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サフラン昭和テレビ~懐かしのアメリカドラマ

 当ブログをパソコンでご覧になっている方なら、左上に“人なつっこい笑み“を浮かべた黒人の少年が見えるだろう。
 40代以上の読者ならお分かりと思うが、若い方には馴染みが無いかもしれない。この人はアメリカの俳優、故ゲーリー・コールマンである。
 有名なのは(と言ってもこれくらいしかないのだが)1978年から8年に亘り放送された「アーノルド坊やは人気者」の主人公、アーノルド・ジャクソン役である。

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写真1 番組宣伝用画像。番組の邦題は、原題の「Different Strokes」とは全くつながらないが、日本語タイトルの付け方も、洋物ドラマに親しむアプローチのひとつとなる。

 ドラマの内容を(ごく簡単に)紹介すると、ハーレムの“みなしご”であるウィリスとアーノルドの黒人の兄弟を、白人の大富豪であるドラモント氏が引き取り、自分の実の娘であるキンバリーと分け隔て無く、愛情を持って育てる、というものである。
 基本はファミリーコメディーで、日本で言えば「サザエさん」の様なユルいものなのだが、ときとしてドラッグなどアメリカ社会の暗部を描く回もある。(筆者が印象深いのは、ドラッグに手を出したキンバリーの髪が何故か緑色になってしまう回)
 また、1968年生まれのゲーリー・コールマンは放送開始当時こそ10才だが終了時は18才であり、当然、少年役は無理である。だが腎臓疾患のため先天的に体が大きくならないため、アーノルド役を演じ続けられた。(日本での放送時、筆者は高校生だったが、同級生と「実はあの人は大人で、病気で体が小さい」という話をしていたものだった)

 80年代中盤~後半、筆者の住む北海道では、確か日曜日の午前10時頃がSTVのアメリカドラマ枠だったと記憶している。この「アーノルド坊やは人気者」だけでなく、マイケル・J・フォックスの「ファミリー・タイズ」や「スタートレック」、「スパイ大作戦」や以前も触れた「アメリカン・ヒーロー」など多くの作品を楽しみに見ていたのを思い出す。

 さて、何故、突然こんな話を始めたかと言うと、4年前、2010年の今日(5月28日)が、ゲーリー・コールマンが亡くなった日だからだ。死因は病死であるが、晩年は不遇だったようだ。ここには詳しく書かないので、興味のある方はネットでご覧いただければ、と思う。
 同じく兄弟役では先述のキンバリーを演じたダナ・プラトーも、人生を過ち、短い一生を終えている。唯一の救いは、ウィリス役のトッド・ブリッジスが、一時期は薬物に手を染めたものの、今は更正していることだろうか。

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写真2 在りし日のダナ・プラトー。番組中では、アーノルドの姉・キンバリー役で出演していた。

 話は戻って、ゲーリー・コールマンが久しぶりに人々の前に現れたのは、数年前に行われたカリフォルニア州知事選挙に、何を思ったか出馬したときだった。(筆者も「懐かしいな~」と思ったが当選したのは、アーノルドはアーノルドでも“シュワルツェ・ネッガー”の方だったが)

 子役が人生を誤ってしまう、というのは洋の東西を問わないのだろう。女性の場合はまだ、年頃になって色気が出てきたら女優として再生する手があるが、男性は難しいものがある。(本邦の最悪物件はやはり、人をあやめてしまった「子連れ狼」の「大五郎」であろう。)
 それを考えると、一度は道を踏み外しかけたものの、今は毒舌・潔癖キャラでブレイク中の坂上忍さんを見ると複雑な思いが交差してしまうのだ。

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2014.05.28 | コメント(2) | トラックバック(0) | 映画・テレビ

サフラン激辛グルメ~缶入りタイカレー三国時代突入!~2014バージョンのLEE30倍を食す



いなば食品の缶入りタイカレーについては当ブログ2013年3月4日、12日、25日と7月22日の計4回で5種類をご紹介してきた。
缶入りタイカレーは長く“いなば”の独占状態だったが、昨年マルハが、今年になってニッスイも参入した。まるで“生き馬の目を抜く三国時代”のようだ。とりあえず実食してみる。

写真1:「いなば:チキンとインドカレー・バターチキン」
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写真2:「湯煎してご飯に盛ったところ」
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まずは先行するいなば。未紹介の「チキンとインドカレー」から。
缶を開けた瞬間、バターの香りが匂い立つ。味もバターの風味とカレーのスパイスが絶妙なバランスである。具のチキンも柔らかく口の中で「ホロッ」とほぐれる。もう一つの具である玉ネギのアクセントが良い仕事をしていて、もはや貫禄さえ感じさせる完成度だ。

