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サフラン身辺雑記~道民的ソウルフード~やきそば弁当

 筆者は高卒だが大学を出た人、とくに親元を離れたことのある人なら、実家からの救援物資(主に食料品)に、改めて親の愛を感じた人は多いのではないか。
 筆者の子どもも今年の春から関東圏の大学に通っていて、良く奥さんがレトルト食品やインスタントごはん、ミネラルウォーターなどを送っている。
 そんなとき、ライン(というのだろうか、筆者には良く分からぬ)で「何か欲しい物は無いか」と尋ねると決まって帰ってくる答えがこれ。

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 写真1:やきそば弁当

 もはや「北海道限定大ヒット商品」だというのも常識である。因みに写真1はレギュラー商品の中ではニューカマーの「塩味」。
 やはり遠く関東の地では北海道が恋しくなるのだろうか。定期的な救援物資には必ずこれがリクエストされるのである。

 さて、北海道は本州と海で隔たっているため、このやき弁に限らず食品の“ガラパゴス”化がある。そのため道民が「これは全国のものだ」と思っていても、それが北海道限定だと分かってビックリする、というのが“北海道あるある”である。定番の“やき弁”のほかは、同じ焼きそばでSBの「ホンコンやきそば」とマルちゃんの「やきっぺ」(“ホンコン”と“やきっぺ”のどちらが上か、は道民の永遠のテーマである)、あとドリンク系で言えばカツゲンやガラナ、リボンシトロンあたりが挙げられよう。(カツゲンは受験シーズンにゲン担ぎの語呂合わせで全国的にプチブレイクを果たしているようだが)またお菓子関係では法事に欠かせない“中華”やご当地旭川の「高級・ビタミン・カステーラ」も外せないところだ。

 話は戻って、そんな北海道限定商品の中でも“やき弁”は別格と言えよう。スーパー、コンビニでもUFOや一平ちゃんなど全国区商品より遥かに広い売り場面積を誇る。
 やき弁が愛される理由はやはり(語り尽くされた感があるが)中華スープだろう。
 読者諸賢は良くご存じのとおり、やき弁の一番のセールスポイントは戻し湯で作る、あの中華スープ(商品によってはコンソメ)である。(戻し湯でスープを作るなんてよく思いついたものだと思うが、これ無くしてやき弁を語れない)また、スープの陰に隠れがちだが、焼きそばそのものもスパイシーで美味しい。
 今回、気になったのでネットで調べたら、やき弁の誕生はペヤングより少し遅い75年とのこと。意外に古いのでビックリしてしまった。
 筆者がやき弁を意識して食べる様になったのは小学校の中学年頃、79年前後だったと記憶している。なぜなら丁度その頃、制服巡査姿(コントの扮装そのまんま)の小柳トムが“うんてい”か何かをしているテレビCMが印象深かったのである。(小柳トムが“お笑いスター誕生”の警察官コントでブレイクしたのがその頃。ちなみに後のブラザー・トムなのだが、若い読者にはバブルガム・ブラザーズ自体が「?」だろうか)

 ジャンクと言ってしまえばそれまでだが、スパイシーで美味しいやき弁は「たま~に食べたくなる食品」の筆頭と言っても良い。そんなやき弁の「あるある」をご紹介して今回の記事を終えたい。
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写真2:湯切り口を外し“かやく”とお湯を入れて、スープをフタの上で温めて♪

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 写真3:マグカップにスープの素を入れて♪

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写真4:3分後、お湯を捨てて・・・・・

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写真5:筆者の自画像と“魂の叫び

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写真6:スープなしでも十分美味しい“やきそば弁当”

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2014.11.26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン名画劇場~ミスター・ベースボール(93年・米)

2014年11月18日,各マスコミは11月10日に俳優・高倉健さんが死去していたと報じた。悪性リンパ腫による。83才であった。

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写真:高倉さんの死去を報じる11月19日スポーツ紙

高倉さんについて説明の必要は全く無いだろう。「健さん」の愛称で親しまれた昭和~平成の銀幕のスターである。映画一筋の役者人生を貫いた、本邦映画界を代表する俳優である。遺作「あなたへ」が各映画賞を受賞したのは記憶に新しいところである。
※筆者などは“たけちゃん”(ビートたけし氏、「夜叉」で健さんと共演)がオールナイト・ニッポンでしゃべっていた“健さんネタ”(収録現場で健さんが椅子に座らないので共演者も座れなかった、など。ちなみに後で完全な作り話と判明)を思い出してしまった。

この訃報に接して、筆者が健さんの出演作を“劇場で”どれだけ観たか考えた。
すぐに思い出すのは中学の頃、学校行事での「南極物語」。あと武田鉄矢氏の「刑事物語」の最後の方にチラッと出ていたが、あれは本当にチョイ役である。
あとはどうも思い出せない。だが44年も生きてきて健さんの出演作をこれだけしか観てないものだろうか?必死に記憶のファイルを探すうち、一つの作品を思い出した。

