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サフラン昭和テレビ~久しぶりに「ドリフ第6の男」を見た

 誰しも「欠かさずに見る、定期的に放送されるドラマ」というのがあるのでは。
 筆者には二つあって、一つは今放映中のテレ朝系・木曜8時「科捜研の女」、そしてもう一つが、最近まで放送されていたコレである。

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写真:1「孤独のグルメ」シーズン4

 前にも当ブログでちょっと触れたのだが改めて。原作:久住昌之、画:谷口ジローの漫画のドラマ化である。
 物語は個人で輸入雑貨商を営む井之頭五郎が「ひたすら食べる」様を描いたもの。テレ東系のこの手の番組は「夜食テロ」と呼ばれるが、その中でもダントツの人気を誇るのがこの番組である。

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写真2:美味しそうに焼きおにぎりを頬張る五郎を嬉しそうに見つめる店主

 毎回、有名な役者が脇役で出演するのがお約束。最終回の今回、居酒屋の店主役で出演するのが石橋蓮司さん。ちなみに五郎役の松重豊さんとは“アウトレイジつながり”である。(石橋さんはアウトレイジで“たけちゃん”に殺される親分。松重さんはアウトレイジ・ビヨンドでマル暴のデカ)
 さて、楽しく見ていた筆者の目が板長役の俳優に止まる。

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 写真3:右端が板長。ちなみに右から3人目が最終回なので特別出演の原作:久住昌之氏

 ・・・・ “すわしんじ”さんではないか!(後のエンドロールで現在は“すわ親治”と分かる。

 もう40~30年前だが、土曜日の夜8時、人気絶頂だったテレビ番組があった。「8時だヨ!全員集合」である。
 今でも「懐かしテレビ」的な企画で良く取り上げられるので若い読者も、タイトルぐらいは知っているだろう。(1970年生まれの筆者がオンタイムでなくても「ゲバゲバ45分」などを知っているようなものか)
 同番組の大きな特徴が、生の公開収録である。そのため、放送中に停電になった、だとかセットで本物の自動車を飛ばした、だとか番組終了時の加藤茶の「風呂入れよ!」で風邪をひいた子どもも無理に風呂に入ろうとした、などのエピソードは1度ならず耳にした事だろう。(これが「国民的フレーズ」だと思っていたが、もはや二十代にとっては「伝説」でしかない。知っていることを前提に使うと「ポカ~ンとされる」のがオチなので御注意を。)

 筆者も子どもの頃、全員集合を毎週楽しみにしていたのだが、たま~に何の脈略もなく、ステージを「ナハハハハハハハハ!」などと叫んで走って行く人がいた。

 それが、先述の“すわしんじ”さんなのである。

 筆者はこの「たまに“すわ”さんを見たとき」が、とても得したような気になったものだ。
 当然「一体、あの人は何なんだ?」という疑問がわいてくるワケだが、従兄弟などと話しているうち、「すわしんじ」といい、ドリフの弟子で、だが近いうちに正式メンバーになる予定だ、などの知識が得られたのである。
(実際、荒井注が現役の頃には、志村けんがすわしんじと同じ役回りを担っていたのだ。)

 これはドリフのもう一つの代表的番組、フジテレビ系の「ドリフ大爆笑」を見ると良く分かるが、当時ドリフには数人の、バンド言葉で言うところの「坊や」みたいな人が居たと思われ、その中でも“すわさん”は別格だった。筆者は早く“すわさん”が正式メンバーになるのを楽しみにしていたが、結局そうならないうちに全員集合の人気下落・打ち切り→ドリフメンバーのバラ売り→それぞれが独自の道を歩むなかで“すわさん”の正式メンバー入りもうやむやになってしまった。
 数年前の週刊誌記事で見たのだが、“すわさん”も古くから「正式メンバーにしてあげる」と言われ続け、だがその約束は果たされず、長さん(故いかりや長介氏)に対するわだかまりがあったそうである。

