fc2ブログ

サフラン銭湯紀行~市内穴場の“ザ・サウナ”

・浴場名:オスパー
・訪問日:平成26年9月26日(金)   ・所在地:宮下通16丁目

123-1_convert_201409291236.jpg
 写真1:オスパー外観

 休日出勤の代休だったのと、「フイット」(道新についてくる地元月刊広告誌。2014年9月で廃刊)に500円で入れるクーポンがついていたので訪れた次第。
 前に訪れたのは10年前の平成16年。当ブログ編集長のマッサマンと一緒だったと思う。
 あれから、もう10年・・・・・お互い年をとるワケである。
 閑話休題(それはさておき)。当銭湯紀行では極力、浴室内の写真も紹介するようにしており今回もそのつもりで写真を撮ったのだが、スマートフォンの調子が悪かったか、浴室内と休憩室の写真がほとんど撮れてなかったので、以下文章によるレポートでお許しいただきたい。

浴室は大浴槽と寝風呂、サウナと打たせ湯である。
まずはサウナへ。「ミヤネヤ」を見ながら都合3回、ゆっくりと汗を流す。その後、体を洗って大浴槽へ。ちなみにリンスインシャンプーとボディソープは標準装備。シェービングフォームもあるのだが使い捨てカミソリが無いのが残念だ。ややぬるめの大浴槽でゆっくりと温まる。寝風呂で締めて約1時間半で浴室を跡にする。

休憩室は大広間とリクライニング室、決してきれいとは言いかねる仮眠室である。大広間には漫画が沢山あり退屈する事はなさそうだ。
さて、銭湯の楽しみは湯上がりのビールである。

写真2:「レストラン“湯河原”」
123-2_convert_201409291236.jpg

ここで筆者を驚愕させる事実が。レストランは午後3時から5時まで準備時間で休業なのだ!!!
だがサウナの後にビールを飲めないなんてCIAに拷問される様なもの。準備中の女性にお願いしてビールだけでも用意してもらった。

写真3「湯上がりの一杯」
123-3_convert_201409292050.jpg

大広間で、ゆっくりとビール2杯、漫画を読みながら飲んで帰宅。
読者の皆さんには、行かれる時は3時から5時は避けることをお勧めする。

さて、話は全然変わって、盛況のうちに幕を閉じた大相撲9月場所。
当地旭川、期待の旭大星は5勝10敗と負け越し、十両陥落は確実。これで北海道出身の関取は居なくなるワケだが、来場所以降の旭大星の奮起を期待したい。今場所最大の注目株は新入幕の逸乃城。筆者も平幕優勝は何度か見てきたが“マゲの結えない力士の”平幕優勝は見たことが無い。結局優勝は無かったのだが13勝2敗は凄い成績である。まさに角界の元寇と言ったところか。
そして今場所もフタを開けてみれば白鵬の優勝。31回は千代の富士に並ぶ2位タイだが、それにしても白鵬は強い!筆者がオンタイムで今まで見てきた横綱で最強だと思うのは(異論はあろうが)北の湖だったが、白鵬を見ているとそれが揺らいで来る。もしタイムマシーンがあって全盛時の北の湖と白鵬が戦ったら・・・と思うと想像もつかない。
ところで今場所、一番悔しかったのは遠藤だろう。前頭筆頭の遠藤は1番でも勝ち越したら三役昇進。晴れて追手風部屋、伝統のしこ名「清水川」襲名となる筈だった。遠藤についても旭大星同様、福岡場所以降の奮起を期待したい。

話はオスパーに戻って。近年、スーパー銭湯や健康ランドに押されて、オスパーの様ないわゆる“ザ・サウナ”といったサウナが少なくなってきているのは非常に残念だ。
買物公園周辺にも、ビジネスビルにサウナの看板が掲げてあるものの、“とっくの昔に”廃業している所が少なくない。マニアックなもの、古いものが大好きな筆者には残念な限りである。
今回の原稿を書いていて、かつて10条通りにあった(前にご紹介した“大東亜”というディスカウントストアの向かい辺りにあった)「ローマの泉」というサウナ・家族風呂のことを思い出してしまった。筆者は数回しか行った事が無かったが、あそこもアットホームで味のある浴用施設だった。
これ以上、市内の銭湯文化を廃れさせないためにも、今後とも浴用施設(残り少なくなってしまったが)をご紹介したいと思っている。

スポンサーサイト



2014.09.29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン読書日記~食べマルシェ2014が終わって