写真3:「マルハ:タイレッド・ツナカレー」
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写真4:「湯煎してご飯に盛ったところ」
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続いては後発のマルハ。タイカレーでは定番の一つ、レッドカレーを攻めてみる。
こちらも缶を開けた途端、スパイシーな香りが筆者の鼻腔を刺激する。いつも缶入りカレーを食べて思うのだが、この「缶を開けた瞬間」が楽しみである。具は大ぶりのツナと唐辛子、細かく切った“こぶみかんの葉”。味はタイカレー特有の酸味が感じられる。

写真5:「ニッスイ:タイカレー・ツナ入り・マッサマン」
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写真6:「湯煎してご飯に盛ったところ」
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遂に出た!マッサマンカレー!以前「もし、いなばの関係者の方で当ブログを見た方がいらっしゃれば是非マッサマンを作っていただきたい」と書いたが、最後発のニッスイが開発してくれた。当ブログ編集長も大喜びであろう。ドンキホーテでこれを見つけた時、即買いしてしまった。

 バターチキンやレッド、グリーンカレーよりもマイナーであるが、近年、CNNが世界一美味しい料理に認定したため最近知名度が上がって来たようだ。タイの南部やマレーシアの人が食べる甘口のカレーで具にジャガイモが入っているのが特徴である。
 さて、最後発のニッスイだがどんなものか。缶を開けた瞬間、カレー粉の香りが。その香りと真っ赤な見た目から辛めと思ってしまうが一口食べてみると甘目である。カレーは嫌いでないが辛い物が苦手、という人に丁度良いと思う。本家のジャガイモに対しニッスイはサツマイモ。色々と研究の結果、こちらが良いと判断したのだろうが、サツマイモが苦手な筆者はジャガイモ版を食べてみたいと思った。ちなみにマッサマンカレーについては西武百貨店の無印良品でも見かけたので、いつか食べてみたいと思う。
 以上、三社を食べてみたが、いなばが僅かに先行の貫禄を見せたものの、後発二社もよほど研究したと見えて、甲乙つけがたい。
 三国に例えるなら、正当な血統のもと、ひたすら王道を進まんとする蜀が「いなば」、巨大な力を誇り、曹操率いる覇権主義の魏が「マルハ」、時には他者を戦わせ、時には結ぶ、知略と力で世界を制さんとする呉が「ニッスイ」といったところか。各社ともレッドカレーをラインナップしているところなど、まるで「赤壁の戦い」を彷彿とさせるではないか!
 この「缶入りタイカレー・ウォーズ」については今後も定点観測を続け、随時レポートして行きたいと思うのでよろしくお願いしたい。

 さて、続くは今年初めての「グリコ・LEE30倍」
 このLEE30倍は毎年、その年独自の辛み増強ソースを開発している。一昨年はたしか「ジョロキア」。そして昨年は当ブログ2013年6月13日でご紹介した「トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー・ブレンド」という長州力もマッサオなものだったが今年はどうか。

 写真7:「2014年バージョン・LEE30倍。サッカーワールドカップとコラボのようだ」
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 写真8:「箱から出してみる」
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今年の辛さ増強ソースは島根県産「神出雲唐辛子ブレンド」。夕食に食してみる。

写真9:「湯煎してご飯にかけたところ。所々赤いのが辛み増強ソース」
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増強ソースにより辛さ45倍。辛いのは先刻承知だが、それでも一口食べるとむせてしまう。
首と顔中が汗だくになりながらも完食。気のせいかもしれないが、ベースのカレーの味が去年までよりも美味しくなった気がする。毎年思うのだが、辛みソースで45倍を“きりの良いところ”で50倍にしたら良いのでは。だが、それでは、あまりにも辛くなりすぎて売れないのだろう。
 このLEE30倍についても来年以降、随時「激辛コーナー」でご紹介したいと思う。
 
 さて、話は変わって、盛況のうちに幕を閉じた大相撲夏場所。今場所の好角家の注目は、新横綱の鶴龍と毎場所大人気、今場所は遂に“まげ”を結えるようになった遠藤。鶴龍は9勝止まりで残念な結果。遠藤も7勝8敗と負け越し、三役入りはまだおあずけである。場所中には元放駒親方(筆者は“魁傑”の方が馴染み深い)の突然の訃報が聞かれる中、優勝は横綱・白鵬。29回の優勝は大鵬、千代の富士に次ぐものである。

