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サフラン読書日記~「軍鶏」完結!

「軍鶏」については当ブログ2013年5月27日付け、読書日記でご紹介した。1998年から続く格闘技漫画である。
その「軍鶏」が週刊(隔週)イブニング誌2015年1月13日号をもって、足かけ16年にわたる連載を終了した。
連載開始当初から読んでいることもあり、完結は筆者にとっても感慨深いものがある。今回の読書日記はその最終回をご紹介したい。
単行本29巻までのあらすじは前回記事をご覧いただきたい。
30巻以降、最終回直前までの流れは以下のとおり。

サキコを奪いに来た、闇の便利屋“どぶ組”の二人は、亮が“一筋縄では行かない相手”と分かると、今度は亮の妹、夏美をターゲットにする。なんとか阻止するも、叩きのめす以外に二人の手から逃れられないことを悟った亮は対決を決意する。決闘の場は“どぶ組”が指定した廃工場。死闘の末、辛くも勝利した亮だが自身も大けがを負ってしまう。何とかしてサキコの元へ帰ろうとするも力尽き、遂には樹海の様なところで歩くことさえ出来なくなってしまう。意識朦朧とする亮の前に一頭のニホンカモシカ(神のような“超然とした存在”を象徴しているのだろう)が現れる。亮はそのシカに「これは罰なのか?」と問うが、シカは何も答えず去ってしまう。やがて亮は多量の失血により絶命の一歩手前に至る。

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写真1:「軍鶏・最終回、扉絵」

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写真2:「亮が拾った捨て犬、ペロが“何か”を察し急に吠えだす。左下コマのフードをかぶった少女がサキコ」

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写真3:「成嶋亮、死す」

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写真4・5:「亮、最期の独白。“走馬灯はどうした?まばゆい光はどうした?お花畑はどうした?
―――――ふんっ”」

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写真6:「相当の時間が経過したことを表現するコマ。右下のコマは少し見づらいが亮が最期のときに着ていたシャツ。つまり遺体がだれにも見つかる事なく朽ち果てたことを表す」

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写真7:「軍鶏・完。植物の芽は亮の心が浄化されたことの象徴か?それともサキコの胎内に新しい命が宿っていたことの暗示だろうか?」

主人公の死、という「ある意味ありきたりな結末」にネットでは散々叩かれているが、筆者としては「とにもかくにも完結して良かった」という思いが強い。「足かけ16年」と書いたがその間、掲載誌(漫画アクション)の廃刊、イブニング誌にて連載再開するも作画者(現在、単独で作者としてクレジットされている、たなか亜希夫氏)と原作者との法廷闘争とそれに伴う長期休載、など色々なことがあった。また、後期の「グランドクロス編」連載時には実社会でもK1やプライドなど総合格闘技が隆盛を誇っていたが、それも過去の話であり隔世の感を禁じ得ない。
このような結末に批判も多いと思うが、単なる格闘技漫画に納まらず、人間の心の闇を描いた本作は、我が国の漫画史に残る名作だと筆者は思っている。
2週間に一度、本作を読むのが楽しみだったので少し気が抜けた感じがするが、物語に終わりはつきものなので仕方ないだろう。
たなか亜希夫氏の今後の活躍を期待するものである。

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2015.01.26 | コメント(2) | トラックバック(0) | 読書

サフラン激辛グルメ~“北の護りのカレー”は激ウマだった!~北鎮カレー

 北海道護国神社の向い、陸上自衛隊第2師団・旭川駐屯地内にある「北鎮(ほくちん)記念館」については当ブログ2014年1月6日付けでご紹介した。
 明治初期の屯田兵入植から、大日本帝国陸軍・第七(しち)師団の旭川移設(移設前は札幌)、その後、軍都として栄えた本市の貴重な軍関係の歴史的資料を展示した施設である。
 同様の展示はほかに旭川市博物館や東旭川町にある兵村(へいそん)記念館にも見られるが質・量ともに最も充実していると言えよう。
今回の激辛グルメは、そんな北鎮記念館に因んだ一品。先日読んだ「メディア旭川」誌1月号に紹介されていたので、約1年振りに同館を訪れ入手したのである。

