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サフラン銭湯紀行・空知編~癒しの湯はすぐ近くにあり!~妹背牛温泉ぺぺル

 もはやお馴染みとなってきた銭湯紀行:空知編(と筆者が勝手に思ってるだけ?)。
 今回ご紹介するのはこちらの施設。

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写真1:「妹背牛温泉ぺぺル」

 雨竜郡妹背牛(もせうし)町・字妹背牛5208番地1「妹背牛温泉ぺぺル」
 妹背牛と言えば椴法華(とどほっけ:2004年に函館市と合併)とともに良く北海道の難読地名で紹介されることで有名。
 また、かつて妹背牛商業高校と言えば全国優勝するほどの女子バレーボールの名門であったが、今では過疎化のため学校そのものが閉校してしまった。(2009年閉校)

 この“ぺぺルの湯”は平成5年1月にオープン。ちなみに“ぺぺル”とはアイヌ語の「ペ(水)」と「ペル(泉)」を合わせたもの。
 入浴料金500円也を支払い浴室へ。

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写真2:「主浴槽」

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写真3:「ジェットバス」

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写真4:「露天風呂」

 浴槽の構成は写真2~4のほかサウナと打たせ湯。
まずはサウナへ。砂時計が3つもあるのが嬉しい。(この手の公共浴場の場合、サウナ室に砂時計がないことが多いのである)ゆっくり汗を流したあとは写真4の露天風呂へ。

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写真5:「露天風呂からの眺め」

 訪問時はあいにくの曇天だったが紅葉がすっかり色づいてきれいだ。露天に限らずBGMとして浴室全体に琴のインストが流れていて、ゆっくりと落ち着ける。(浜田省吾氏の“風を感じて”が聞こえてきたときは嬉しさのあまり泣きそうになった筆者である。)
 体を洗ったあとは写真3のジェットバス、写真2の主浴槽でゆっくりとあたたまり、約1時間半の入浴を楽しんで浴室をあとにする。
 ちなみに肝心のお湯は「地下1500メートルから出る2つの源泉を混ぜ、加温、加水のない、かけ流しの天然温泉」との由。昔のウイスキーのCMの「何も足さない。何も引かない」状態である。

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写真6:「休憩ロビー」

 ホテルのようなロビーで汗が引くのを待つ。休憩室はほかに、大きな和室大広間があり、地元の皆さんが寛いでいた。
 この施設を一言で言えば“まちの癒しの場”と言った感じだろう。隣接する総合体育館で、軽スポーツのあとひと汗流しに、なんてのも良いだろう。
 旭川からは片道50分程度。興味のあるかたは冬が本格化する前に是非一度おすすめしたいと思う。

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2016.10.28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフランまちあるき~今は無き懐かしの小売店~学ランのチューンナップはマックス1(ワン)で!

 9月25日付、西武A館地下にあった〝なの花“という飲食店について書いたとき「学ランにボンタンでも~」なんて下りがあったが、若い読者の中には「?」という方もおられたのでは。
 “学ラン”は“学生服のくだけた言い方”と想像ついても“ボンタン”なんて今は死語かもしれない。
 簡単に言うと、モモの部分が太く裾に行くにつれ狭い学生ズボンのことで、映像は用意しなかったがビー・バップ・ハイスクール(これまた懐かしのマンガだが)なんかを検索いただければと思う。
 そんなワケで、今回ご紹介する“懐かしの小売店”はこちら。

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 写真1:「マックス 1(ワン)あと」

 5条通8丁目買物公園、中華料理店「敦煌」の右隣にあった学生服専門店「マックス1(ワン)」。
 中1の頃は先輩が怖くてできなかったが、2年生に上がる位から筆者もここでボンタン(と言ってもビー・バップの登場人物みたいなのではなく、ごくおとなしい物だったが)なんかを買ったものだった。
 また“昭和アルアルネタ”だと思うが、学ランのボタン(銀色や、つぶして平らにしたやつ)、裏ボタン(花札やタバコのパッケージの絵柄などが定番)、細いカラーなども買ったもの。
 そんなマックス1、筆者は高校から学生服ではなくなったので記憶が定かでないが、いつの間にか閉店して久しい。
 今思えば“クダラヌこと”に金を遣ったものだが、青クサイ青春時代の良き思い出としておこう。