 そんな“すわさん”も今は渋い俳優として活躍している。そしてテレビのバラエティ(と言うのだろうか)は代わり映えせず、増えすぎた“タレント”としか表現しようの無い(だが本来の意味の“才能”を持つ人は居ない)人々の互助のためのクイズ番組やひな壇番組があふれている。70年生まれの“テレビっ子”である筆者には実に悲しい限りである。

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写真4:「北日本自動車共販のCM」

 ところで、すわしんじの登場シーン同様、何の脈絡もないのだが、北海道の深夜枠の番組には欠かせない「北日本自動車共販」のCMについて気になることが…。

 随分と昔からやっているが、この美脚女性は今一体、いくつなのだろう? 「サンマルコ食品のコロッケのCMの女の子たち」と並ぶ「この人、今、何歳やねん!?」物件である。

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2014.10.27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 懐かしの80年代

サフラン激辛グルメ~龍の涙:激痛ラーメン

 2週続いての激辛ネタで恐縮であるが、今回は当ブログを良くお読みいただいている読者の方から編集長:マッサマンを通じて寄せられたお題である。



 写真1:龍の涙・外観
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 緑町23丁目、イオン旭川西モールの道道を挟んだ向かいにある。とんでもない激辛ラーメンがある、との事で仕事終わりに奥さんと寄ってみた。
 FM放送が流れる店内は写真1からも想像できるように、シックに白と黒でまとめられている。白いカウンターとテーブル席。カウンターの上にあるスポーツ紙が唯一の娯楽的要素のようだ。筆者などがラーメン店に求めるのは「ゴルゴ13」、「代打屋トーゴー」、「どくだみ荘」など、雑誌では「週刊大衆」、「アサヒ芸能」あたりだが、筆者の様な客はお呼びでないようだ。
 
 写真2:「“辛い物が好き”程度の人は手を出さない方が良い」ようだ。
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 単独のメニュー表には
激痛(げきつう)ラーメン

「ちょっと辛いのが好きな方は絶対に食べないで下さい。食べてからの腹痛等、責任は負いかねます」とある。

 これが寄せられた情報の品のようだ。無表情な若いマスターに迷わず注文する。

 写真3:激痛ラーメン
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 まずにおいをかいでみると、ほのかに甘い香りがする。筆者は山岡士郎では無いので断言できない(笑)が、隠し味に胡麻ペーストか何かが入ってるのではないか。
 とにかく食べてみる。麺は須藤の細縮れ麺。具は細切りネギとチャーシュー、それにシナチク。(ここは“メンマ”ではなく、こう呼びたい)
 麺をすすってみる。最初はあまり辛みを感じないが少し経つと・・・むせてしまった。(>_<)

 辛さの元は唐辛子なのだろうが結構なものだ。一口すするごとにむせてしまう。顔中から汗が噴き出させつつ、なんとか食べ進める。
 具は細切りネギがシャキシャキしている。チャーシューは今、流行りの“トロッ”としたのが2枚、そしてシナチクは薄くコリッとしているのが筆者好みである。

 写真4:20分くらいで麺と具は完食
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 麺と具は完食するが“全ツユ”は断念。
 昔なら全ツユも楽勝だった辛さだが、どうも年につれ“辛さ耐性”が落ちているようだ。
 全くもって情けない。まるでクライマックス・シリーズ、ファイナルステージで1勝のアドバンテージがありながら、宿敵タイガースに4タテを食らったセ・リーグの某ダメ球団のようである。
 激辛好きも後進に譲ろうと一瞬考えたが・・・

だがしかし!8条7丁目・稲荷小路を思い出せ!
あそこでは、今も嬢(?)たちが、夏の暑さ、冬の寒さにも耐え、老骨にムチ打ち立っているではないか!