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 写真1:北鎮カレー (製造・ベル食品 価格・500円+税)

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 写真2:辛さのレベルは銃弾の数で表す。中辛の様だ

 500円+税はチトお高いが、関東圏の大学に通っている娘にも送ってあげたいので、自宅用と一緒に3つ購入した次第。
 ちなみに、メディア旭川誌による本商品の販売の経緯は以下に抜粋するとおり。
 近年のいわゆる“ミリ飯ブーム”にベル食品(札幌。ジンギスカンのタレなどで道民にはお馴染み)も何か商品化できないかと模索したすえカレーに行き着き、道内の各師団・旅団に呼びかけたところ第2師団が応じた。北鎮カレーは旭川駐屯地で20年以上に渡り、毎週金曜日に供されている人気メニューである。本商品では第2師団がレシピ、パッケージデザインなどで全面協力。度重なる改良の結果、本物同様の味を再現できた、とのことである。現在は駐屯地内の売店と北鎮記念館で入手可能だがベル食品は今後、JR旭川駅、旭川空港、道の駅あさひかわにも販路拡大を計画中との由。
 
さて、早速土曜日の夕飯に実食してみる。

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 写真3:今や当ブログではお約束の「湯せんしてご飯に盛ったところ」

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 写真4:“箸あげ”ならぬ“スプーンあげ”したところ

 一口食べた途端に口の中をスパイスの辛みが襲ってくる。「中辛」とのことだが、どうしてどうして。食べ進めるうちに顔や首に汗が噴き出してくる。味は月並みだがスパイシーでコクと辛みのバランスが絶妙。また特筆すべきは具。写真4のとおり、ゴロッと大きな豚肉、じゃがいもと玉ネギ、ニンジンが入っている。北鎮カレーに限らず自衛隊食はハードな任務に耐えられるよう、高カロリーに調理されているのだが、本商品では大きめの具材でそれを再現している。またとても柔らかく煮込まれていて、豚肉などちょっと噛んだだけでホロッとほぐれる。知らないで専門店で出されてもレトルトとは気づかないだろう。最低限、お値段の仕事はしている、といった感じだろうか。「旭川駐屯地の隊員はこんな美味しい物を毎週食べているのか!」と思ってしまう。北鎮記念館の左隣にある「自衛隊・旭川地方協力本部(旧・地連)」では日夜、人材確保に苦慮していると思うが、街ゆく若者にこのカレーを食べさせるだけで入隊志願者続出ではないだろうか。

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写真5:北鎮記念館外観

 写真5の北鎮記念館だが、こんなに立派な建物ができたのも地元選出の「I代議士」の尽力が大きいと言われる。そのI氏、昨年末行われた衆議院議員選挙では小選挙区で落選。近隣町村だけでなく地元・本市でも落選という失態(と言って良いだろう)を犯してしまった。(最終的には比例で復活当選)敗因はじゅうぶん検証されたのだろうが、実は多くの有権者は個別の政策や公約はそれほど吟味していないと思う。選挙のたびに筆者宅で話題になるのだが、I氏についてはなによりあの「いかつい顔貌」がマイナスなのでは、というのが筆者と奥さんの一致した意見である。(筆者はともかく、主婦の感覚というのは案外ばかに出来ないもの)
 一部報道によると、○民党の北海道本部では「6区(旭川を中心とした北海道中部~北部にかけてのブロック)はもう、I氏では戦えない」という意見もあるようだが、せっかく比例復活で当選したのだからI氏には是非とも国政の舞台で活躍いただきたいと思う。(筆者が思うに解散が無ければ次の衆院選は約4年後、そのときは恐らく公設秘書であるご子息に後進を譲られるのだろう)
 
 さて、さきほど地方協力本部について触れたので最後は伝説のラジオ番組「ビートたけしのオールナイト・ニッポン」で紹介されたネタで締めたい。


 Q:「優れた能力を持つ4人」を表す言葉を、次の3つから選びなさい。

 1:ええからだ、
 2:してんのう。
 3:自衛隊入らん?