 今年も9月13日(土)から15日(月)にかけて、当ブログにも良く登場する買物公園と常磐公園を舞台に「北の恵み・食べマルシェ」が開催された。
 市外の方にご説明すると、道北の食の魅力を、料理などの提供により紹介する事を目的とし、各地の飲食店が自慢の一品を持ち寄るもので、2010年に旭川開村120記念事業として始まったのが継続されているのである。
 今や全国各地で“○○マルシェ”と冠したイベントが行われているが、同様のものと思っていただいて差し支えないだろう。
 筆者も期間中1日だけお手伝いしたが、今年は3日間、好天に恵まれ多くの人で賑わっていた。
 ただ、水をさすようで悪いが、“ひねくれ者”の筆者などは「いつまでこんな事を続けるのか」と思ってしまう。莫大な税金を使って出店者と買物公園を潤させるイベントに意義があるのだろうか。民間主体の、コンパクトで手作り感のあるイベントの方がずっと良い、と思う。

 まあ、戯れ言はこれ位にして、「食にまつわるイベント」というと筆者はいつも、ある一つの事を思い出してしまう。
 
話はちょっと変わって。北海道1区選出の代議士で横路孝弘という人がいる。
 前回の衆議院選挙、北海道の各選挙区で民主党候補が揃って落選するなか、この人も選挙区では落選するものの、比例区で返り咲いた驚異の粘り腰をお持ちの御仁である。
 だが、特に40台以上の北海道民ならこの人には別な称号を思い浮かべるだろう。
 「“世界・食の祭典”をコケさせた男」である。

 というワケで今回ご紹介するのはこの1冊。

122-1_convert_20121101200133.jpg
 写真1:「ある地方博の死~世界・食の祭典’88の検証」
 ・著者:鷲田 小彌太(わしだ こやた)   ・出版:亜璃西社

 「世界・食の祭典」とは、日本中が博覧会ブームに沸いていた1988年、北海道でも食に関する地方博を北海道主導で開催したが、短すぎる準備期間やイマイチはっきりとしないコンセプト、そして常識では考えられないドンブリ勘定での経費の乱用など杜撰な運営体制により大失敗に終わったイベントである。来場者は当初の見積もりよりも遥かに少なく、当然のごとく莫大な赤字を出し、関係者のうち一人の自殺者を出した、北海道史に残る汚点と言えるイベントである。
 さきほど筆者が横路氏を「食の祭典をコケさせた」と書いたのは同氏が当時の北海道知事であり、いわば同祭典の最高責任者だからだ。

 そして今回ご紹介する本書は、その「食の祭典」の企画段階から失敗に至るまでを考察したノンフィクションである。
 著者の鷲田氏はいわゆる“ノンフィクション・ライター”や“ルポライター”ではなく在野の哲学者である。出版元である亜璃西社の社長が食の祭典のノンフィクションを企画したが書き手が居なく(ゴーストライターですら)白羽の矢が立ったのが鷲田氏だった。取材はもっぱら出版社が行い、著者はその取材結果や当時の新聞記事、公式ガイドブックなどの刊行物のみにより、哲学者ならではの論理的考察を試みた、ノンフィクションとしては非常にユニークな1冊である。

 本書では、まさにバブル経済前夜と言える1988年当時、軽薄なスローガンとお金の臭いに群がった道、中央官庁、土建業者、議員、広告エージェントらの狂奔ぶりが描かれている。
 また、関係者すべてが実名で書かれているのも興味深い。現在ではまずありえないだろう。
 各章ではこの愚かなお祭りに踊った主要人物が濃密な文章で描かれている。(失礼だが)あまり上手とは言えない文章が妙な迫力を持って迫ってくる。

 北海道史に残る愚かな失政の貴重な記録となる1冊である。興味のある方は中央図書館・閉架にあるので、ぜひ一読をお勧めしたい。
 
 また興味深い部分もある。1990年、旭川市は明治23年の開村以来、開基100周年を迎えるのだが、当初はその記念事業が博覧会になる予定だった。だが、食の祭典の失敗を受け博覧会は取りやめ。結果、日本中のお祭りを一同に集めた「日本のまつり旭川」が開催され成功裏に終わったのは当ブログでもご紹介したところである。
 食の祭典の失敗がなければ、当地・旭川市でも博覧会が開催されていたかもしれないのだ。

 最後に冒頭で少し触れた横路氏について。当年とって72才になる同氏だが、驚くべきことに呆れたことに、次回衆院選にも出馬する気マンマンらしい。
 老婆心ながら、人生、改めるに遅すぎるという事は無いので、ここで“横路”を逸れて、まっとうな余生を歩んではいかがかと思うのだが、いかがだろう。もっとも筆者の“たわごと”など永遠の「社会党のプリンス」には届かないか。

