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サフラン身辺雑記~月に一度は“みづの:生姜ラーメン”

 筆者は毎月20日前後の水曜日、“夜の図書館”に行くことにしている。(変な想像をしてはいけない。中央図書館は毎週水、木曜日は夜8時まで延長開館している)
 これは地元誌の“H経済”と“Mあさひかわ”を読むためなのだが、その時、決まって夕食に訪れるのがこちら。

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 写真1:「生姜ラーメン:みづの」

 もはや語りつくされた感のある「みづの」。ご店主がJ民党支持者なのだろう。この日、参院選が始まったため、首相のポスターが目を引く。ちなみに首相のポスターの下には、地元選出・I代議士の「一体、何十年前の写真やねん!?」と思わずツッコミを入れたくなるポスターがある。

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写真2:「店内」

 有名人のサインが壁を埋め尽くす、昭和ノスタルジーあふれる店内だがテーブルと机は新しい。
 右横の本棚に並ぶのは旭川の飲食店では珍しい「中央公論」

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写真3:「生姜ラーメン&ライス」

 筆者がいつも頼むのはご存じ生姜ラーメン(630円)とライス小(80円)。
 柔らかいものが好きな筆者には“みづの”の“ヤワめん”はまさに“ド・ストライク”。細かく切ったメンマも好みである。
 さて、ここに初めて来たのは中学生の頃なので、かれこれ30年以上のお付き合いになる。ある冬の日、当ブログにちょくちょく出てくる「春光台に住む一才上の従兄弟」と青少年科学館(現・旭川市常磐館)で遊んでいたときのこと。※筆者の記憶がたしかならば常設展示は20円、プラネタリウムが50円だったか。ビンボーな中学生でも一日時間をつぶせたのである。
 閑話休題(それはさておき)、ちょっと小腹が減った二人が初めて訪れたのが“みづの”だった。そしてメニューの中で筆者たちの目を引いたのが生姜ラーメン。顔を見合わせ「生姜ラーメンって何だ?」と言いつつも注文したそれは、真冬の冷えた体を底から温めてくれた。
 以来30余年、(同様の人は多いと思うが)筆者はここで生姜ラーメン以外食べたことがない。
 ご夫婦二人で営んでおり、お見受けするところ後継者は居ない様だ。「懐かしの飲食店コーナー」でここを取り上げるのはまっぴらである。長く続いていって欲しいと思う。
 さて、ここからは前の記事のフォロー。

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写真4:「企画展示・スタルヒンと旭川」

 中央図書館2階では、今年生誕百年を迎えるヴィクトル・スタルヒンにまつわる企画展示「スタルヒンと旭川」が開催されている。期間は7月末まで。興味のある方は、40年というスタルヒンの短い生涯に思いを馳せてみてはいかがだろうか。

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2016.06.27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン身辺雑記~レスリング女子日本代表合宿

 6月19日(日)のブルーインパルス(航空自衛隊のアクロバット飛行チーム)の展示飛行は皆さん、ご覧になっただろうか。

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写真1:「ブルーインパルスの航跡(飛行機雲)」

 筆者は総合体育館と裁判所の間のスペースで見たが、多くの人で賑わっていた。残念だったのは当日の曇り空。写真1のように“残念な写真”しかご紹介できなく申し訳ない。
 さて、翌20日(月)も花咲スポーツ公園へ訪れた。今度の目的はこちら。

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写真2:「旭川市総合体育館」

 多くの報道でご存じと思うが、リオ五輪・レスリング女子日本代表チームの合宿が6月19日~26日まで当地旭川で行われ、21、22、24、25の4日間、練習が公開されるのである。

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写真3:「レスリング女子・旭川合宿チラシ」

今、仕事が結構忙しいのだが、これだけは見逃すワケにいかない。休みをいただいて訪問した次第。
 館内は一切撮影禁止。従って以下は文章のみでレポートしたい。
 体育館に着いたのは練習開始(午後3時)の20分ほど前。既に観覧席である2階席の前半分は埋まっていた。運よく最前列の一角に陣取る。
 会場であるアリーナにはレスリングのマットが4面張られている。そして中にはリオ代表だけでなく、強化選手と思われる選手が総勢30名ほど。代表の登坂絵莉(とさかえり)選手の姿は見えるが“霊長類最強女子”吉田沙保里選手の姿はまだ見えない。
 3時を少し過ぎてから練習が始まる。ここで吉田選手の姿を確認。
 吉田選手は観客の視線を一身に集めていた。遠目にも分かる逆三角形の肉体。体脂肪率は何パーセントなのだろう。
 練習は準備運動(アップ)に始まり、マット運動、ブリッジワーク、タックルや投げなどの立ち技、寝技(グランドレスリング)、スパーリング(実践に近い練習)と続く。選手たちの真剣な練習に観客は息を呑み見つめている。特に吉田選手の、両足タックルからそのまま相手を担ぎ上げる動きには、大きなどよめきが起こったものだった。

