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サフランまちあるき~上川神社例大祭

 まずは筆者にとって悲しいお知らせから。
 当ブログ5月18日付け、八条はま長の閉店をお伝えした回で、最後に「歴史と風情ある建物の保存、活用を図られたい」と締めたのだが、先日、通りかかったとき目にした光景がこちら。

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写真1:「八条はま長、解体現場」

 思えば、突然の閉店発表からの電撃的な閉店だったが、つい先日、この店のマドンナ的存在であった「ばあちゃん」のお悔やみが新聞に掲載されていた。
 ばあちゃんの健康状態を知って閉店を決めたのか、閉店の影響で病に伏せられたのか筆者にはわからないが、閉店からわずか1ヶ月余りでの訃報だけに、おそらく何らかの因果関係があったのだろう。

 はま長店舗はすでに解体されていた。残念であるが、建物の老朽化を考えると、やむを得ないのだろう。跡地の今後が気になるが、まず90%、無人駐車場になると思う。

 さて、北海道護国神社例大祭については当ブログでも何度か取り上げてきたが、旭川の“二大おまつり”のもう一つ、上川神社例大祭については未紹介だった。今年も7月20~22日にかけて行われ、久しぶりに奥さんと、夕飯がてら出かけてみた。(最後に行ったのは子供がまだ小さかったころ、10年位になろうか)

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写真2:「ひしめき合う露店と人々」

 上川神社祭の露店は3条本通りの13~18丁目、約600メートルにわたって出店する。護国神社祭との大きな違いは地元、大成地区と銀座通り商店街が一体となって盛り上がるところである。
 子供のころ暮らした実家から徒歩で10分位、幼いときは祖父に連れられて来たのを良く覚えている。(昔のおまつりの露店には必ず“植木ゾーン”があり、祖父はそこで長時間過ごすのが好きだった。子供には退屈だったが、それも今となっては楽しい思い出である。)

 写真は撮らなかったが、ビールと広島焼、焼き鳥と定番コースで夕飯代わり。若い頃は長時間過ごせたものだが、この年齢になると一往復すればもう満足。暑いのも相まって、食べるものを食べたら、すぐに家路についた。
 つづいて市内・神楽岡にある上川神社へのお参りもレポートしたい。

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写真3:「参道の階段を登ると鳥居の向こうに本殿が姿を現す」

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写真4:「上川神社・本殿」

最後にここに来たのは1年半前のこと。当時、子供が受験を控えていたため、合格祈願を兼ねて初詣に訪れたのである。受験の方は、なんとか合格できたのだが、進学準備などで落ち着かず今までご報告とお礼が済んでなかった。そのため今回、お伺いした次第である。

ここで上川神社について、同神社のHPなどから少し。
明治26年、上川地方の鎮守のため天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)を主祭神(神社におまつりする神様)として開設。その後、数度の移転を経たのち大正13年に現在の神楽岡に定着した。また、現在は13の神様をおまつりしている。興味深いのは、それらの神様の中に、上川地方の開拓に尽力した永山武四郎命(ながやまたけしろうのみこと)、岩村通俊命(いわむらみちとしのみこと)などがおわすことである。

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写真5:「旭川天満宮」

また境内には旭川天満宮がある。こちらの祭神はもちろん、「菅原道真命」(すがわらみちざねのみこと)筆者の子供が志望大学に合格できたのも(本人の頑張りや運もあろうが)道真公のご加護のおかげだろうか。

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写真6:「上川離宮予定地・史蹟」

上川離宮計画についても、いつか機会があればご紹介したい。
今回、あまり面白くなかったかもしれないが、次回も少し「上川神社」にちなんだおはなしの予定。お付き合いいただければ幸いである。

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2015.07.26 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

サフラン激辛グルメ~帰ってきた「イナバの缶カレー」

 前回の文中に「安心してください、穿いてませんよ」というのがあったが、これが最近プチ・ブレイク中の芸人“とにかく明るい安村”のギャグ「安心してください、穿いてますよ」の“モジり”であることはお気づきだろう。その“とにかく明るい安村”が当地・旭川出身なのはご存じだろうか。
 一部ウィキペディア情報も交えるが、旭川出身で、旭川実業高校を卒業してすぐにタレントの道に入ったそうである。ちなみに実業高校では野球部に所属。安村さん在籍時の“じっこう”野球部は夏の甲子園に出場するほどの強豪校だった。安村さん自身は、甲子園で選手としてグラウンドに立つことは無かったようだが、そのような猛者達と一緒に部活をやっていただけでも凄いことである。今の体型からは想像もつかないが、その体型のおかげで今のブレイクがある訳で、人間、何が幸いするか分からないものだ。