それを思えば、筆者もまだまだ引退するわけには行かないのだ。

 そんなワケで(どんなワケだ!?)これからも激辛食にお付き合いいただきたい。と同時に激辛情報も“どしどし”お寄せいただければ幸いである。

2014.10.22 | コメント(6) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン激辛グルメ~またまた「いなばの缶カレー・レポート」

 当ブログで定点観測を続けている、いなば食品の缶入りカレー。今回も、奥さんが買ってきたのをご紹介したい。

 写真1:ハンバーグとインドカレー
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 インドカレーとハンバーグとは珍しい組み合わせだ。いなばさんもそろそろネタ切れなのか!?
 ともあれ、休日の昼に食してみる。

 写真2:お約束の“湯煎してご飯に盛った”図
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 まずはカレーソースについて。辛みはほとんど無く、トマトの酸味が感じられる。極端に言えば、ケチャップソースにピリッと辛みがある、という感じだろうか。
 次に具のハンバーグ。コスト面の都合からか、鶏肉である。ビーフやポークと違い、あっさりとした味がカレーに良く合う。
本品を食べ進めるうちに、どこかで知った味だと感じた。
 これは・・・、そう、丸大のチキンハンバーグの味ではないか!
 ちょっと恥ずかしい話なのだが、筆者はこれが子どもの頃から大好物である。
 鏡を使ったTVコマーシャルはテレビの「なつかCM」企画で良く紹介されるので、若い世代でもご存じの方が多いのでは。
 ♪ハイディ、ハイディ、フレ、ハイディフォー♪(“聞いたまんま”をそのまま書いてます)のCMソングとともに「大きくなれよー!」のコピーは有名である。(結局、筆者はそんなに大きくならなかったが)
 そんなワケで本品だが、これまでのタイカレーシリーズは缶詰ながらも「本格志向」を目指していたと思うのだが、今度は一転して「ジャンク志向」に舵を切ったようだ。休日の昼食には丁度よく、美味しく食べる事ができた。
今後もいなばの缶カレーシリーズについては(頼まれてもいないのに)目を離せないので、観測を続けていきたいと思う。

 さて、カレーつながりでもう一つご紹介。イオン西モールで買物したあとに寄ったのがこちら、クレイジースパイスである。

 写真3:店内写真
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 メニューの表紙に「SINCE 1995」とあるので来年で20周年。筆者はこの店が開店間もない頃、つまり駅前ビルの地下にあった頃から通っているが「もう、そんなになるのか」と思うと感慨深い。
 写真3でお分かりのように店内はボールパーク風に統一されている。
 この店は、日ハムファンの間では既に全国区の有名スポットで、ファイターズの選手や関係者が頻繁に来店している。
 新庄剛志がまだニューヨークメッツでプレイしていた頃、彼の通訳を務めていた岩本氏(現・日本ハム球団シニアディレクター)がオフシーズンにアルバイトしていたことが縁で、新庄も何度か来店した、という話は、ファンの間で広く知られるエピソードだ。

 写真には写ってないが、店内には新庄選手、ダルビッシュ選手らが袖を通したユニフォームが飾られており、もしも未訪問の野球ファンがおられれば是非一度、訪れることをお勧めする。

 写真4:手前が筆者の注文したオムカレー、トッピング・ロングシャウエッセン。奥は奥さんのオムチキンチーズカレー
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 ここのカレーを食べていつも思う事が二つ。一つは前にも当ブログで書いたのだが、カレーソースが美味しいのもさることながら、オムライスを良くここまで、薄くきれいに巻けるものだということ。
 そしてもう一つが、

 「なぜあのマスターは、あそこまでビルドアップしているのか!」という事である。

 知らない方にご説明すると、クレイジースパイスの店長の肉体は、一流団体のトップクラス、とまでは言わないが、まるでインディ団体のプロレスラー並にビルドアップされているのだ。
 筆者などはこのマスターが「店に居る時間とトレーニングジムに居る時間のどちらが長いのか」と気になってしまう。(余計なお世話)
 筆者はその勇気がないので、志のある読者がおられれば是非「なんでそんなに鍛えてるんですか?」と聞いて欲しいものである。