翌日の道新記事では「投げ技で練習相手を持ち上げる」とあったが、これは完全な間違い。“投げた相手を持ち上げる”などアレクサンダー・カレリンでも無理であろう。

 閑話休題(これはさておき)、筆者が練習を見たのは1時間半ほどだったが、一流選手のパワー、テクニックが間近に見られ、とても嬉しかった。筆者が帰るころには用意された観客席は満員。駐車場も満車状態だった。
 今回、筆者が確認できた代表選手は吉田、登坂の両選手だけだった。伊調選手の“必殺:股裂き”が見られなかったのが残念である。(“股裂き”で変な想像をしてはいけない。日本レスリングに古来より伝わる“伝家の宝刀”である)
 
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写真4:「うちわ」

 入場時にもらったうちわ。レスリングコスチュームに身を包んだ“あさっぴ~”と“ゆっきりん”が構えをとっているのが可愛らしい。
 リオ五輪まで残り少なくなったがレスリング日本チームの健闘を心からお祈りしたい。そして今回の合宿が有意義かつ楽しいものになり、次回東京五輪の合宿にも是非旭川が選ばれることを心から願うものである。

2016.06.22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 生活雑感

サフラン身辺雑記 ~廃棄物シリーズその3・ごみ処理手数料シール

 ちょっと変わった家庭ごみの処理方法については過去に2回(2012年11月22日と2015年3月2日。詳しい内容は当時の記事をご参照いただけると幸い。)、ご紹介したが、今回はその第3弾。

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写真1:「ステンレス製の物干し竿」

 自宅の物置を整理していたら、このようなものが6本ほど出てきた。今のアパートに越してきたときに買ったものだからかれこれ15年くらい前になるだろうか。
 奥さんに聞いたら「いらない」とのことなので捨てることにしたが、最大の40リットルの市の指定ごみ袋には入らない。かといって「粗大ごみ」とも違うと思う。

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写真2:「ごみ処理手数料シール(燃やせないごみ用:80円)」

 写真2は市のごみ処理用のシール。普通に指定ゴミ袋を売っているスーパーなどで入手可能。
 これは、不燃性で1辺が50センチ未満(つまり粗大には該当しない)だが、ごみ袋に入らないものや重い物(電子レンジやプリンター)に貼って出すもの。他には・棒状のもので・長さが150センチ未満・直径が10センチ未満のものにも使える。(バットや傘、雪かきなど)
 ※リサイクル家電などには使えないので、事前に市のクリーンセンターに相談されることをおすすめする。

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 写真3:「物干し竿結束之図」

 竿を結束したところ、長さは135センチ、直径は9センチくらいなので“棒状ルール”でOK。

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写真4:「シールを貼ったところ」

 これであとは普通に、不燃ごみの日にステーションに出せば良い。
 さて、ここからは前回のフォロー記事。最後に、今年で生誕100年を迎えるヴィクトル・スタルヒンで締めたところだった。

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写真5:「スタルヒン、居住地あと」

 8条通8丁目左、現在8条ビルがある辺りが、スタルヒンが少年時代を過ごした場所である。

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 写真6:「1990年・旭川開基100年記念プレート」

 ビルの柱には1990年、旭川開基100年記念にプレートが設置された。

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写真7:「記念プレートのアップ」

 プレートにはスタルヒンの短い40年の生涯が、簡潔にまとめられている。
 また中央図書館の2階では「企画展示:スタルヒンと旭川」として、8条スタルヒン通り会が所蔵する貴重な資料の数々が展示されている。常磐公園周辺も昔と比べると随分、駐車場が整備されたので、興味のある方は一度、公園散策を兼ねて訪れてみてはいかがだろうか。
 ちなみに写真6の開基100年のプレートは、他にも市内各所に設置されているので、今後も機会があればご紹介したいと思う。