さて、話は代わって当ブログ「定点観測ネタ」の筆頭でもある「いなばの缶カレー・レポート」であるが、今回ご紹介するのはこちら。

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写真1:「インド豆カレー・とり肉入り」

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写真2:お約束:「湯煎して器に盛った之図」

写真では分かりづらいと思うが、具材は鶏肉と二種(大豆とレッドキドニー)の豆。レッドキドニーとは聞きなれないが、中南米原産の赤いインゲン豆で、皮がしっかりとしているため煮込料理などに使われることが多い。刑事コロンボの大好物“チリ・コン・カーン”には欠かせない具材である。
原材料名のトップに「ココナッツミルク」とあるので甘いかと思いきや、どうしてどうして。スパイスが効いてピリッと辛い。食後30分は辛みが口の中に残った。肝心の豆だが、大豆は我々日本人にはお馴染み。レッドキドニーの歯ごたえと甘みが絶妙なアクセントとなっている。豆が中南米原産、ルーもややとろみがかっていることから、本商品は本場のインドカレーとは少し趣を異にするのだろうが、これはこれで美味しく完食した。

さて、この原稿を書いているのは7月19日(日)の午後。昨日から夏の甲子園の北・北海道大会がスタルヒン球場にて行われている。
我が旭川からは西高校、龍谷高校、そして冒頭に出てきた実業高校の3校が駒を進めている。昨日は西高が見事、7回コールドで初戦突破。今日は龍谷、明日は実業の試合が行われる予定である。筆者の母校の姿が見えないのは残念だが(球場名は偉大なる先輩の名を冠しているのに・・・・)旭川勢の奮闘を心から期待するものである。

2015.07.21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン銭湯紀行~「仙人と天女の露天風呂・失われたパンツの謎」

折に触れ様々な浴用施設をご紹介して来た我が銭湯紀行だが、“真打クラス”が未紹介だった。

今回リポートするのはこちら。

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写真1:高砂温泉外観

 市内、高砂台8丁目にある“仙人と天女の露天風呂:高砂温泉”。ちなみに温泉と言いつつも天然温泉ではないのは市民、みな周知のこと。筆者としても久しぶり、10年振り以上だろうか。
 入浴料600円を支払い大浴場へ。脱衣室でカギ付きロッカーに服を入れ浴室に向かう。

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 写真2:大浴場

 ピンボケ&画面下の部分のデータが壊れていて申し訳ない。他の浴室写真も撮ったのだが、最近携帯の調子が悪く、ご紹介できるのはこれだけ。他にはサウナ、ミロのビーナスが迎えてくれる岩風呂、そしてファミリー向けか、滑り台付きのプールなどがある。
 サウナ、大浴槽でゆっくり温まったあと、プールを横目に見ながら階段を上って辿り着いたのがこちら。

 
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写真3:露天風呂

 屋上にある“仙人の露天風呂”に到着。同様の露天風呂があと一つと寝風呂がある。

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写真4:ローカルCMでおなじみ「仙人の露天風呂」からの眺め

 高砂“台”と言うだけあって高地にあるため、フェンス越しだが見事な眺望が開ける。今回は昼の訪問。晴天でとても気持ちよかった。夜ならもちろん綺麗な夜景が臨める。
 露天風呂でもゆっくりと温まったあと、体を洗い浴室を後にする。

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 写真5:「ホール」

 土産物やエア・ホッケーなどが並ぶホールはどこかアットホームな雰囲気が漂う。今は無いが、むかし良く通っていたころ、風呂上りに“ギャラクシアン”(若い読者には分からないか)に興じるのが筆者の楽しみだった。

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写真6:「チャンスマシーン」

 動くかどうかも怪しい“チャンスマシーン”だが「故障中」等の貼り紙がないので現役なのだろう。筆者の人生も今後チャンスをつかめるだろうか。

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写真7:「ビール&枝豆セット」

 久々の“湯上りの1杯”はこちら。“風呂上り”に“キンキンに冷えたビール”と“枝豆”の最強タッグ。まるで、1979年プロレス夢のオールスター戦における「鶴田・藤波・マスカラス組」の様ではないか!