2014.09.22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書

サフラン激辛グルメ~グリコLEE40倍

121-nano1.jpg
写真1:グリコ:「リー40倍」

121nano-2.jpg
写真2:湯せんしてご飯に盛ったところ(お約束)

今回ご紹介するのはこちら、当ブログではお馴染みの「グリコ:リー」の40倍。
 グリコ:リーと言えば定番の10倍、20倍と夏期限定の30倍がポピュラーで、本商品はあまり馴染みが無いかもしれない。それもそのはず、本商品は2014年イオン限定発売で奥さんが買ってきてくれたものである。
味はパッケージに書いてある「高温で深煎りした焙煎唐辛子と焙煎黒胡椒をダブルでブレンドして辛さとコクを引き出し・・」のとおり、唐辛子のカラさが暴力的に主張してくる、いつものリーの味。また、この手のレトルトにしては大きめの“ゴロッと”した牛肉が嬉しい。(パッケージ写真はちょっと“ジャロもの”だが)アピールポイントの辛さの方も、一食平らげるときには顔、首に汗が噴き出してくる。さすが歴史ある「リー」。最低限の仕事はこなしている、という印象である。(グリコさん。上から目線でごめんなさい)
 
 さて、イオンと言えば現在、工事中の「旭川駅直結モール」である。
121-nano3.jpg
 写真3:2014年9月13日現在の様子

 いつの間にか結構進んで、鉄骨工事はほぼ終わりの様だ。開業予定は2015年3月末。遅れたとしてもゴールデンウィークには間違いなく間に合いそうである。
 計画発表当時は地元、買物公園の反対運動もあったが、地元商店会への加入や買物公園全体の発展に留意すること、さらに市が宮下通と1条通りにかけてキャノピーを設置することなどを条件に着々と工事は進んでいる。
 それにしても・・・・、買物公園は口を開けば「市がなんとかして下さい」、自ら知恵を絞ったり汗をかいたりは一切せずに行政頼み一辺倒なのは何とかならないものか。銀座通り商店街の爪の垢でも煎じて飲んだら?と思うのだが。

121-nano4.jpg
写真4:閉鎖中の旧“エクス”ビル

 現在、閉鎖中のエクスビル。旧旭川マルサであるが、30代以上の人なら「長崎屋」と言った方が分かり易いだろう。
 店内に入ると

 ♪サンッ、サンッ、サンバード、ながさきや~のサンバードッ、
 サンッ、サンッ、サンバード、ながさきや~のサンバードッ、♪
 ♪し~あ~わ~せ~を~、(合いの手)サンバードッ、
  こ~の~ま~ち~に~、(合いの手)サンバードッ♪
 サンッ、サンッ、サンバードッ、
 ながさきや~の、サ~ンバ~~ドッ♪

の懐かしいテーマミュージックがエンドレスで流れていたのを思い出す。
 小さい頃、たまに親戚一同で訪れたとき、最上階のレストランで食べたお子様ランチは今でも忘れられない。筆者の幼少時の楽しい思い出である。
 残念ながら建物が閉鎖され数ヶ月が経つが、地元誌によると「ドンキホーテ」の出店が有力視されている、との事である。
 もっとも、その「地元誌」というのが、あまり上等とは言いかねる「Mあさひかわ」誌なので眉ツバなのだが、「火の無い所にナントか」という言葉もあるので少しは信憑性があるのだろう。

 当ブログで再三書いてきたとおり、筆者は物心ついた時から買物公園に親しんできたので、正直買物公園にドンキホーテは“そぐわない”と思う。
 だが入居者が決まらず更地→駐車場とでもなれば、それこそ最悪である。以前、ゲオ旭川ビル(旧まるせんデパート)の解体の時に、官民挙げて再活用を検討いただきたい、と書いたが結局現在、例の“黄色い看板の駐車場”となってしまった。
 こう言っては失礼だが“シャッター商店街”ならぬ“駐車場商店街”となるぐらいならドンキホーテでもはるかにマシなのかも、と思うと実に寂しい限りである。

2014.09.16 | コメント(2) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン昭和テレビ紀行~ふたたび快傑ズバット

8月29日、TBS系列で放映された「爆報!フライデー」という番組をご覧になっただろうか。ありがちの「あの人は今」企画だったのだが、8月4日付け当ブログでご紹介した宮内洋さんについて触れていた。
 放送によると宮内さんは2006年、「閉塞性動脈硬化症」という病気を発症し、生死の境をさまよったのである。

