メディア旭川誌・1月号によると「本州の大手不動産業者が買収に前向き」と、かなり希望的な記事が掲載されていたがどうなるだろうか。ネックはやはり、40人近く居る地権者が一つにまとまる事だと思う。
地権者の皆さんにはそれぞれの思惑、立場があると思うが(敷金問題など)、ここは一つ腹をくくって足並みを揃えていただきたいと、切に願うのである。

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写真5:「石川啄木宿泊の地・記念プレート」

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写真6:「写真5のアップ」

その西武B館の宮下通り、駅の向かい側に記念プレートがひとつ、佇むように立っている。
当ブログ2016年10月10日付けで、宮沢賢治が大正12年に旭川を訪れた事と、その際したためた詩「旭川。」をご紹介した。そして岩手が生んだもう一人の偉大なる文人、石川啄木もまた、賢治より15年前の明治41年、西武B館のある場所に当時あった、宮越屋旅館に投宿している。
 啄木は当地で五首の歌を詠み、それが写真5,6の記念プレートに刻まれている。写真6でお分かりいただけるだろうか。

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写真7:「啄木像&歌碑」

 写真7は旭川駅構内・観光物産情報センターにある、歌碑付きの啄木像。
 啄木が旭川で詠んだ5首のうち4首が「一握の砂」に収められている。4首それぞれの解説もパネル展示されているので、興味のある方は一度、足を運ばれることをおすすめしたい。
 
さて、今年初めての更新となったワケだが読者の皆さん、明けましておめでとうございます。良いお正月をお過ごしになっただろうか。
 筆者は・・・と言えば相変わらず、寝ているか呑んでいるかのどちらかで、まだ正月ボケが抜けない。(恐らく12月31日ころには抜けているであろう。)
 今年もできれば1~2週間隔くらいで色々と書いて行きたいと思っているので、ヒマつぶしにお付き合いいただければ幸いである。
本年もよろしくお願いいたします!

2017.01.08 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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