 さて、高砂温泉には一人だけでなく、当ブログ編集長:マッサマンとも良く訪れたものだ。そのときの思い出と言えば「あの事件」を避けて通るワケにはいくまい。
 今でこそ脱衣室は全てカギ付きロッカーだが、当時、ロッカーは少なくカゴが主流だった。マッサマンと二人、ゆっくりと風呂を楽しんだあと、脱衣カゴから服を出そうとした筆者だが・・・・・
「パッ、パンツが無い!!!」
いくら探してもカゴの中にパンツ(当時お気に入りだった写楽の浮世絵柄のパンツだった)が見当たらないのである。そのことをマッサマンに伝えると、彼も最初は他人事とばかり笑ったのだが、ナント、マッサマンのパンツも筆者と同様、無くなっていたのである!
 もちろん、どこぞの不逞の輩が盗んでいったと思われるが、それにしてもヤローのパンツなど盗って何が楽しいのだろう。(カゴの中にはもっと価値のある財布も入っていたのに)
 仕方なく、マッサマンと二人、素肌に直接ズボンを穿いて帰ったのだがなんとも不思議な感じがしたのである。まぁ、それも今となっては笑い話であるが。

「安心して下さい,穿いてませんよ」

 最後に“お得情報”と思って書くと、市内中心部、1条通7丁目「中央バス・ターミナル」から温泉の目の前、高砂台8丁目まで時間にして25分前後で運賃は320円、しかも帰りは同バス停が始発なので、待つこと無く絶対に座れる。まだ暖かいうちに今度は「仕事終わりにちょっと温泉」なんてのも良いと思った。

2015.07.13 | コメント(7) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン身辺雑記~留萌線・廃止の報に思う

まずは訂正から。当ブログ5月24日付けの中で、元・寺尾、現・錣山親方の現役最高位を「小結だったろうか」と書いたが、実際は関脇だったことが分かった。記憶に頼って書いていると、どうもこういう事が起こる。大変失礼な記載であり、深くお詫び申し上げる次第である。

さて、少し前の話で恐縮だが、2015年6月27日の道新にこんな記事が載っていた。

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写真1:「6月27日付け道新」

 記事によるとJR北海道は、利用客が道内で3番目に少ない留萌(るもい)線の廃止を検討、先行して留萌~増毛(ましけ)間を2018年度までに廃止する、とのこと。未だJRの正式発表は無いが、沿線自治体へはお知らせしている様なので、それこそ“既定路線”であろう。

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写真2:「留萌線」

留萌線は旭川の隣の深川市~増毛間の66.8キロ。明治43年に開業し、かつてはニシンや石炭の運搬に活用されたが、貨物の廃止や、炭鉱の廃止などによる旅客の減少などにより、近年は低迷している。
「撮り鉄」、「乗り鉄」などという言葉が流行し、なにかと鉄道が脚光を浴びる昨今だが、筆者は鉄道に全く興味が無い。従って普段ならこの報道もあっさりスルーするはずだが、今回だけは少し食いついてしまった。
話はちょっと変わって、筆者はいわゆる“マイカー”の無い家庭で育った。そのため、夏に家族や親戚と海水浴に行く時は汽車で増毛に行ったのである。1980年前後、小学校の中~高学年の頃だが、夏休みになると「鈍行で海に行く」などと良く言ったものだ。車中で、従兄弟と少年誌を廻し読みしたり、ポケットメイトの将棋に興じたことなど、今思い出しても、汽車旅ならではの実に楽しいひとときであった。
そして帰途のお約束と言えば、深川駅でおじさんが売りに来る「うろこだんご」。必ずお土産に買って帰ったものである。
※余談だが、後年、大人になって名古屋に出張し、名物「ういろう」を手にしたとき、箱を開けた瞬間に筆者が思ったのが「なぁんだ。“うろこだんご”じゃん」であった。

たまに「“○○線”が廃止。惜しむ人々」などというニュースがあるが、鉄道に関心が薄かった筆者にとってはどこか「他人ごと」だった。だが今回、一時期親しんだ路線が廃止の見込みとなり、その寂しい思いが少し分かったような気がする。
あと先ほど「ポケットメイト」と書いたが、若い読者には「?」であろう。ポケットメイトやポケットパンチについても機会があれば語ってみたいと思う。

2015.07.05 | コメント(0) | トラックバック(0) | 生活雑感

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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