あれはもう10年、いや、お互い独身だったので20年以上前、たしか当ブログ編集長・マッサマンと二人で観たはずである。
その映画は(タイトルすら憶えてないが)“助ッ人ガイジン”として来日した大リーガーが、最初は日米の野球や文化の違いに戸惑うものの徐々に日本に馴染んでいき、最後は天王山と言うべき一戦で活躍するまでの“悲喜こもごも”を描いたハートウォーミング・コメディ・・・と、書いているそばから脱力モノの「超B級映画」なのだが(ステレオタイプの日本社会、球界が「これでもか!」とばかり描かれている)、その大リーガーが所属する日本の球団の監督役を演じたのが健さんだった。
(ネットで調べたら「ミスター・ベースボール・93年、パラマウント」だと分かった)
「なんでまた健さんがこんな映画に・・・・」と言いたくなるような、あんまりな作品だったが、義理堅い健さんのこと、きっとオファーを断れない事情でもあったのだろう。
筆者とマッサマンにしても、あれを観るために劇場に足を運んだとはとても思えないので、何かの同時上映(若い読者の方へ。昔の映画には“そういうもの”があったものだ)だったと思う。

思いもがけない、というより“思いたくもなかった”訃報に接して、つらつらとそんなことを思い出してしまった。

「最後のスターが逝った」と言って良いだろう。心からご冥福をお祈りする次第である。

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2014.11.20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画・テレビ

サフラン身辺雑記~11.9旭川市長選に思うこと

もう1週間近く前のことになるが11月9日、任期満了に伴う旭川市長選挙が行われ、現職の西川将人氏が前・道議会議員の東国幹氏を僅差で下し3選を果たした。
一般的に選挙は現職有利と言われるが今回、西川氏は相当な苦戦を余儀なくされた。

  前・道議の東氏は20代で旭川市議初当選、(たしか当時の最年少記録)以後、道議へステップアップし、現在は自民党の中堅・実力政治家である。また中央政界では自民党が与党であることから国の予算獲得への期待感、公明も支持に回ったことに加えて、元市議会議員のA氏(公人でないため名前は書かないがかつて市議選に2度もトップ当選を果たした実力者)も支持したことから、下馬評では東氏がかなり有利であった。
対する西川氏は、2期8年の実績をアピール、そして従来「浮動票」と言われたいわゆる「無党派層」に選挙に関心を持ってもらう事が戦略だった。

結果は読者もご存じの通り、1万3千票の僅差で西川氏がなんとか勝利した。
筆者が考えるに勝因は、共産票のうちの一部が西川票にまわったことで公明の票を相殺したこと、そしてやはり(50%と低いものの)かろうじて投票率が前回を上回り、無党派層で東氏を上回れたためだろう。

だが西川氏には多くの課題が控えている。中核市のなかでは最低レベルにある市の財政状況の改善、新庁舎建て替え問題、そして公立大学の新設などなど…。

これは筆者の「なんとなく」だが、恐らく4選までは視野に入っていないのではなかろうか。
いずれにせよ、今後、3期12年にわたる市政の集大成を見ていきたいと思う。

 さて、その西川氏だが、筆者にはちょっと古いお知り合いである。
 あれはもう28年と半年前。高校に入学した筆者はある部活に入ろうと決めていた。※その部活が何かは当ブログをお読みいただければ分かる仕組みになっているのであえて書かない。興味がおありの方は(居ないかな?)過去記事をお読みくだされば、と思う。
 
 それこそ入学式翌日くらいだったと思うが、中学は帰宅部(死語?)だった筆者が緊張しつつ向かった部室で迎えてくれたのが誰あろう、“西川先輩”だったのである。
 3年生の先輩は他にもう一人居たのだが、そちらの先輩はめちゃくちゃ怖かったのに対し、西川先輩には実に優しくしていただいた。
 一緒に部活をしたのは僅か3ヶ月くらいだったが(筆者が一年生、西川さんが三年生だったので)親切に接していただいた事を今でも感謝している。(なので西川さんが唐突に日本航空を辞め衆議院選挙に立候補した時は非常にビックリしたものだ)
 高校時代に親切にしていただいたからと言って、当ブログで西川氏を“ヨイショ”するものではない。ただ、西川氏を語るとき「人柄の良さ」が言われることが多いが、これはまさに「その通り」なのである。

 あの人柄の良さが本当に「地」であることを筆者が責任を持って保証しつつ、今回の記事を終えたい。

 写真:筆者と“西川先輩”が1年間共に過ごした高校。と言っても二人ともこの新校舎には全く入ってないのだが。ちなみに今回、東氏を応援した元市議のA氏は筆者と西川市長の丁度、あいだの期の同窓生である
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2014.11.13 | コメント(0) | トラックバック(0) | 生活雑感