 だが北海道、特に当地・旭川の相撲ファンの注目を集めたのはこの人。友綱部屋の旭大星である。
 今日に至るまで3年間、本道出身の関取が居ない状態。(幕内が、じゃないよ!)そんななか、北海道出身で最高位が、幕下3枚目の旭大星であった。結果次第では十両昇進が狙える今場所。成績は見事5勝2敗で、名古屋場所での3年振り北海道出身関取の誕生が濃厚である。喜ばしい限りだ。
 前にも書いたが旭大星の四股名について。これは「キョクタイセー」と読むが筆者はこの「音読み四股名」があまり好きではない。力士の四股名は訓読み、「やまとことば」が好きである。
 この「旭(キョク)○○」というのはかつて旭川にゆかりのあった大島部屋力士に多いもの。(古くは旭道山、旭鷲山、現役では旭天鵬など)旭大星も入門は大島部屋で、大島親方の定年により大島部屋はなくなり、所属力士は友綱部屋(若貴や曙の同期で握力100キロ超の怪力、元大関・魁皇が親方)に移籍して現在に至っている。聞く所によると旭大星は旭川大学付属高校出身。同高のことを旭川市民は略して「旭大高(キョクダイコー)」と呼び、その生徒を「旭大生(キョクダイセー)」と呼ぶ事が多いのだが、まさか“そんなこと”に因んでの四股名ではあるまい。
 前にも書いて自分でもしつこいとは思うが、もし当ブログを旭大星や友綱親方がご覧になっていれば(可能性は非常に低いと思うが)、ぜひ、「やまとことば」で、出来れば北海道か旭川にゆかりのある四股名にして欲しいと思うのだ。
 大島部屋出身、「旭」の字にこだわりがあるのなら、例えば「旭岳(あさひだけ)」なんて良いと思うのだがいかがだろうか。

2014.05.27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン読書日記~母校・名物教師の著作に邂逅

読書日記は基本的に、書店で買い求めた本をご紹介して来たが、今回ちょっと趣向を変えてみたい。
先日、自宅から近い末広図書館に寄ったときのこと、郷土本のコーナーで筆者の目を引いたのがこの一冊。

写真1:「北海道の歌謡曲」
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・著者:柳谷 実智博(やなぎや みちひろ)
・昭和57年3月25日初版 ・発行所:(株)旭川振興公社

旭川叢書第14巻。内容はタイトルどおり、北海道にゆかりのある様々な歌謡曲を紹介し考察するものである。
全五章からなるが、特に筆者が興味深いのが第2章「旭川の歌」である。
これまでも当ブログでお伝えしたとおり、行政としての旭川が誕生したのが明治23年の旭川、永山、神居の三村の開村。そして明治34年、大日本帝国陸軍・第七(しち)師団が札幌から移転して以来、軍都として発展してきた歴史に注目した著者がまず考察したのが軍歌についてである。
いくつかの軍歌が紹介されているが、特に「加藤隼戦闘隊」についてページを割いている。
全五番の歌詞が掲載されているうち、一番をご紹介したい。

♪エンジンの音 轟轟と 隼は征く 雲の果て

 翼に輝く 日の丸と 胸に描きし 赤鷲の♪

本書によると、元々は加藤隊長の前任の丸田隊長(中佐)の頃、具体的に言えば昭和15年の春に作られたそうだ。当初は隼戦闘隊の“隊歌”として歌われたが、加藤中佐が隊を引き継ぎ武功を重ね、最後は壮絶な戦死を遂げたこと、加藤少将(二階級特進)が“軍神”として神格化され、昭和19年に映画「加藤隼戦闘隊」の主題歌として採用されるに至り(映画はヒットしたそう)加藤戦闘隊の歌として定着していったのが分かる。

さらに戦後、我が国が復興するなかで旭川も道北の拠点として発展する。都市には盛り場、歓楽街が“つきもの”であり、我が旭川ではもちろん“さんろく街”。(市外の方にご説明すると、主に中心地の3条6丁目界隈に飲み屋やスナックなどが軒を連ねたため、3(さん)、6(ろく)のネーミングである)