2015.01.19 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン・モデラーズリポート・その2~カワサキ・ポリス1000:CHP・ロスアンゼルス警察

珍しく芸能ネタから入るが、俳優の東出昌大さんと女優の杏さんが結婚した。お二人のなれそめがNHK朝ドラ「ごちそうさん」での共演なのは皆さんもご存じのとおり。
ドラマで夫婦役~結婚という流れは筆者の様な40代だと「熱中時代・刑事編」の水谷豊さんと米・女優のミッキー・マッケンジーさんを思い出してしまう。(水谷さんは伊藤蘭さんと“おしどり夫婦”じゃ?という声が聞こえてきそうだ。伊藤さんは水谷さんが数年の結婚生活を経てミッキーさんと離婚したあとの夫人である)男女のことは当事者同士にしか分からないが、恐らくまだお二人とも若かったのと、日米のカルチャーギャップが主な理由だろう。
東出さんと杏さんの末永い幸せをお祈りしたい。

熱中時代・刑事編といえばテーマソングも印象深い。何年か前に水谷さんが紅白歌合戦で歌って懐かしい思いをしたものだが「カリフォルニア・コネクション」である。

♪ジ~グ~ザ~グ~、き~ど~おった~♪
♪と~か~い~の~、ま~ちいなみ~♪

と書けばお分かりか。そんなワケで今回のお題は“カリフォルニアつながり”でこれ。

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写真1:カワサキ・ポリス1000・CHP・ロスアンゼルス警察~ウインドシールドタイプ(アオシマ文化教材社製・12分の1スケール)

昨年2月24日付け記事が大日本帝国陸軍往年の名機「隼」のプラモデルを作った顛末だったのを憶えておいでだろうか。塗料や道具などは残っているので第2弾があるかもしれない、として終えたのだが、今回、久しぶりのモデラーズ・リポートである。
筆者は特に用事がなくても、本町(もとまち)にある吉田玩具店によく顔を出すのだが、10月のある日、プラモ売り場で目に入ったのがこれ。かつて乗っていたせいか、どうしてもバイクに目が行ってしまう。面白そうなので思わず買ってしまった。同じカワサキ・ポリス1000には他にカウル付きタイプのもあったのだが、何故このウインドシールドタイプにしたかは後ほど。

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写真2:早速箱を開けてみる。中身のキットが姿を現した。

隼と比べて遥かに多い。バイクのプラモはスポーツバイクやいわゆる“レーサー・レプリカ”は何度かあるが、この手の「ネイキッド・バイク」は初めて。とりあえず作ってみる。


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写真3:「エンジン、タンク、フレーム、リアタイヤまでくみ上げたところ。全体の6割ほどだが、ここまででも、2ヶ月近くかかってしまった。ちなみに左のダブルクリップに挟まったパーツはリアブレーキ・ペダル」

作った感想だが、とにかく部品が小さくて多いので難儀した。苦心してせっかく接着したパーツが何かのはずみにポロッと外れてしまい、泣きそうになった事も一度ならずである。
だが、筆者は実際の戦闘機は作ったことも乗ったことも無い(当たり前か)が、バイクのことは良く知っている。
作り進めるうちに、本当に1台のバイクを作っているような気分になり楽しかった。

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写真4:完成之図。結局2ヶ月以上かかってしまった。

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写真5:真横から見てもなかなか精悍だ。

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写真6:今度は「後ろから」。あ、“畑中葉子”じゃないよ。(わかる人は立派な昭和人間。)

さて、CHPと聞いて40代以上のおじさん世代ならピンと来た方もいるのでは。70~80年代アメリカドラマ、原題「CHiPs」(カリフォルニア・ハイウェイパトロールの正式な略称はプラモデルの商品名どおり“CHP”なのだが現地の人は親しみを込めて“CHiPs(チップス)”と呼んでいるのだそう)、日本版タイトル「白バイ野郎ジョン&パンチ」である。※筆者がカウル付きではなくウインドシールドタイプを選んだのは劇中で使われていたのがこちらだからだ。