 ここからは懐かしの飲食店コーナー。マックス1跡から歩くこと数十歩。4条通8丁目買物公園。

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写真2:「“子爵”あと」

 4条通8丁目買物公園、写真2の「BAR 夜猫」のある2階に「レストラン喫茶・子爵」があった。
 “子爵”へは友人と連れ立って、或いは女性とのデート(筆者にもそんな頃があったのですゾ!)にも、ちょっとコーヒーを飲みに、食事に訪れたものである。
 筆者は“まちの文化度”の基準のひとつが喫茶店だと思っている。旭川にもかつては多くの“サ店”があったものだが、近年、その数を減らしているのは残念な限り。現存する“ブラジル”、“アラビゴ”、“ルル”などには今後とも、その牙城を守ってほしいと願うのである。

さて、制服の話が出たので、最後に筆者の母校(高校)についての小ネタを一つ。
 一般的には「制服のない私服校」と思われているかもしれないが少し違って、校則上、制服はあるのだが、「着用自由」というきまりなのである。
 つまり~
制服は(規則上)あることはある→でも着ても着なくても良い→だから誰も着ない、といったカンジ。
 ちなみにその制服は(今はどうか分からないが)生徒手帳にデザインのみ示されていて、男子は学生服、女子はジャンパースカートにブレザー、色は恐らく紺と思われるが、地元の皆さんなら、旭川北高の夏服のようなもの想像していただければ遠からずである。

2016.10.18 | コメント(1) | トラックバック(0) | まち歩き

サフランまちあるき~“六條にいま曲れば”・・・満腹食堂と玉子焼き定食

 先日、昼食に訪れたのは当ブログではもうお馴染みのこのお店。

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写真1:「満腹食堂」

 筆者のこころの故郷。6条通13丁目右1号にある満腹食堂。
 “筆者的:満腹食堂ベスト3”はこれまでに・野菜炒め定食(2013年4月1日)・チャーハン(2016年4月3日)の2回、ご紹介して来たが、ベスト3のトリを飾るのはこの一品。

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写真2:「玉子焼き定食:600円也」

 付合せのスパゲティが嬉しい。「炭水化物に炭水化物」などと言う輩はフカに食われて死ぬであろう。
満腹食堂は店主の室岡さんご夫妻二人で切り盛りされていて、ご主人と奥さんがそれぞれ調理するのだが、(筆者的に)玉子焼き定食は奥さんの作る方がおススメである。
厨房の中は奥さんのワンマンショー。使いこまれたフライパンにバターと玉子三つを入れると、素早い手さばきで、あっという間に玉子焼きを焼き上げる。
注文から程なく供される写真2の玉子焼き定食。メインの玉子焼きはバターがほのかに香り、アツアツで中はふうわり、トロトロである。
食卓にある調味料はソースと正油だが、ご主人曰く「ケチャップが良ければ出してあげるし、甘いのが好きなら砂糖で味付けも出来る。お好きなように“いかようにでも”」とのこと。読者諸賢も遠慮なくトライされることをおススメしたい。
さて、満腹食堂の斜め向かいには筆者の母校があるのだが、その6条通りに一つの詩碑があることをお気づきだろうか。

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写真3:「6条本通り・旭川東高にあるひとつの詩碑」

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写真4:「詩碑:正面から見たところ」

 作者は宮沢賢治。題名は「旭川。」
 我が国を代表する文学者、宮沢賢治は大正12年8月2日早朝、稚内へと向かう道中、僅かの時間ながら旭川に滞在している。
 賢治はそのときの様子を一篇の詩にしたためている。以下に抜粋をしるしたい

 旭川。

 植民地風のこんな小馬車に
 朝はやくひとり乗ることのたのしさ
 「農事試験場まで行ってください。」
 「六條の十三丁目だ。」
 馬の鈴は鳴り御者は口を鳴らす。
 黒布はゆれるしまるで十月の風だ。

     ~中略~

 六條にいま曲れば
 あ、落葉松(ラリックス) 落葉松(ラリックス) それから青く顫(ふる)えるポプルス
 この辺に来て大変立派にやってゐる
 植民地風の官舎の一ならびや旭川中学校
 馬車の屋根は黄と赤の縞で
 もうほんたうにジプシーらしく
 こんな小馬車を
 誰がほしくないと伝はうか

     ~後略

 上川農事試験場に立ち寄るつもりだった賢治だが、このとき既に農事試験場は永山に移転していて、そこにあったのは旧制旭川中学=現:旭川東高校だった。(農事試験場に寄ろうとしたのは、賢治が農学者でもあったためだろう)
 結局、賢治は僅かな滞在ののち稚内へ。ちなみに旅行の最終地は樺太で、その目的は教え子の就職の斡旋(当時、賢治は稗貫農学校(現:岩手県立花巻農業高等学校)の教師だった)のためであった。