2016.06.12 | コメント(0) | トラックバック(0) | 生活雑感

サフランまち歩き~護国神社祭と常磐公園100年


 6月4日(土)から6日(月)の3日間、今年も北海道護国神社祭が行われた。
 4日はあいにくの雨模様。音楽大行進が中止され残念な思いをされた方も多かったのでは。
 5,6日は好天に恵まれ、護国神社境内や常磐公園は多くの人で賑わった。

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写真1:「6月6日、多くの若者や家族連れで賑わう常磐公園」

 護国神社祭とはその名の通り、花咲町1丁目にある北海道護国神社の例大祭なのだが、多くの市民にとっては、魅力的な露店が並ぶ“常磐公園のおまつり”といったイメージが強いのではないだろうか。
 その常磐公園は今年で開園100年の記念の年を迎える。

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写真2:「常磐公園 百年の記憶」

 写真2は公園緑地協会が企画・発行した記念誌。全8ページであるが、実に詳しく、大正5年5月1日の開園から今日に至るまでの歴史を記載している。紙質も良く、無料で良いのかと思ってしまうほど。
 興味深かったのは公園が今の場所に決定した経緯について。今までは「当時の旭川町と第7師団の対立の結果、現在の地となった」という漠然とした知識しかなかったのだが、当初の予定地(4・5条18丁目一帯、現在の願成寺・妙法寺・朝日小学校の辺り)も含めて詳細に書かれている。
 筆者が入手したのは中央図書館だが、先日、旭川市役所・総合庁舎の案内の前に平積みされているのを見たので、興味のあるかたは是非手に取られてはいかがだろうか。

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 写真3:「常磐公園・園名碑」

 7条緑道をまっすぐに進むと公園の入り口があり、永山武四郎像の後ろに、写真3の園名碑が迎えてくれる。石碑は昭和3年、昭和天皇の即位記念に設置され、格調ある字は当時の渡辺錠太郎・第七師団長が揮毫(きごう・筆をふるうこと)した。開園から昭和2年ほどまでは公文書などにも“皿”の「常盤公園」と“石”の「常磐公園」の表記が混在したが、碑の設置後、「常磐公園」が定着していった。
 「常磐」と「常盤」の違いについての筆者の私見については当ブログでもたびたび書いてきたので(“渡辺師団長の間違い”などでは断じてない)もう書かないが、写真2の記念誌には渡辺師団長のご令嬢である渡辺和子氏(ノートルダム清心学園理事長)も「父がそのような単純な間違いをおかすとは考えられない。恐らく、皿は割れるが石は割れない、公園が永遠に続いていってほしい、との願いがあったのでは・・・」との思いを語られている。

 さて、今回は渡辺師団長の旭川離任後について少し書きたい。
 渡辺師団長は1926年からの3年間を旭川で過ごした。(渡辺和子氏も師団長の在任中に旭川でお生まれになった)
 旭川を離れてのちは航空本部長、台湾軍司令官などを経て1935年に陸軍教育総監に就任。そして翌1936年(昭和11年)2月26日、陸軍・青年将校らのクーデターにより、満61歳でこの世を去る。世にいう「二・二六事件」である。そして今年は事件から80年である。

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写真4:「置かれた場所で咲きなさい:幻冬舎新書:952円+税」

 写真4は先述の渡辺和子氏がお書きになった「置かれた場所で咲きなさい」。大ベストセラーなので、読者の中にもお読みになった方もいらっしゃるのでは。
 なによりも驚きだったのは渡辺師団長の最期についての一節。事件当日、師団長と床をともにしていた和子氏は、わずか1メートル先で父の最期の一部始終を目撃したのである。
 本書は著者である和子氏の、辛い体験を経たのち、さらに修道女としての厳しい修行の結果、読者にいくつかの生きるヒントを与えてくれている。もっともキリスト教思想を押し付ける内容ではないので、誰もが気楽にページをめくれるし、それがベストセラーの理由なのだろう。
 値段もお手頃なので、疲れていたり、ストレスを感じたときに、好きなページをめくられてはいかがだろうか。
 ところで、各種報道でご存じの方も多いと思うが、今年は旭川ゆかりの偉大なる投手、ヴィクトル・スタルヒンの生誕100年の年でもある。

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 写真5:「スタルヒン像」

 市民の憩いの場であり、旭橋とともに旭川を象徴する常磐公園の開園と同じ大正5年5月に、のちに日本を代表する偉大なピッチャーが帝政ロシアで産声をあげた(そしてスタルヒンものちに戦争に人生を翻弄されてしまう)ことに、筆者はとても感慨深い思いを抱いてしまうのである。

2016.06.08 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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