2014.10.14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフランまち歩き~「常磐」と「常盤」について・その2~TOKIWA・嗚呼我が故郷

 2012年9月4日付け当ブログ:“ときわ”公園前のバス亭についての記事を憶えておいでだろうか。
 旭川市には「道北バス」と「旭川電気軌道」の二つのバス会社があるが、仲良く並んで立つその2社の表示が、道北バスは「常“磐”公園前」なのに対し、旭川電気軌道は「常“盤”公園前」なのである。※因みに公園の名前としては“磐”が正しい。

 だが先日、バスで公園前停留所を過ぎたとき、何か違和感を感じたので確かめてみた。

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写真1:現在の旭川電気軌道・常磐公園前停留所

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写真2:歩道から見る小さい表示は相変わらず“常盤公園前”だが・・・

 いつの間にか停留所の標記が変わっていたようだ。電気軌道の関係者が当ブログを見ていた・・・なんて事はあるまいが、ともあれ、二つ並んだバス亭表示が統一されたのは嬉しい事である。

 話は変わって、“ときわ”について。
 筆者が「常盤中学」出身なのは再三書いてきた。
 そしてその「常盤中」だが、2015年4月をもって、生徒数の激減により同じく市内中心部に近い「聖園中」と「北都中」と統合するのである。

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写真3:建設中の「中央中学校」新校舎

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写真4:旧校舎と新校舎は渡り廊下でつながれる様だ

写真3は牛朱別(うしゅべつ)川の堤防から建設中の新校舎を見たところだが、それにしてもデカイ!3校の統合だから無理もないのだろうが、この大きさはきっと単なる中学だけでなく、他の機能も併せているのだろう。

 今もそうだと思うが、筆者の在学中から「ときわ学級」といい、知的障害(特別支援)の生徒のための教育機能がある。普段は一般の生徒とは離れているが、一度見学に行った事があって、生徒のうちの一人が「サバン症候群」と言うのだろう、例えば「15○○年の何月何日」と言われるとすぐに「○曜日」と答えるのを目の当たりにしてびっくりした記憶がある。

 最後に「常磐」と「常盤」について今一度考察して終えたい。
前回の記事では、常磐公園が常盤通りなどの“皿”と違う事について、公園造成当時、揮毫した渡辺師団長が“間違って「石」と揮毫した“という定説に異を唱えた。

 今回は「物を調べるときの基本に帰って」考察したい。
まず広辞苑を読むと、「常磐」の方は「“とこいえ”の略であり、変わらず永遠なこと」とある。そして「常盤」は、姓氏の一つとある。つまり古くは「常盤御前」そして新しくは「常盤貴子」である。
また「常」は共通なので「磐」と「盤」の違いを漢和辞典であたってみると「磐」は「いわお」、つまり

「♪さ~ざ~れ~~、いし~し~の~~い~わ~お~と~な~りて~~

の「いわお」であり「盤」の方は「大きな皿」の意である。
つまりは「同じ意味の漢字を二字かさねた熟語」である「常磐」の方が一般名詞として合理的であり、「ときわ○○」と表記する際には「常盤さんの作った○○」でない限り、「常磐○○」の方が正しい、というのが筆者の得た結論である。
 そして「ときわ公園」の場合は、「とこしえに不変で、永遠にあり続ける公園」といった意味での「常磐公園」が正しい、と筆者は思う。もちろん渡辺師団長の頭の中には水戸偕楽園の別称である「常磐公園」も当然あっただろう。

 今回、面白くない話に長々とお付き合い下さり申し訳ない。常磐の考察はこれくらいにしたいと思う。

 左上のプロフィールに知新小→常盤中とあるが、小2の一時期、新町小に在学した時期もあったので、常磐公園もまた筆者にとって思い出深い地である。今後も、子どもの頃、千鳥が池で犬の死骸を見つけた事など、色々と思い出を書き綴って行きたいので、今後ともよろしくお願いしたい。

2014.10.06 | コメント(4) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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