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サフラン読書日記~吊金先生

・著者:加茂ユウジ   ・講談社 429円+税

 久しぶりの読書日記。月刊・少年マガジン スペシャルに連載中の、少年漫画の定番「先生モノ」である。

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 写真1:「吊金(つるがね)先生・第1巻」

 物語は某私立高校に新任の教師が赴任するところから始まる。
 この手の先生モノの場合、その先生のキャラがそのまま作品の特色につながるのだが、本作の主人公、吊金は写真1のとおり、顔中、包帯グルグル巻き、目は黒字に白抜きという“999の車掌さん風”で奇怪な風貌がまず目を引く。
そんな吊金が受け持つのは、成績不振、問題児ばかり集まったクラス。実は校長から1年以内にこのクラスを立て直す特命を受けているのである。
そして吊金の信念は「すべての問題はお金で解決できる」ということ。そして毎回、生徒に起こる問題をお金の力で強引に解決する、という世界観の作品なのである。

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写真2:「挨拶がわりに生徒一人一人に10万円を配る」

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写真3:「良い成績をとった生徒には賞金を与える」

写真2、3の様に生徒に直接金を与えることも躊躇しない。これだけ読むと“クズ教師”そのものの様だが・・・・
 
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写真4:「吊金、魂の叫び」

「私は生徒のためならいくらでも金を積む!!! 1千万でも2千万でも!!!
 どんな問題もその何倍もの金でねじ伏せる!!! 無法!?無法も承知だ!!!」

 筆者の学生時代にこんな先生が居なかったのが残念でならない。
 本書は著者にとって初の単行本とのこと。メジャー誌連載は、なにかとストレスが多いと思うが、頑張って描きつづけて欲しいと思う。

さて、漫画好きと言っても、筆者は普段、少年誌掲載作品は読まないのだが、今回は例外。なぜなら著者の加茂ユウジさんは筆者の高校の後輩なのである。
 筆者の出身高校は、「コブラ」の寺沢武一先生、「動物のお医者さん」、「おたんこナース」の佐々木倫子先生、「うしおととら」の藤田和日郎先生ら、錚々たる漫画家を輩出している。
 加茂さんも偉大なる先輩たちに続いて行って欲しい。本作は、なによりも漫画に対する情熱が感じられる佳作だと思う。読者諸賢も同じと思うが、後輩の活躍はとても嬉しいもの。加茂さんの今後の活躍を期待するものである。

 さて、“学園モノ漫画”といえば皆さんは何を連想するだろう。やはり「GTO」や「ドラゴン桜」あたりか。
 筆者や少し上の世代なら「夕日が丘の総理大臣」、「マカロニほうれん荘」あたりも定番だろう。(今や「トシちゃん25才!」のフレーズを知る人も少数派だろうが)
 だが筆者には1つ、忘れられない作品がある。(知っている人はごく少ないと思うが)1980年代半ば、週刊少年ジャンプに「アカテン教師 梨本小鉄」という作品が連載されていたのである。
 主人公の梨本小鉄は中学の代用教員で、幼いころより博打の才能があり、(丁半博打で確立の概念を教えるなど)ギャンブルで生徒の指導をするのである。またテストではクラス中でカンニングを行うなど、(筆者はこの漫画で、中学のときに“通し”という言葉を知った)メチャクチャな設定が筆者は大好きだったのだ。
 だが超メジャー誌における非情なまでの人気投票至上主義のなか、安定した人気は得られなかったのだろう。1年を待たずして打ち切りとなった。単行本は4巻まで出ているようなので古本屋に行くたびに探しているのだが、未だ出会えずにいる。もし見つけたら(可能性は限りなく低いが)当ブログでご紹介したいと思う。

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2015.08.30 | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書