我が国の経済が発展し、“さんろく”も栄えていくなか“さんろく街”を舞台とした歌謡曲も数多く作られていく。1曲ご紹介すると

タイトル:「旭川の夜」
・作詞:星野 哲郎 ・作曲:尾崎 留男 ・唄:美川 憲一

 ♪夢よ降れ降れ 石狩川の
  橋のたもとの わが街に
  今日もあなたの ことだけを
  想いこがれて 暮れてゆく 旭川の夜♪(一番のみ抜粋)

今は芸能界のご意見番としても活躍する美川さんが、コロッケさんのモノマネでブレークする遥か前の歌である。
これからテレビで美川さんをお見かけするときは前より親しみが持てそうである。
そういえば筆者(ターメリックマン)の師匠・サフランマンのカラオケの十八番(オハコ)が「さそり座の女」なのを思い出してしまった。

 また、祭りの歌も多く作られている。特に有名と思われるこれをご紹介したい。(知っている方は是非、心の中で歌いながら読んでいただきたい)

 「観光 旭川音頭」 一番を抜粋

 ♪来~た~よ~ 来まし~た~  荒海、越~え~て~♪
  う~た~の~ みやこ~の~  ヨイヤソレ あさひかわ~♪
  い~ち~や~ どまり~が~  いちやどまりが またいちや~♪
  サ~サ オッセ オッセ オシテキナッ ソレッ!
  とても 良いとこ あさひかわ~~~ ♪

思い出せばガキの頃、盆や正月、“しょうこんさい”などで親戚が集まり、夜の酒宴で興が乗ってくると、叔父、叔母たちによる、これの大合唱が始まったものである。
また、そんな経験が無くても、多くの市民がこの歌を知っている。
毎年8月の第1週、「あさひかわ夏まつり」が3日間にわたり開催されるが、その第2日目のメインイベントが「舞踊パレード」。通常、地元の夏まつりは地場の企業や各種団体が、主に若手を中心として盛り上がるのだが、(沼田の夜高行燈まつりが典型)この舞踊パレードにはその要素は皆無。パレードを支えるのは明日お迎えが来ても不思議でないバアチャン(
そろいの浴衣に身を包んだマダム)たち。
恐らく今までの半生、姑の嫁イビリや稼ぎの少ない亭主に悩まされてきた、その恨みを胸に年に一夜の晴れ舞台。その一夜にかける恩讐の念の熱量は凄まじい物がある。ちなみに“若者の盛り上がり的な要素”は夏まつりと同時開催の「さんろくまつり」や3日目のメインイベント「列夏七夕まつり」(山車の連行と“よさこい”みたいな踊りがミックスされた実に不可思議なシロモノだが)に盛り込まれているのでご心配なく。

さて、何故この一冊が筆者の目を引いたか、著者の柳谷実智博(やなぎや みちひろ)氏は旭川東高校の国語教諭で、筆者も1年間(たしか現国だったと思うが)、授業を受けたことがある。
いわゆる「名物先生」だった。
決して美男とは言えない迫力ある顔貌と“ベランメイ”口調の授業は、クラスの皆が楽しみにしていたものである。
 その見かけと名前から「いかりや」と綽名されていた。(と言っても4字目の“や”しかカブッてないけど)
 本人もその辺は充分ご存じ。得意ギャグの「俺が“いかりや”に似ているんじゃない!“いかりや”が俺に似ているんだ!」が炸裂した時は教室中が大いに盛り上がったものだ。
 また、帯広三条高校で教鞭をとっていた頃、教え子に俳優の小野寺昭さん(デンカ)が居たことが余程自慢とみえて、良くデンカの話をしていたものである。
 もちろん当時(1988年頃)の筆者は柳谷先生がこの様な研究をしているとは知らなかった。だが思い出せば、しょっちゅう授業が脱線して歌謡曲や演歌の話になったことを思い出す。
 また先輩に聞いた事なのだが、柳谷先生は先だって32年の歴史に終止符を打った「笑っていいとも」に一度ならず出たとのことである。筆者はそれを見たことが無いのだが、一体どんなコーナーに出たのだろうか?ご存じの方が居ればコメント等いただきたい。
 奥付の著者紹介欄を見ると、昭和4年5月27日生まれとある。今年は昭和89年なのでご存命なら85才になられるはず。ご健在にしておられるのだろうか。気になるところでもある。

 さて、こちらは仕事帰りに中央図書館に寄った際、新着図書のコーナーにあったのを思わず借りた一冊。

 写真2:「奇怪遺産2」
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・著者:佐藤 健寿 ・出版:(株)エクスナレッジ