日本では80年代中~後盤、筆者が中学~高校生だったころ、確か週末の22時前後に日本テレビ系列で放送されていた、と記憶している。
本作は従来の警察ドラマの様な派手なガン・アクションや残酷な犯罪描写はなく、ハイウェイパトロールでの取り締まりや日常のドタバタを描いた、明るくほのぼのとしたものである。また筆者の年令が丁度オートバイに興味を持つ頃で(少年チャンピオン誌では“750ライダー”がまだ連載中だった)格好良いバイクに憧れたものである。
主役はタイトルどおり、ジョンとパンチの二人の白バイ警官。一説にはこのお二人、カメラが回っていない時は口もきかないほど中が悪かったのだそうだ。これは筆者の想像だが、パンチ役のエリック・エストラーダの人気と役者としての格がどんどん上がっていくのが、ジョン役のラリー・ウィルコックスには面白く無かったのでは。(あくまでも筆者の想像である)
やがてラリー・ウィルコックスは降板、新たな相棒を迎えて「邦題:白バイ野郎パンチ&ボビー」となったが、筆者はやはりジョン&パンチが良かったと思っていた。同様の人は多かったのだろう。「パンチ&ボビー」の方は長期放送には至らなかったと記憶している。

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写真7:『白バイ野郎ジョン&パンチ』のサウンドトラック盤(編集長所蔵)のジャケット写真。左がパンチ役のエリック・エストラーダ、右がジョン役のラリー・ウィルコックス。
 このレコードのB面に収録されている「カリフォルニア・ハッスル」という曲が、当時、全日本プロレスで大仁田厚と激闘を繰り広げたプロレスラー、チャボ・ゲレロの入場テーマ曲に使用されていた事実は、あまり知られていない。

今、地上波では主に深夜、と言うより未明の枠で、アメリカドラマがいくつか放送されている。だが1時~2時の深夜では通勤、通学している人は見るのが難しいと思う。是非、せめて22時~23時くらいの時間帯か週末の午前辺りでアメリカドラマを放送して欲しい、と願う次第である。
ちなみに「白バイ野郎ジョン&パンチ」の様な「邦題:○○野郎××」は後に、当ブログ編集長:マッサマンお気に入りの「特攻野郎Aチーム」や「冒険野郎マグガイバー」に受け継がれているが、近年では見られないのも残念な限りである。
中でも、「特攻野郎Aチーム」のオープニングは思い出深い。

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写真8:「ブラジャーからミサイルまで何でも揃えてみせるぜ」(通称・フェイスマン)

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写真9:「奇人?変人?だから何?」(通称・クレイジーモンキー)

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写真10:「でも飛行機だけは勘弁な!」(通称・コング)

2015.01.13 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画・テレビ

サフラン身辺雑記~北海道限定有名俳優・今昔

 明けましておめでとうございます。
 皆さん、良いお正月をお過ごしだっただろうか。筆者は、と言えば連休の半分は奥さんの実家でのんだくれて、残り半分は自宅でのんだくれて、と結局いつもどおりの年末年始である。
 さて、当ブログには、いなばの缶カレー、吉田類さん、孤独のグルメなどいくつか定点観測しているネタがあるが、その中の一つが“北海道限定有名俳優・日高晤郎さん”とSTVラジオで毎週土曜日、午前8時~午後5時まで放送されている“ウィークエンドバラエティ・日高晤郎ショー”である。そんなワケで今回のお題はこれだ。

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 写真1:キネマ旬報・1月上旬号

 キネマ旬報1月上旬号は、存命なら映画デビュー60周年となる昭和の銀幕のスター、市川雷蔵氏の特集である。晤郎さんは常日ごろ勝新太郎氏と市川雷蔵氏に師事したと語っており、それを知ったキネ旬(キネジュン)の編集者により今回、電話インタビューに至った次第である。