サフランまちあるき~懐かしの飲食店:こい川&二合三合~3・4仲いろいろ

久々の「懐かしの飲食店」コーナー。今回ご紹介するのはこちら。

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写真1:「こい川&二合三合・跡。3条通り8丁目」

たしか「こい川」が1階で小料理・定食屋、二合三合が2階で居酒屋だったと記憶している。(間違っていたらごめんなさい)
とにかく安かった!こい川のラーメン1杯250円也は当時としても破格のお値段。二合三合でも何回か宴会をしたが、さんざん飲み食いしても(呑み放題とかじゃなくて)3千円くらいだったと記憶している。そこには今、写真1のとおり“小ジャレ”たダイニング風の店があるが、筆者が好きなのはもちろん「酒場放浪記」に出てきそうな“ザ・居酒屋”である。
さて、二合三合のある“3条通り8丁目”だが、これだけでは店の場所が少し分かりづらい。
というのも、“丁目”は建物の固まるブロックに直接、数が振られるので、例えば“8丁目”と言えばそれで特定できるのだが、“条通り”の方は文字通り、「通り」に数が振られるので、3条通り8丁目といっても、少し太い“本通り”を挟んだ、南北2つのブロックに分かれるのである。
そこで古くからの地元民は、例えば二合三合のある方は、4条側の仲通りなので3・4仲(さんよんなか)と言い、逆に2条側の南の仲通りは2・3仲(に~さんなか)と言う。使い方としては「今夜の飲み会は“さんよんなか7丁目”、○○ビルの××という店で」といった感じである。(もっとも、こんな言い方もギリで筆者世代、若い人には通じないだろうが)
今回はそんな「さんよんなか」の色々を少しご紹介したい。

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写真2:「曲がりくねった電柱」

これはサンドウィッチマンのお二人がMCを務めるSTVローカル「熱烈!ホットサンド!」で紹介されたのだが、見逃した方もいらっしゃると思うので当ブログでもご紹介したい。
写真2の電柱が、まるでSの字のように曲がり連なっているのがお分かりだろうか。大変めずらしい光景だが、電柱には特別な高圧電流が通っていて、ビルから一定の距離を保つため、このようになっている。(これは、さんろく街や買物公園の他の仲通りでも見られる光景である。)

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写真3:「つつじプラザビル」

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写真4:「階段を登ると・・・」

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写真5:「レストラン喫茶。アゼイリア」

ここも懐かしの飲食店。閉店などの表示がないが、随分と営業していない様なので廃業と思って良いだろう。
 現在の写真では2階のみだが、昔は1~2階だった。1階は普通の軽食喫茶だったが、2階はちょっと感じが違っていた。フロアの端の方は小上りや座敷などだが、中央部分は各ブースが“すりガラス”で覆われ、昔の“個室喫茶”や“同伴喫茶”(どちらも死語)といった雰囲気の、少し隠微な風情が漂っていたのだ。筆者の知人に高校生の頃ここで童貞を捨てた人が居るが、その人は今、随分と出世している。やはり偉くなるには“サ店でイタせる位の豪胆さ”が必要なのだろう。

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写真6:「宇宙キャバレーUFO」跡

 まだ社会人1年目、筆者が“紅顔の美青年”だった頃。同じ係の先輩(当時35才前後だったと思う)から「今夜、空けとけよ」と言われ、連れて行ってもらったのが「宇宙キャバレーUFO」だった。写真6はもちろん新しい建物で、当時は旧建物だったが、さんろくの団子屋「つくしんぼ」の2階にあった。
 ケバケバしい「UFO」のロゴのネオンサインは今も覚えている。その先輩もとうに定年退職、筆者も当時の先輩より10才近く年上になったのだから時間の経つのは早いものである。

 ちなみに店内で具体的にどのようなサービスが供されたかは、品位を重んじる当ブログでは差し控えたい。(^^;)

 職場の先輩が後輩を(ちょっと艶っぽい)場所に呑みに連れていく、なんてのも、もはや“昭和の残像”なのだろう。

2015.08.23 | コメント(5) | トラックバック(0) | まち歩き

サフラン激辛グルメ~マルちゃん・“からっぺ”と今年のG1クライマックス

 北海道は本州と海で隔たっているため食品のガラパゴス化が見られ、とりわけ道民のソウルフードとして有名なのは「やきそば弁当」通称「やきべん」だろう。
 「やきべん」については人気バラエティ「秘密のケンミンSHOW」やグルメ漫画「めしばな刑事タチバナ」でも紹介されるなど、最近では“全国区のローカルフード”となりつつあるが(かつて全日本プロレスで活躍した往年のレスラー“故ロッキー羽田”のキャッチフレーズ“和製・アメリカンドリーム”の様だ)、袋焼きそば(チルドではなく乾麺の方)のジャンルでもSBの「ホンコンやきそば」とマルちゃん「やきっぺ」が鎬を削っている。
 筆者的にもこの両者は甲乙つけがたく、ガッツリ1食分の食事として食べたいときは“やきっぺ”、おやつ感覚、つまみ感覚で行きたいときは“ホンコン”と気分によって食べ分けている。
 そんなワケで(どんなワケだ)先日、近所のスーパーで見かけたのがこちら。