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写真5:「現在の6条通り」

 旭川駅で賢治を乗せた馬車は師団通り(現:平和通り買物公園)をまっすぐ北に進み、写真5の六条通りで右に曲がったはずである。93年前、「六條にいま曲」った賢治は、この地で何を思ったのだろうか。

2016.10.10 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

サフラン銭湯紀行・空知編~沼田町ほろしん温泉ほたる館

 バブル真ッ只中の1990年代前半。道内各地に“雨後の筍”の様に出来た大規模・公営浴用施設のうち、旭川近隣の空知地方にターゲットを絞って巡る番外企画。
今回は江丹別地区から道道98号・旭川多度志線(かつて走り屋たちが鎬を削った面影はもう無い)を抜けて訪れたこちら。

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写真1:「ほろしん温泉ほたる館」

 雨竜郡沼田町・字幌新377番地 ほろしん温泉ほたる館。
感じの良い受付け女性に500円を支払い入館。先に浴槽の構成を書いておくと、大浴槽とサウナ、そして露天風呂。寝風呂、泡風呂といったものはない。

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 写真2:「大浴槽」

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写真3:「露天風呂。この数秒後にあんな惨事に見舞われようとは・・・」

 浴室に入り露天風呂の方を見ると誰も居ないので、まず露天の入り口を開ける。
 写真3を撮っていると、なにか小さなものが一斉に筆者の体を覆い尽くそうとする。
 ・・・・虫!?ナント、大量の虫、テントウムシモドキが筆者を襲ってくるのだ!
 たまらず浴室に戻るも、何匹かが、まだ筆者の体にへばりついている。あわてて振り払うが、虫の苦手な人なら気絶しているだろう。
 それにしても、「ほたる館」で“ほたるの歓迎”ならぬ“テントウムシモドキの襲撃”を受けようとは!
露天はあきらめサウナで汗を流す。サウナのあとは写真2の大浴槽へ。写真からも分かるように
外の景色がとても良い。渓流を眼下に眺めながらゆっくりと体を温める。
 体を洗ったあと再び温泉を楽しみ、約1時間で浴室をあとにする。露天に入れなかったのが何より残念であった。
 ちなみに泉質は「単純硫黄冷泉鉱」。飲用の適応症には「糖尿病・痛風・便秘」とあり、2番目が筆者にピッタリ。※尿酸値が「痛風を発症していないのが不思議」なレベルの筆者である。(飲まなかったが)
 ここの特長は温泉を中心としたエリア全体を「ほたるの里」として展開していることだろう。
 周辺にはオートキャンプ場(時代を感じさせる)、コテージやテニスコート、ハイキングコースなどがある。ただ、世相を反映してか“ナンデモアリ”の“テンコ盛り”感は少し否めない。キャンプ場はともかく、あまりお客の入ってなさそうな「化石体験館」や「炭鉱資料館」など将来的に町の「負の遺産」になってしまはないかと、隣(のとなり)町のことながら心配になってしまう。
 もっとも駐車場には観光バスも複数台、停まっていたので、そんなことは筆者の“余計なお世話”なのであろう。
 最後に申し添えると、温泉の湯はとても素晴らしく、体の芯から温まり、帰りの車内、筆者の体から硫黄の良い香りがほんのりとのぼってきたことをご報告したい。
 さて、帰りは深川市経由。9月19日付でご紹介したラーメン専門・糸末に寄るため。

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写真4:「昔風醤油ラーメン・650円也」

 前回、メニューで気になっていた“昔風醤油ラーメン”をレポートして締めたい。
 まず麺は普通ラーメンと同じ、王道あさひかわラーメンの、加藤製麺の麺。
 スープが少し違い、魚介系だが普通ラーメンの様な強烈なインパクトは無い。
 あっさり、すっきりとした魚介スープで、クセがなく美味しくいただける。
 具材は煮玉子、メンマは変わらないもののチャーシューの代わりに“お麩”。そういえば、かつて5条“ふらりーと”にあった名店「奈良」のうどんやラーメンの具にもお麩が入っていたことを思い出してしまった。
 一言で言うと、お腹に優しく美味しい醤油ラーメン。筆者的には具材にあとナルトがあれば最高だったのだが、大変おいしくいただいたことをご報告する次第である。

2016.10.02 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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