タイトルどおり、世界中のキッカイなものの写真集。
著作権法違反とならないため、一部のみをご紹介する。

写真3:「Fucking村」
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 オーストリアはザルツブルグにある村。その起源は1000年前、この地にMr.Fuckという人が移住し「Fuckの集落」を開いたのが始まり。1990代以降、ネットの普及により世界中にこの村の存在が知られ、ついには村の標識の盗難や、村内で性行為を行う不心得者が現れるに至り、村名変更の住民投票が行われる事となった。世界中が固唾をのんで見守ったその結果は堂々の否決。今もFucking村は堂々と存在しているのである。

 写真4:「怪僧ラスプーチンの失われた巨根」
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 帝政ロシア末期に暗躍したラスプーチンの死後、切り取られたとされるペニスの薬品漬け。長い間行方不明だったが2004年、パリの古物商に持ち込まれ、それにはラスプーチンの娘・マリアのメモが添えられていた。ロシアの性病医!が100万円で購入し、ようやくサンクトペテルブルグに帰還したのである。平常時ですら28センチあったとされる怪僧の逸物は死後100年近く経つ今もロシアを惑わせ続けている。

 以上、たった2つをご紹介しただけだが、もうお腹イッパイなのでは。3800円+税はちょっとお高めかもしれないが、薬物なしでトリップできること請け合い。人気デュオ歌手のA氏もこれがあれば薬物に手を出す必要も無かったのに、と思うと残念な限りである。

※今日現在、A氏は逮捕されたばかりであり、本人は薬物の所持を否定している。事実は今後の法廷にて明らかになることを、A氏の名誉のために申し添える。

2014.05.21 | コメント(3) | トラックバック(0) | 読書

サフランひとり呑み~日本最北のまちで聖地巡礼


 2週間ぶりの更新でご無沙汰でしたが皆さんは良い連休を過ごされただろうか。
 筆者は、と言えば前回の記事で書いたとおり、5月3日~5日にかけて稚内市にある奥さんの実家にお邪魔してきた所である。
 実は今回の稚内遠征、一つ目的があった。
 以前、BS-TBSで毎週月曜日、午後9時から放送している「吉田類の酒場放浪記」のファンだと書いた。未見の方に簡単に番組をご紹介すると、イラストレーターにして酒場ライター、更には俳句団体も主宰するなどマルチな活動を展開する吉田類(るい)さんが、様々な酒場(主に居酒屋、焼き鳥屋など)を探訪して、その様子を紹介する15分番組である。
 類さんが訪問する店は主に関東圏だが、たまに地方での収録もある。そして北海道はと言えば、(旭川がまだ無いのが非常に残念であるが)札幌、函館、小樽、稚内、根室といった街である。(類さんは魚が好きなので港町が多いのだろう)
 そして当地、稚内で類さんが訪れたのがこちらのお店である。

 写真1:「居酒屋るぱん」+
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 稚内市・中央4、通称オレンジ通りにある居酒屋。今回は岳父(奥さんのお父さん)とこれまた奥さんの叔父さんの3人で訪問。厳密に言うと一人呑みならぬ“三人呑み”としゃれこんだワケ。
 引き戸を開けると一瞬「えっ?」と思った。確か番組で見たときはもっと古い店内だったはず。後でご主人に聞いて分かったのだが、番組収録時(約3年前)のあと、諸般の事情により、それまで賃貸で借りていた店の近くに、新たに土地を取得、新築したのだそうだ。

 写真2:店内の様子
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 店内は7~8名のカウンターと小上りが3つ。6時に訪れたところ小上りに先客と、筆者たちの後にアベックが1組やって来た。
 お店は筆者と同年配かやや下と思われる、ちょっと神経質そうな大将が一人で切り盛りしている。
 当サフラン放浪記はいわゆる“食べブログ”ではないので、料理写真などは割愛するが、筆者たちが注文した、ほっけ焼きやいかの一夜干し、刺身盛り合わせなど、筆者には十分美味しかった。
 また岳父は利尻生まれ(しかも漁師の息子)で中学卒業後に稚内の水産加工会社に就職、以来65才の現在までその会社一筋(工場長)。つまり“魚介について、とっても舌が肥えている”人(なおかつ美味しくないものはハッキリとそう言う)なのだが、その岳父にしてまず及第点の様なので料理についてはお分かりいただけると思う。