 写真1:「マルちゃん・からっぺ」
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 “やきっぺ”の辛口バージョンなので“からっぺ”という“そのマンマ”なネーミングだが、思わず買ってしまった。例によって休日の昼食にいただいてみることにした。

 写真2:「袋の中身は麺と液体スープ、ふりかけ。」
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 写真3:「からっぺ完成之図」
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 最初なので具は一切ナシ。“す・やきそば”状態である。ふりかけのなかに見える小さく赤いのは乾燥の紅しょうが。
 辛みは“ちょい辛”といったところ。ふりかけがアクセントになっていて良い仕事をしている。ホンコンにも通じるが、チルド焼きそばにない“ジャンクさ”が良い。途中から「キューピー・からしマヨネーズ」で味変しつつ、美味しく完食した。
 次回は肉、キャベツなど具材ありで食べてみたいと思う。
 
 さて、先ほど「故・ロッキー羽田」の話が出たのでちょっとプロレスの話。
 この原稿を書いているのは2015年8月16日(日)。今夜、両国国技館でプロレス夏の祭典・G1クライマックスの決勝が行われる。
 決勝に駒を進めたのは棚橋弘至と中邑真輔。一時期、沈没寸前だった新日本プロレスを救った二人の決勝進出は実に感慨深い。
 かつて新日本プロレスを“崖っぷち”に追い込んだのが創始者・アントニオ猪木であるのは皮肉な話だ。その猪木が保有株を全て(株)ユークスに譲渡したときは激震が走ったものだ。やがてユークスによるベテラン、中堅レスラーの厳しい査定、減俸は多くのレスラーを新日から去らせることとなる。筆者など「新日本は潰れてしまうのでは」と思ったものだが、同時にユークスがトップをまだ若かった棚橋、中邑にスパッと変えたことが、現在の新日の隆盛につながったことは読者諸賢も良くご存じのことである。
 1991年に始まったG1クライマックスは今年で25回目、四半世紀の扉を開かんとしている。今夜の結果がどうなるか分からないが、レスラーとして円熟期に入った二人(棚橋38才、中邑35才)が新時代のプロレスの集大成を見せてくれるだろう。
 25時30分からの地上波中継は録画してみるつもりだが、今から楽しみである。

2015.08.17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン身辺雑記~とまこまい港まつり・98式AVイングラム出動!

 当ブログ2014年4月14日付けで「ザ・ネクスト ジェネレーション・パトレイバー」についてご紹介したのを憶えておいでだろうか。劇場版パトレイバーはそれまで、アニメではいくつか作られたが実写化は初めて。そしてこの実写版の大きな特色の一つが、実物大のイングラムを作ってしまった、ということである。
 その実物大イングラム、映画公開終了後も、有料でイベントなどへの貸し出しが可能である。
 そして今年、8月7日(金)から9日(日)にかけて開催された「とまこまい港まつり」で、イングラムのデッキアップイベントが行われた。漫画の原作者である“ゆうきまさみ”先生が札幌出身で、主人公の泉野明(いずみのあ)が苫小牧出身という設定のため、みなとまつりのサブイベントとして行われたのである。
 “そのためだけ”に苫小牧に行くのは少し考えてしまうが、8月8日(土)にちょうど新千歳空港に行く用事があったため少し足を伸ばしてみた次第。
 写真1~6の連続写真で、イングラムのデッキアップをご紹介したい。

 写真1
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写真2
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 写真3
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 写真4
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 写真5
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 写真6
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 いかがだろうか。当日は小雨まじり、あいにくの天気だったが会場には多くのファンがつめかけていた。また本物の道警の署員も来ていて警察のPRを行っていた。奥さんによると、観客の中に、イングラムも本当の警察の装備と勘違いした老婆がいたそうだが、そう遠くない未来、それも笑い話でなくなるかもしれない。

 写真7:「真正面から」
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 写真8:「真横から」
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 また夜にはイングラムに搭載されたLEDでライトアップされるとのこと。日帰りだったためライトアップが見られなかったのはとても残念だが、ともあれ、映画公開時、北海道でイングラムが見られるとは想像もしてなかった。とても満足して帰途についたのだった。