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 写真2:2ページに亘るインタビュー記事

 その内容は日ごろ晤郎ショーを聞いている人ならお馴染み、晤郎さんが17才で大映ニューフェースの一員となり、勝新、雷蔵の両氏と出会い、やがて大志を抱いて大映を去るまでが中心である。
 だが、今回の記事には筆者にも初耳のことがあったし、また、晤郎さんが再三ラジオで語られている市川雷蔵氏の言葉「すぐには売れないだろうが“今は売るものがないから売っていない”と思いなさい。そして良い映画や芝居を見て自分に投資しなさい」(大映を去ることとなった愛弟子の晤郎さんに師匠・市川雷蔵氏が言った)は、改めて含蓄に富むと思う。

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 写真3:“江戸へ百七十里”出演時の晤郎さん(右)と市川雷蔵氏(左)

 写真2の左ページ写真をアップにした当時18才の晤郎さんだ。デビュー作の頃であるが、それにしても若ッ!…というより、あどけなささえ残る。御年70才の晤郎さんにもこんな頃があったのかと思うと驚きを禁じ得ない。
 それにしてもキネ旬なんて買ったのは何年ぶりだろう。中~高校生の頃は毎週の様に映画を見ていたものだが、最近はとんとご無沙汰である。

  2015年の目標は「出来るだけ映画を見る」にしようかな。

 ところで、ラジオの日高晤郎ショーの方だが、昨年10月からアシスタント不在という、ちょっとした異常事態である。これは昨年9月末にアシスタントの女性が番組降板、番組内で新アシスタントを募集したものの未だ不在だからである。
 実はこれにはちょっとした伏線がある。午後4時から始まる人気コーナーに「北の出会い」というのがあり、これは北海道で地道に営む、飲食店経営者や様々な分野の職人さんの人生を紹介して晤郎さんがコメントをする、というもので(ゲストが歌手のときはそのまま晤郎さんとゲストのトークが北の出会いとなることが多い)、取材をアシスタントの女の子が担当する。一昨年、11月下旬の回、取材対象者の名字が少し変わったものだった事にアシスタントが深く掘り下げなかったため晤郎さんが怒り、その後もコーナー終了まで延々とアシスタントを叱ったのである。
 北海道の人ならご存じと思うが、「晤郎ショー」というのは非常に好き嫌いの分かれる番組であり、嫌いな人の理由の一つに「放送中でも構わずにアシスタントやスタッフを叱りつける」というのがある。これには晤郎さんも意見があり、「叱るべき時は番組中でも注意する。だが放送が終わったあとは一切言わない」というもので、これはこれで一つの考え方だと思うのだが、そんな筆者でさえ「あれはやり過ぎだった」と思う。事実、相当に苦情が行ったのか、コーナースポンサーのホクレンが降りてしまったほどである。(もしかしたら提供のクレジットのみを降りたのかもしれないが、それでもこれは、ちょっとした事件である。ホクレンと言えば晤郎さんが北海道進出当時、言わばまだ無名時代から支援してきた団体なのだから。)
 
※「やりすぎ」というのはもちろん、筆者の一方的な見方である。ネットで「日高晤郎ショー」とか検索すると動画サイトに「アシスタントの試練」などのタイトルでアップされている(と思う)ので関心のある方はご覧いただければ、と思う。
 
 結局その後も晤郎さんとアシスタントの息は全く合わず、昨年9月末をもって番組卒業、新たなステージに挑戦となったワケだが、まあ、クビであろう。以降アシスタント不在のまま現在に至っているのだが、あの「公開リンチ」とも言えるようなダメ出しを見せつけられたら、後任のアシスタントに応募する者が皆無という現状も納得だ。
 今後は、晤郎さんをやり込める位の女性の出現が待たれるところであるが、そのような人物が現れたら、これもまた怒りを買って排除されることであろう。(制作側も晤郞さんには何も言えなさそうだし。)

 さて、年明け第1弾のお題が日高晤郎さんというのも当ブログらしいが、今年もよろしくお願いしたい。2015年も引き続き、筆者が気になった「ど~でもいいこと」をユルく語っていきたいと思うので、お付き合いいただければ幸いである。

2015.01.05 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画・テレビ

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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