サフランGreatJourney~昭和マンガの聖地巡礼~

 10月31日(金)から11月2日(日)にかけて、所用のため関東地方に行ってきた。
 かねてより、関東に行ったら一度、尋ねてみたいと思っていた場所があったので、11月1日に訪れた次第。
 東京駅から丸ノ内線で池袋へ。池袋から西武線で1駅目に降り立つ。

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 写真1:JR椎名町駅

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 写真2:駅の南口・階段にはパネルが

 椎名町、というより“トキワ荘のまち”と言った方が分かり易いかも知れない。写真2のパネルには当時、入居していた先生たちの自画像と、代表作のキャラクターが描かれている。
 トキワ荘については前に当ブログで触れているのでここでは詳述しない。昭和20年代の終わりから30年代にかけて、明日を夢見る若き漫画家たちが暮らした、伝説の梁山泊である。筆者は一度、ここに来ることが夢だったのだ。
 駅を出て歩くこと10分あまり、現・豊島区南長崎3丁目に辿り着く。

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 写真3:路地の入り口には案内看板がある

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 写真4:「トキワ荘跡」を示すモニュメント

 トキワ荘そのものは1982年、老朽化のため取り壊されており、今、その場所には日本加除出版の社屋が建っている。そこには、写真4のとおりミニチュアのモニュメントがあるのだ。
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写真5:当時の2階の平面図と配置
 2階の平面図に当時入居していた漫画家を落としてみた。1953年から1961年の8年間にかけ、延べ10人が入居したこと、最大は1958年で2階の11室のうち6室が漫画家だったことが分かる。まさに“マンガエリート”たちの合宿所のようだ。

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 写真6:“松葉”外観

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 写真7:「松葉」のしょう油ラーメン

 トキワ荘のすぐ近くにある中華料理店。当時の先生たちが愛した“松葉のラーメン”は今も変わらず現存する。お店には60代始めと思われる奥さんが一人。先客なし。筆者の様な客は多いのだろう。奥さんが優しく対応してくれる。
 藤子不二雄A先生の「まんが道」を読んでいると、執筆中に編集者が届けてくれたり、仲間で出前をとったりと、やたらと松葉のラーメンを食べるシーンが出てくる。筆者はいつか、この「松葉のラーメン」を食べるのが夢だったのだが、やっと実現したのである。

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 写真8“まんが道”には松葉のラーメンがやたらと出てくる
 
写真8はトキワ荘に藤子不二雄の二人が引っ越してきたとき、テラさんが「引っ越しそば」がわりに松葉のラーメンをご馳走しているところ。左下のテラさんのセリフが少し切れているが「安くてうまいからラーメンはここに決めてるんだよ」である。
以下、筆者の実食レポ。恐らく鶏ガラと野菜がベースのスープ、麺は普通の業務用メンで具は写真でお分かりのとおりチャーシュー、ほうれん草、シナチク、ゆで玉子と、典型的なスッキリ味の東京ラーメン。今どき500円とは驚きの価格であり、美味しくいただいた。

 今回、天気が悪かったのが残念だった。朝から曇りだった空は、筆者が椎名町に着いた頃から本降りに。そのため、当時の先生たちが過ごした町をゆっくりと散策することが出来なかった。だが、数年のうちにまた関東に来ると思うので、その時にはゆっくりと散策したい。
 
 椎名町によるトキワ荘を活用した「マンガのまち」としてのPRは成功と言えよう。同様の取組みは「こち亀」の東京都葛飾区や、鳥取県境港市の「鬼太郎ロード」、また長谷川町子さんゆかりの地でもサザエさんを全面に町のイメージ・アップを図り、これらも成功しているようだ。
 
実は当地・旭川も有名な漫画家を輩出している。今、思いつくだけを挙げても「動物のお医者さん」や「おたんこナース」の佐々木倫子さん、「コブラ」の寺沢武一さんがいる。(因みに両氏とも筆者の高校の先輩)
 また、最大のビッグネームはやはり「キャンディ・キャンディ」のいがらしゆみこさんだろう。
 
 筆者はいつも思うのだが、例えば、“駐車場商店街化”しつつある買物公園を「キャンディ・キャンディ・ロード」などとして
売り出せば随分と盛り上がるのではないだろうか。
 ただ、キャンディ・キャンディについては、読者諸賢もご存じの通り、作画のいがらしさんと原作者の間で著作権を巡る法廷闘争があり、最高裁判決が出たものの、今に至るまで絶版状態にあり、文庫本の発刊さえもままならない状態である。
 あれほどの名作がそんな状況では大きな損失であるし、何より一番悲しいのはファンである。なんとか両名には和解いただき、状況が改善されることを切に望むものである。

2014.11.05 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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