 今回、もちろん高速道路で移動したのだが、旭川~新千歳~苫小牧が全線2車線化でとても良かった。
 読者諸賢は「何を当たり前のことを」と思われるかもしれないが、25年前、旭川・鷹栖(たかす)ICと深川IC間が開通してしばらくは1車線だったのである。当時から「1車線の高速作って、どないすんねん!(怒)」という声が聞かれ、実際に渋滞の原因となっていたが、いつの間にか(筆者は殆ど高速に乗らないためいつのことか判然としない)2車線化が完了していた。

 25年前の旭川・鷹栖IC開設と言えばもう一つ忘れられない思い出が。開通前に記念マラソンが高速道路上で行われることとなり、同期の友人・S君から出場を誘われたのである。筆者たちがエントリーしたのはハーフ(つまり約21.1キロ)で、S君と筆者が目指したのは当時のフルマラソンの世界記録(確か2時間6分位だったろうか)を切ること。1ヵ月ぐらい猶予があったので、何とかハーフを走れる体を作って迎えた当日。急きょS君は足を怪我して出場不能となったが、筆者はなんとか出場、走破できたのであった。(記録はもう覚えていない。多分目標はギリでクリアできたと思う)

 マラソンが終わったあとS君と二人、当時6条買物公園にあった焼肉屋(千香園だったと思う)で打ち上げをしたことを憶えている。
 今から筆者が21キロ走れる体を作るのにどれだけかかるだろうか?下腹についた肉を考えると3ヵ月・・・いや、半年はかかるだろう。

2015.08.11 | コメント(0) | トラックバック(0) | 生活雑感

サフランまちあるき~上川神社パート2~宮下通りって?

当ブログには“○条通り○丁目”という表現が頻繁に出てくる。
旭川のまちは駅を南端の起点とした碁盤の目の様になっていて、“条通り”というのは駅前から見て横方向に走る通りを、“宮下通り”とし、駅から離れる(北に行く)ごとに1条通り、2条通りと数字が増えていく。“丁目”というのは西から東に向かって1丁目、2丁目と増えていく。つまり○条通り○丁目と言えば大体どの辺か想像がつくようになっている。
 とまぁ、これは旭川市民なら当たり前すぎるくらい当たり前の事なのだが、市外の人ならこう思うかもしれない。
 「“条通り”も“丁目”と同じように“1”から始まらないの?」
 そして
 「そもそも“宮下”って何のこと?」
 
 これには若干説明を要する。明治26年、上川神社が現在の“宮下通り4~7丁目”に(当時は義経台という高台だった由)置かれたため、それが「お宮のお膝下」という意味で“宮下通り”となったのである。
 その後、上川神社は、鉄道の敷設やまちの発展により、明治31年に6・7条通8丁目、明治35年に宮下通り21丁目に移され、大正13年に現在の神楽岡(かぐらおか)に落ち着いたのである。

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写真1:「宮下東宮公園」

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写真2「上川神社址の碑」

 宮下通り21丁目には今も神社があった名残として、宮下東宮公園があり、敷地内には神社あとの碑が残されている。残念ながら宮下通り4~7丁目と6・7条通り8丁目にはその痕跡を見つけることができなかった。

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写真3:「姫小路」
 
6・7条通り8丁目に上川神社があった、というのは驚きである。今そこには“裏の旭川遺産”とも言うべきディープスポット・姫小路がある。右に赤字・白抜きで「ホルモン焼」とあるのは、旭川市民で知らない人が居たらモグリと言われる「馬場ホルモン」通称「ババホル」である。

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写真4:「稲荷大明神」

その“姫小路”のすぐ近く、8条通7丁目には(上川神社とは全く関係ないと思われるが)稲荷小路と稲荷神社がある。前々回、当ブログで閉店を伝えた“八条はま長”の横にある稲荷小路には、かつては小さな居酒屋、料理屋がひしめきあっていたものだが、今では「ミミ」、「酒房富士」の2店を残すのみとなってしまった。稲荷小路にもいつかは潜入ルポを敢行したいと思っているのだが、まだまだ筆者も“ウブ”なのか、なかなか踏ん切りがつかないでいる。

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写真5:「上川神社・頓宮(とんぐう)」

写真5は常磐公園内にある上川神社・頓宮。実は筆者にとって“上川神社”と言えばこちらの方が馴染み深い。読者の中で未訪問の方がおられれば、一度ご訪問されることをお薦めする。神楽岡の本宮とはまた違った、荘厳な雰囲気が迎えてくれるはずである。

2015.08.02 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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