写真1:現在の宮内さん。67才と思えぬほど若々しいが・・・
120-1-1.jpg

写真2:手術の傷跡
120-2-1.jpg

4時間に及ぶ40針の人工血管手術の結果、見事生還を果たす。自らのヒーローのイメージを壊さないため、手術の事はこれまで一切公表しなかった。壮絶なリハビリを経て2011年、劇場版映画のアフレコで(V3役)見事カムバック!やはり宮内さんは永遠のヒーローなのである。
 ところで前の記事では数多い宮内さんの主演作の中でも異色と言える「快傑ズバット」についてご紹介したのだが、まだまだ、その魅力は語り尽くせない。もう一回お付き合いいただきたい。

 前はズバットの魅力について、大胆な演出と、主演の宮内さんを始めスタッフ全員が良い意味での悪ノリを楽しんでいる事、と書いたが、それを支えていたのが、脚本の長坂秀佳氏だと思う。
 正味20分少々の放送時間ながら多くのエピソードを盛り込みつつ、最後はズバットが敵を倒すまで全く“もたつき感”がなくストーリーが進む。
 かつ、ちょっとした“くすぐり”や“遊びごころ”というか、主に用心棒のキャラなのだが、実在の人物やキャラのパロディになっている事が多い。

 写真3:第8話の用心棒・地獄市。芝居は勝新の座頭市の完パクリで思わず爆笑モノである
120-3-1.jpg

 写真4:第10話の用心棒・トミー。サミー・デイビス・ジュニアではないか!!よくもまあ、似ている役者を見つけて来たものだ(余談:筆者の勤務先で福祉施設などの監査を務める部署があり,そこにこの役者とよく似た人物が居る。彼は,学生時代に「サミー○○(本人の姓)ジュニア」と呼ばれていたそうである。)
120-4-1.jpg

 まだまだケッサクな用心棒は居るのだがキリが無いのでこの辺で。今回ご紹介したいのは、1話まるごと、ある映画のパロディであるこの回。

 写真5 嵐の夜、ある旧家の当主が息をひきとる所から物語は始まる。
120-5-1.jpg

 なんだか聞いた事のある様なシチュエーションだが、そのタイトルは第23話、「大神家一族の三姉妹と天一坊」

 みなさん良くご存じ、あの作品のパロディ。大神家の当主、与右衛門はその莫大な財産を「幼い頃に生き別れになった長男、天一に残す。ただ1年以内に天一が姿を現さなければ、3人の娘に等分する」という遺言を残す。

 写真6 3女、小雪。映画では島田陽子さんが演じた役どころ
120-6-1.jpg

 写真7 そこへ現れた謎のホータイ男。“左清(すけきよ)”か!?(爆)
120-7-1.jpg

 その後の流れは、長女が惨殺されたり、謎のホータイ男が天一を名乗り出て、大神家での本人判定が行われるなど、オリジナルの要素を盛り込みつつ進むのだが、ネタバレのためこの辺で。
 最後はお約束、地元のボスである“紅フォックス”をボコボコにし「2月2日、飛鳥という男を殺したのは貴様か!?」の問いに紅フォックスは「違うっ!俺はその頃、シシリー島でスパゲッティを食べていたんだ!」とアリバイを主張する。スパゲッティってアンタ・・・という、あんまりなセリフだが、パスタなんて言葉が一般的ではなかった77年当時は、そんなに違和感のあるセリフではなかったのかも知れない。

 とまぁ、こんな感じで、普通の特撮ヒーローものにはない、ちょっと大人向けテイストがズバットの大きな魅力だと筆者は思うのである。

 写真6の小雪を演じた女優さんは大森不二香さんといい、どこかで見た顔だと思ってウィキで調べてみたら、他にも時代劇や刑事ものに多く出演されていたようだ。
 「親友の仇を捜して日本各地を放浪する」という基本設定のため、毎回、違った脇役が出演するのが本作の特徴の一つだが、そのため、しばしば美しい昭和女優と会えるのが筆者にはとても嬉しい。
 また、時代だからか、スタッフの趣味か、女優がやたらと“縛られたり”、“吊されたり”するシーンが多い。特に第5話「花売り少女と白い粉」(スゴいタイトルだ)の回で、いたいけな少女が縛られたうえに吊されるシーンは実にマニア、好事家垂涎のシーン・・・・・(゜o゜;