 さて、最初は注文の対応などにご主人が忙しそうにしていたが、入店1時間位のあと、ご主人が落ち着いた頃を見計らって「吉田類さん、来られたんですよね?」と聞くと、ご主人も「良くぞ聞いてくれた」とばかりの反応である。
 まず筆者はこの店が選ばれたいきさつについて、店のご主人か常連さんがHTBの稚内支局の方の知り合いか何かで、その伝手だと思っていた。だが、そんな事は全くなく、収録の2週間位前に、他のお客さんとは明らかに雰囲気の違うお客さんが居て、大将も訝しく思っていたところ、その客が「実はこういう番組を作ってまして・・・」と取材交渉が始まったとのこと。そして収録当日、(一度でも番組をご覧になった方はご存じと思うが)15分の番組のうち酒場紹介は7~8分、そのための収録は約2時間半かかったとのことである。また類さんの様子について伺うと、まさしくオンエアーどおりの(つまり常連さんに積極的にからみ楽しく呑むという、あのまんま)で、ただご主人が一つプロだなあ、と思ったのが、悪酔いしないために、事前にポカリを2本用意して随時、水分補給していたそうである。(その割に番組で良く泥酔している様に見えるのは、もしかしてオスカー並みの類さんの名演なのだろうか)
 そんなワケで美味しい料理と芋焼酎、酒場放浪記のウラ話で実に満足の一夜であった。ちなみに写真2のカウンターのアベックも、男性の方が放送を見て来たとのことである。

 写真3:店内に飾られていた類さんの色紙
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 呑み歩きのシメは「激辛グルメ」に決まっている。これまで随時ご紹介してきたが、今回はカレー部門の「真打ち登場」となりそうだ。

 写真4:「ヴァンのとなり」外観
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 結構、有名店なのでご存じの方も多いのでは。「ステーキハウス・ヴァン」の隣にあるので店名が「ヴァンのとなり」であるとか、激辛カレーはもともとヴァンの方で出していたのが、そればかり頼む人が多いので「となり」の方で出すようになった、とか、作っているマスターは辛い物が好きではないので味見をしたことが無い、などの小ネタも有名である。
 「ヴァンのとなり」の方は普通の食堂で、定食、ラーメン、丼ものなど何でもあるが、筆者はもちろん「激辛ヴァンカレー(840円)」である。奥さんの家族と総勢5名で訪れたのだが、注文したときに、「どなたが食べるんですか?」と店のオバちゃんに聞かれる。何故かと言うと、注文が老人の時などは止めるのだそうである。
 
 写真5:「激辛ヴァンカレー」
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 写真6:ルーをご飯にかけたところ
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 注文から程なくして供されたそれは、見かけは普通である。しかし一口食べた途端、一瞬、甘さを感じるものの、後から強烈な辛さが口の中を襲ってくる。食べ進むうちに顔中から汗が噴き出る。その汗をぬぐいながら「これは止まったらもうギブアップだな」と思い一気に完食した。
 
 写真7:ちょっと汚い画で恐縮だが、約10分で完食。
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 平らげた後も暫く、口の中に辛さが残っていた。確かに辛さだけなら、例えばココ壱の10倍辺りの方が辛いかもしれない。だが「ちゃんと洋食としての美味しさがある辛さ」という観点で言えば筆者は、この激辛カレーが一番である。旭川~稚内間は、20年前は4時間以上かかったが、今は一部区間で高速が整備されていて、筆者の様な安全運転主義者でも3時間30分ほどである。観光地の側面も持つ稚内は色々と見る所もあるので、激辛好きで「我こそは」という方がおられれば是非一度、訪問されることをお薦めしたい。

 さて、今回、割とありきたりなブログっぽい内容で、オチなども特にないので最後に「落ち」に絡んだ話をちょっとして終えたい。

 筆者の娘が今春から本州の大学に進学した事は前に書いたと思う。
 筆者は高卒なので良く分からないが、大学生活の楽しみの一つにサークル活動があるだろう。入学当初はいろんなサークルを見て廻っていたようだが、どこに所属するかは最近まで決まっていなかった。ただ中高の6年間、軟式テニス部に所属していたので大方その辺だろうと思っていたのだが、最近やっと決まったとの連絡があり、それが「落語研究会」!つまり「オチ研」である。
 最初は「オチ研ってアータ・・・」と思ったのだが、娘は前にも書いたとおり歴女で古事記を原文で読むような女なので古典芸能とでも言うべき落語もまた肌に合っているかもしれない。
 とりあえず帰省のときには「寿限無」でも演ってもらおうか、と思っている。

2014.05.13 | コメント(0) | トラックバック(0) | 酒場放浪記

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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