 さて、数多くのヒーローを演じた宮内さんにとっても一番のお気に入りはこの「ズバット」だそうで、かねてより映画やテレビなど媒体を問わず続編を演じたいと語っていた。今の宮内さんの体調では難しいかもしれない。でも例えば、老境にさしかかった早川健が、また、日本各地のワルを懲らしめる姿を見たい、と筆者は心から思うのである。

2014.09.08 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画・テレビ

サフランまちあるき~なつかしの廉売店ふたたび

 まずは前回のつづきから。2014年8月29日(金)、株式会社ドワンゴと日本将棋連盟はコンピュータと人間が対局する「電王戦」について会見を行った。
 簡単に説明すると、2015年の3月から4月の間に5対5の団体戦形式で「電王戦FINAL」を行う。“FINAL”から分かるとおり、これをもって電王戦は終了し、以後、人間対コンピュータの対局は2016年から双方がコンビを組んでの「電王戦タッグマッチ」として継続される、ということである。つまり1対1形式での対局は2015年の電王戦FINALで終了である。
 FINALの出場メンバー発表は無かったが、前回で筆者が望んだ羽生、森内、渡辺らの出場は恐らく無い、と思う。将棋連盟とドワンゴの間でどのようなやりとりがされたか分からないが、1対1形式では最後まで将棋界の至宝を守った、ということであろう。
 そしてタッグマッチで“満を持しての参戦”といったところか。タッグなら相棒が足を引っ張った、という論法も成り立つだろう。
 いずれにせよ、羽生ら最強棋士軍団の参戦を望んでいた筆者には少し残念な幕引きとなりそうである。
 
さて、話は変わって、少し前に当ブログで、昔1条通9丁目にあった“チャンピオン”という廉売店をご紹介したのだが、憶えておいでだろうか。だが市内にはチャンピオンだけでなく、他にも個性的な店がいくつかあったので、今一度お時間を拝借したい。

 写真1:10条通21丁目の「大東亜」跡
119-1_convert_20140901092649.jpg

 「“大東亜”ってアンタ・・・(^_^;)」

と思わずツッコミの一つも入れたくなるネーミング。
広めの店内はまさにワンダーランドとでも言うべく、実に種々雑多な商品がところ狭しと並べられていた。
 その隠微で猥雑な、独特の雰囲気が人々の心を引きつけたのだろう。いつも多くの客で“ごった返していた”と記憶している。今でも脳裏に焼き付いているのが、(話題づくりだろうが)店内の奥に巨大なホッキョクグマの剥製が陳列されていて、値札に書かれていたのが金100萬円!!「買うヤツいるんかい!?」と心中ツッコんだものである。写真1で分かるとおり、今は更地となっており当時の面影は無い。

 写真2:大町1条3丁目「みづほショッピングプラザ」跡
119-2_convert_20140901092718.jpg

 これまで何度も“銀座通り商店街”から“買物公園”にかけての市内中心部が主な根城だったと書いてきたが、旭橋を1本渡って行ける大町地区も中学くらいからたまに出没していた。古本屋通いが主な目的だったが、同時に良く訪れたのがこちらである。
 たしか1階が食料品を中心とする市場で、2階に様々な安い物を売るテナントがあったと記憶している。
 幼少時より買物公園の百貨店やイトーヨーカドーには親しみがあったのだが、ここはそれと別種の活気(まさに大町・旭町地区の住民のふれあい広場、といった“独特の熱量”があったのである)に満ちあふれていて、筆者は「自分に合っているのは百貨店よりここだ!」と感じたものである。
 写真2で分かるとおり、かつて“みづほショッピングプラザ”があった場所には今、ネットカフェとマンションの複合建物が鎮座している。
 旧建物の解体は15年位前だろうか。たしか不動産の権利関係が複雑で、再開発に結構な労力を要したと記憶している。
 
 最後に、話を“大東亜”に戻そう。

 かつて「豊岡方面に住んでいた」と書いたが、一人暮らしを始めた23年位前、当時住んでいたアパートの近くにあったのが大東亜である。
 まだ100円ショップなど無い時代。常に懐具合のわびしい筆者の味方になってくれたのがここだった。
 
 色々な物を買ったが、特にカゴに山積みにされた、著作権の怪しい(不法コピーの匂いがプンプンする)VHSの映像美の数々には本当にお世話になっ、・・・あっ、いや、・・・(^^;)>

 これからも随時、まちあるき記事を掲載していくので乞うご期待。

2014.09.01 | コメント(4) | トラックバック(0) | まち歩き

«  | ホーム |  »

プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR