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サフラン激辛グルメ~日清カレーメシ・大辛

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写真1:「日清カレーメシ・大辛~辛さ10倍」

今回ご紹介するのはこちら。前作「カップ・カレーライス」が発売されてから、はや半年位でのリニューアルで4月に販売開始。中辛、辛口(3倍)、大辛(10倍)とトマトカレーメシの4種類のラインナップである。“○倍”の“○”は中辛を基準として、という事なのだろう。
スーパー、コンビニ等で結構いい場所に陳列されているので目にしている方も多いと思う。早速大辛(10倍)を勤務先、地下の売店で買った次第。今日(4月26日・土)、奥さんが仕事で不在なので昼食に食べてみる事にした。

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写真2:「フタを開けたところ。ご飯の間に所々見えるこげ茶色がカレーの素だろう」

作り方(内側の線まで水を入れて良く混ぜ、レンジで5分ほど温める)の通りに作ってみる。(ただ、筆者宅のレンジは古くパワーがちょっと落ちているので若干、長めに温めるが)

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写真3:「完成」

下、実食レポート。筆者の感想は「“本格”と“ジャンク”の中間点」といった感じ。
まず“本格”について。
カレールーの味は陳腐な表現で恐縮だが(他に思い浮かばないので)“スパイシー”である。
インスタントでこの味を作るのはさすが天下の日清の面目躍如、といったところか。旭川のカレー店で例えると“アンクルペパリー”あたりが近いと思う。
また特筆したいのはライス。前作のカップ・カレーライスも筆者は食べたのだが、ご飯の食感が少し“ベチャッ”としてリゾットに近い感じだった。(それはそれで筆者は好きだったが)
今回のリニューアルで日清が一番、力を入れたのが“ライス”だったと思う。ご飯は割としっかりとした食感で、普通の白米には及ばないものの、噛みごたえは十分にある。事前に他の人のブログなど見たところ、「芯が残っている」といった記載が散見されたので、今回作るにあたり2分ほど蒸したのだが、それが丁度良かったようだ。
では、ジャンクな部分、と言えば、まず普通にカレーライスを食べる場合、ご飯とカレールーが分かれており、自分の好みの配分で食べ進めていくのが楽しみの一つであろう。さすがにインスタント食品でそれは難しく、本商品も写真3の様にライスとルーが最初から混ざった状態なのでは無理のないところである。ここで筆者が思い出したのは小学校時代。給食の献立がカレーライスの時はよく、ご飯にカレーをかけるのではなく、カレーの容器にご飯を入れて、ぐじゃぐじゃに混ぜて食べたものだった。(非常に行儀の悪い食べ方だが、こういう“お行儀悪”が案外おいしい物なのだ)今回、このカレーメシを食べて、そんな事を思い出してしまった。
また、具が肉、人参、ジャガイモなのだが、その肉がカップヌードルでは見られなくなった例の“謎肉”だったのが嬉しい。(ミニヌードルではまだ見る事が出来るが)
そんなワケで筆者的に“本格”と“ジャンク”のテイストが楽しめたワケである。
辛さについて、“大辛”とあるが、辛い物好きには全然苦にならないレベルである。毎度ワンパターンの締めで恐縮だが興味のある方は一度お試しを。※ただ量は、筆者は連夜の過度の飲酒により昼時はあまり食欲がないのだが、普通の男なら一食の食事には少ないと思う。4種類のうちの2つを食べ比べてみる位が丁度良いと思う。

さて、即席麺のメーカーは今回ご紹介する日清のほかに、マルちゃん、明星、エースコック、ニュータッチ、サンヨー、五木、寿がきや、・・・まあ、どれを食べても似たようなもんですが・・・(ここの下りは「スネークマン・ショー」の「これ何ですか?」で薬局屋のオヤジが製薬メーカーを羅列する口調でお願いしたい)もとへ、沢山ある訳だが、ご飯カテゴリーでは日清食品の独壇場である。パッと思いつくだけでも“ゴーファン・シリーズ”、“カップヌードルごはん”、“どん兵衛釜めし”、“チキンラーメンごはん”、果ては“UFOそば飯”などの変わりダネに至るまで、正に“下手な鉄砲、数打ちゃ当たる”状況なのだが、そのルーツは80年代に遡る事が出来る。

30代の読者には「?」であろうが(40代以上の読者も馴染みないかも)、かつて80年代の終盤まで、日清食品から「カップ・ライス」という商品が販売されていた。
そして筆者はこの商品が「死ぬほど好き」だったのである。

ネットで「日清・カップライス」とかで検索すると画像がヒットするので各自ご確認いただきたい。今、販売されている日清の“ご飯モノ・シリーズ”は皆、電子レンジ調理であるが、当時は今ほどレンジが普及していなかったので、麺類と同じ“お湯で戻す”式である。
カップの形はカップヌードルと同様のタテ長型。中には現在のご飯モノと同様に乾燥した白米と具。お湯を注いで3分ほど待ち、お湯を捨てて1分ほど蒸らした後に、粉末のフレーバーを入れて、良く混ぜて出来上がり。今ネットで見ると色々な味があったのが分かるが当時旭川で手に入ったのはドライカレーとエビピラフ。(筆者は特にドライカレーが好きだった。未だかつて、あれほど美味しいドライカレーを筆者は食べた事が無い)もっとも普通の商店やスーパーでは手に入らなかった。前にも書いたと思うが、丁度当時、旭川に初の24時間型のコンビニエンス・ストア、今のローソンの前身であるサン・チェーンがロータリー(今ペットショップの建物)や5条7丁目(佐久間病院の隣)に出来て、これも前に書いたが、春光台に住む1才上の従兄弟が毎週末の様に筆者宅に来て、夜中ごろ小腹が空いて、夜食を仕入れに出かけ、出会ったのである。
カップライスそのものは、80年代の終わりには姿を消したと記憶している。理由は良く分からないが、恐らく(筆者は大好物だったにせよ)多くの人に“即席ライス”は馴染みでなかったのと、値段が当時にしてはお高め(250円前後だったと記憶している)だったのが主な所だろう。
筆者にとって正に“思い出のグルメ”である。

さて、冒頭で、今回ご紹介するカレーメシを“勤務先の地下売店で買った”と書いた。
筆者の勤務先の建物は、ボロイけれど比較的大きな建物で、地下には売店、食堂、クリーニング受付、美容室がある。(かつては理容院があり、年配のおじさん社員が勤務時間中にも関わらず「床屋行って来ま~す」と堂々とサボっていたのも“おおらかな時代”の風物詩だろう。
その食堂の話。今は昼食に社員食堂を利用することはまず無いが、新人の頃は良く利用していたものだ。そんな時は同期入社の友人と昼食をとりながら色々な話をしたものだが、その面子が筆者(ターメリックマン)と筆者の師匠・サフランマン、そして当ブログ編集長・マッサマンと、度々当ブログに出てくる、今は情報管理部門にいる、ノーマルな状態で“故エリツィン”の顔マネが出来る“大統領氏”と、たまに加わる“インチキセールスマンHM田”といった面々だった。

ここで一寸整理すると、同じ建物の、筆者とサフランマンは2階、HM田は1階、マッサマンは6階、エリツィンは9階に勤務していた。さて、12時になると休憩を知らせるチャイムが鳴り、いい加減な筆者はチャイムと同時に地下へ降りる。地下の券売機の列に並び食堂の中を見やると6階から降りてきたはずのマッサマンが既に日替わり定食や弁当を食べているのである。もう一度書く。「席に着いたばかり」でもなく「注文を待っている」のではない。すでに昼食を“かっ込んでいる”のである。そして、そんな筆者の疑問の視線を感じるとマッサマンは実に嬉しそうに、そして筆者をあざ笑うように「白木みのるの“かき氷器”の顔マネ」をするのだ。
これはあまりにも不思議なので何度もマッサマンをつかまえて、チャイムの鳴るはるか前に食堂に向かっているのだろうと、問い詰めたのだが、彼は「そんなワケは無い」と決して白状しないのである。そうこうする内に、いつしか食堂を利用する同期も一人欠け、二人欠けするうちに、いつしかそんな事も忘れてしまった。しかし今回の記事を書いているうちに、また疑問が湧いてきたのである。

当時の筆者は絶対に「マッサマンは休憩時間前に食堂に向かった」と思ったのだが、しかし今にして思えば当時、お互いに大学、高校を卒業したばかりのフレッシュマン。いかに心臓に剛毛の生えているマッサマンとて、その様な行動は困難だろう。(また当時の彼の上司“リキさん”は部下にズバッと釘を刺したあと「冗談ダヨ!」という決め台詞でトドメを刺す、という実にヤッカイな必殺技を有していた)
ではどうして6階勤務のマッサマンが2階の筆者を出し抜く事が出来たか。ここで筆者はふと思いついた。筆者たちの勤務する建物は地上9階建てだが、なぜだか休憩時間を知らせるチャイムだけは若干のタイムラグを生じさせながら上階から鳴っていくのである。ではこれでタイムラグを埋める事が出来るか、いや、これだけではせいぜい席に着くか注文を待つ位が関の山、とても2階の筆者がダッシュで降りて行ったときに飯を“かっ込む”までは無理だ。ここで筆者の推理は暗礁に乗り上げてしまった。いや、まだだ!まだ何かあるはずだ!考えろ、俺!・・・
その時筆者の脳裏にある事が閃いた!そうだ!確か地下食堂は午前11時ちょっと過ぎには営業を開始し、券売機の電源も入るはずである!つまりマッサマンは11時過ぎに、さもジュースでも買うような顔をして地下に降りていき、だが売店には向かわず券売機で日替わり弁当か定食の食券を買う。(その時既に、その日の弁当、定食のサンプルがショーケースの中にあるので恐らく好みの方を買うのであろう。)その後6階の自席に戻りやがて12時。チャイムが鳴るのと同時に離席、タイムラグを利用して階段をダッシュで駆け下り、(エレベーターでは途中止まったりするので)地下へ。券売機の前には既に列をなして並んでいる先客が居るが、既にマッサマンは食券をゲットしているので悠々と食堂に入り、食券を乗せたトレーを厨房カウンターに出す。(因みに、未だにそのシステムである)しかも注文は日替わり弁当や定食など、店側も早く出せる様に準備しているためすぐに出てくる。そうして弁当や定食が出されたころ、地下に降りてきた筆者の姿が食堂内から見え、筆者が自分を見るであろうタイミングに合わせ、ゆうゆうと得意の“白木みのるポーズ”をとる。

・・・・、四半世紀の時を経てやっとマッサマンの鉄壁のアリバイ、完全犯罪を崩すことが出来た。まるで故・松本清張の社会派ミステリー、「点と線」を彷彿とさせるようだ。しかし筆者のこの無力感は何であろうか。もはや時が経ちすぎてしまい、完全に公訴時効が完成している。結局筆者は「お釈迦様の手の中の孫悟空」だったのだ!まだまだマッサマンの足下にも及ばない。この無力感を紛らすため、また今夜も深酒になりそうだ。

話は変わるが、いよいよ黄金週間の始まりである。今年は残念な飛び石だが、読者の中には有給休暇などを駆使して旅行などに出かける方もおられるだろう。
筆者は、と言えば“暦どおり”に出勤して3~6日は例年通り奥さんの実家にお邪魔することになりそうだ。
そんなワケで、基本週イチとしている当ブログも次回は再来週になると思う。
皆さんも交通事故にだけは気をつけて、良い連休をお過ごしいただきたい。

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2014.04.28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン銭湯紀行~コンプリート!旭川浴場組合加盟全店入湯完了~

浴場名:鶴の湯
・所在地:上川町花園町123 ・訪問日:平成26年4月20日(日)

 前回の銭湯紀行(3月31日付け)で「旭川浴場組合加盟店には市外にある銭湯が2軒ある」と書いた。うち一つはその時ご紹介した美瑛町の松の湯だが、残る1軒が本日ご紹介する上川町の鶴の湯である。今日は朝から天気が良かったのでドライブがてら訪れた次第。

 写真1:「鶴の湯」外観
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 筆者宅から法定速度順守で約50分。上川町駅のほど近く、跨線橋のたもとにある。住宅街の中にあり、ちょっと分かりづらい場所にあるが事前に調べておいたので難なくたどり着く。
 開店時刻はこれまた事前リサーチ済みで午後4時とちょっと遅め。4時ちょうどに到着する。もちろん既に開店していたが驚いたのがその営業時間。

 写真2:入り口引き戸の貼り紙
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 月曜定休は良いとして営業時間が午後4時から6時30分まで。1日たったの2時間半なのである! 2時間半でどれだけの客が来るのだろう。ちなみに筆者が居た50分間で客は筆者を含め3人。残りの1時間半あまりでそんなに多くの人は来るまい。余計なお世話だが完全な赤字経営ではないだろうか。

 閑話休題。(それはさておき)番台のご主人に料金420円を払って店内へ。

 写真3:脱衣室
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 写真4:脱衣室。浴室側から番台、入り口側を見たところ
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 服を脱ぎ浴室に入る。

 写真5:浴室
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 先客は常連と思しきご老人が一人。浴槽の構成は主浴槽が一つ。泡風呂だ、薬風呂だ、サウナだと余計なものは一切なし。「ゴチャゴチャ言わずにとっとと入れ!」と言わんばかりの清々しいまでの潔さである。

 写真6:銭湯壁画
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 銭湯壁画は“層雲峡の滝”と“エスポワールの鐘”の豪華二本立て。良く見ると二つの絵のタッチは明らかに違い、エスポワールの鐘の方は、どう見てもプロの絵師の手にはよらないと分かる。恐らくご主人が自分で描いたのだろう。味があって実に嬉しい。
 特に下半身を念入りに“かけ湯”して一つしかない浴槽へ。
 古い銭湯だし開店すぐなのでちょっと心配だったが、十分に熱い。思わず「あーーっ!」と声が出る。
 なにしろ浴槽はこれ一つなので温まったあとはすぐ体、頭を洗いひげを剃る。その後は再度浴槽へ。湯冷めできないので、ゆっくりと温まり浴室を後にする。
 脱衣室で汗が引くのを待ってから服を着て銭湯を出る。入店から50分での退店は今までの最短記録だろう。だが考えてみれば、筆者が物心ついた頃の旭鉱泉湯も浴槽は一つだったし、昔の銭湯は皆“そんなもの”だった。上川町に来て層雲峡へ行かずまちの銭湯に浸かる。(真面目な話)非常に貴重な休日の午後のひとときを過ごせた、と思うのである。

 さて、上川町といえば思い出すのはもちろんこの人、女子ジャンプ界の期待の星「ザ・フライング・ウーマン」こと高梨沙羅ちゃんである。先のソチ五輪ではちょっと残念な結果だったが、やはりオリンピックには魔物が棲むのだろう。だが今17才の沙羅ちゃんは次の韓国で21才、更にその次でも25才である。その頃にはアスリートとして全盛期を迎えているわけで、文字どおり今後の飛躍が楽しみである。

 写真7:焼肉店“七りん”
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 上川町駅から徒歩で3分位のところにある、沙羅ちゃんのお父さんが経営されているお店。
 ここの開店時にはちょっとした“こぼれ話”があったそうだ。ある日、お父さんからマスコミ各社に「発表する事がある」とのリリースがされ、「スワ何事か」とばかり全国から報道陣が上川町に集まった。「一体、何の発表なんだ?」と色めき立つ報道陣を前にお父さんが「実は私、今回、焼肉店を始める事になりまして・・・」となったものだからマスコミ陣が一様にズッコケたとコケなかったとか・・・

 さて、銭湯紀行は2012年10月21日の初訪問から1年半かけて、旭川浴場組合加盟店の制覇となったわけである。今後も不定期に番外編として浴用施設のご紹介をして行きたいと思っているので、お付き合いいただければ幸いである。

2014.04.21 | コメント(2) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン名画劇場~THE・NEXT・GENERATION・パトレイバー

~THE・NEXT・GENERATION・パトレイバー

「機動警察パトレイバー」という作品がある。
1988年から少年サンデー誌に連載された漫画作品と、同時に企画されたアニメから成るメディアミックス企画である。これまでにも数多くのOVAや劇場映画が放映されたので、「パトレイバー」という言葉自体を全く知らない、という人は少ないのでは。
筆者もサンデー連載当時、つまりもう四半世紀前から親しんでいる本作品だが、一昨年前ごろから実写化企画の声が聞こえてきた。

写真1:筆者の持つ所蔵全22巻
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以来、出演俳優の顔ぶれが明らかになり、「2週間スパン位で7作が順次放映されるらしい」などの情報が提供されるに従って、こちらの期待も高まってきた。
そして公開が2014年4月5日に決まると筆者のテンションもMAX。公開当日を今や遅しと待ってきたのであるが・・・
なんと!旭川では上映しないのである!「けしからん!」と心中、憤りながらも、せめて初回だけは見たいと思っていたのだが、その時ふと思いついた。
「そうだ、あれを使おう!」
話は変わって当ブログ2013年12月24付け「日高晤郎ショーの回」を憶えておいでだろうか。詳しくはブログをお読みいただきたいが、内容を要約すると、「晤郎ショーに投稿したところ採用されSTVからお礼としてJRの1万円分の商品券をいただき、目下の楽しみはその使い道を考えること」と締めたものである。
以来4ヶ月が過ぎたのだが、まだその商品券を使っていなかったのだ。アレを使って札幌へ行けば良いのでは。早速、筆者と同様にパトレイバーが好きな奥さんと一緒に旭川駅に向かったのである。

写真2:JR休日切符と往路分の指定席券。これ2人分でほぼ1万円
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写真3:そして着いた札幌駅
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もはや何年ぶりかも定かでない札幌。恐らく8年振りくらいだと思う。

写真4:札幌シネマフロンティアへ到着
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これまた映画も久しぶりである。数年前に子どもと「アバター」を見て以来だと思う。
さて、本作について、原作の舞台は1998年であるが、本作は舞台を現代に移し、原作の後日譚といった感じである。(なので“ネクスト・ジェネレーション”)
まず主演の泉野明(いずみの・あきら)役の真野恵里菜さんが良い。実は実写化企画を最初に聞いたとき野明の役を誰が演じるかが一番気になったのだが、全く違和感のない人選である。また後藤田隊長役の筧利夫さんも素晴らしい。そのとぼけた演技に、劇場で思わず声を出して笑いそうになってしまった。
また、実写と聞いて気になるのはイングラムをどう表現するか、ということ。主要シーンはもちろんCGなのだが、本作の凄いところは実寸台のイングラムを実際に作ってしまった、という事ではないか。※奇しくも筆者が本作を見た2014年4月13日、東京の吉祥寺に撮影に使われた実寸大のイングラムがお目見えしたとの由。

写真5:パンフから。レイバーキャリーに横たわるイングラムを取り囲む整備クルーの面々
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本作は筆者のように連載当初から親しんできた人間から、本作で初めてパトレイバーを知る、とう人も楽しめるようになっている。本当に惜しむらくは旭川で上映しない、という点であるが。
※というか道内での上映は札幌のみ。もっとも順次スターチャンネルでの放送、ブルーレイ販売はされるのだが、本当に好きな映画は劇場のスクリーンでなければ、という筆者のような人間には拷問である。旭川~札幌などはまだ特急で1時間半だが、もっと遠隔地の人には気の毒な限りだ。

本作は今後、順次あと6作が放映され最後に来年(2015年)のGWに、今度は完結編が全国ロードショーされるそうである。
そういえばGW(ゴールデンウィーク)という言葉そのものが、もともとは連休に合わせて大作を公開した映画界の言葉である。来年はまさに“本来の意味どおりのGW”であり、今からそれが待ち遠しいのは筆者だけではないだろう。

写真6:パンフレット。1000円也。
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写真7:グッズはこれしか残ってなかった。クリアファイル(350円)
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2014.04.14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画・テレビ

サフラン激辛グルメ~味の三平:袋めん

先日、奥さんと二人で神楽にある道の駅・旭川に寄ったときのこと。売店をのぞいて
いると面白そうな物があったので思わず買ってしまった。

 写真1:「旭川・三平・特製激辛味噌・生らーめん」
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 「三平」については当ブログ2013年6月18日付けでご紹介したが、しょう油ラーメン、カツ丼など大変美味しい。
 が、何と言っても有名なのが激辛みそラーメン。
 その味はただ辛いだけでなく、独特の甘みと強烈な辛みのハーモニーは、他の店にはない、「旭川の辛い物好きの聖地」と言って良い店である。
 筆者の訪問時は神楽にあったのだが、現在は神居(かむい)に移転している。移転後はまだ伺っていないが、筆者も奥さんも大好きなので近いうちにお伺いすると思う。

 さて、この袋麺であるが今日(2014年4月6日・日曜)の昼食に食してみることとした。

 写真2:完成之図
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 写真3:奥さんに手伝ってもらって“箸上げ”したところ
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 具はチャーシューと本家に敬意を表してモヤシ。(本家の具はモヤシ、白菜と小さなお餅)
 本家のラーメンの画像は当ブログ2013年6月18日付けをご覧いただきたい。まず本家のスープの粘度の高い半液体状のものに比べ、本商品は色こそ辛そうだが、ずっとサラッとしている。製造者は本家に麺を卸している須藤製麺だが、全く別な物と思った方が良さそうだ。

 スープを一口すすってみると、確かにピリッとした辛みはあるが本家のような強烈なものではない、普通のピリ辛ラーメンである。辛い物好きな人は別途、一味やラー油で辛さの調節をしたら良いと思う。麺は須藤製麺に特有の独特な風味(あくまで筆者の個人的感想)がなく、味、太さ、食感とも無難な及第点と感じた。
 考えてみれば本家:三平のあの“激辛”を正確に再現したら、平らげられる人がどれだけ居るだろう。これはこれで充分美味しくいただく事が出来た。関心のある方は道の駅にあると思うので是非一度お試しを。

 さて、先日のことであるが、当ブログを良く読んでいただいている方が、編集長(マッサマン)を通じて、こんなものを送って下さった。

 写真4:青少年科学館開館当初の頃の施設案内パンフ
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 当ブログでも度々ご紹介している、常磐公園内にある常磐館の前身、旭川市青少年科学館の開館当初の案内パンフである。
 これを見ると科学館の開館は昭和38年11月3日。(文化の日に合わせたのだろう)
 筆者にとって、すごく興味深いのは、第1、第2常設展示室の内容が筆者の知るそれとかなり違っている、ということである。筆者が科学館に行くようになったのは大体6~7才くらい。昭和でいえば51~52年である。これは想像だが、開館10年位の頃に展示の大幅リニューアルを行ったことが窺える。
 それにしても、これを下さった方は、編集長に聞いた感じでは筆者より年下と思われる。よくこんな古い物があったものだ。まるで前々回の市内在住郷土史家・百井さん並みではないか。
 こんな貴重な物を頂いてよいか、少し迷ってしまったが、お気持ちを尊重したいのと、筆者も当ブログを始めてから過去の旭川を偲ばせるものを色々と集めたいと思っているので、大切に保管することをお約束して御好意に甘えることとしたい。
 誌面をお借りして厚くお礼申し上げる次第である。

 さて、開館当初と筆者の知る展示が大きく異なると書いたが、異なっていないのがプラネタリウムである。現科学館(サイパル)が出来た当初、子供を連れて何度か訪れ、プラネタリウムについては、その進んだ映写技術に舌を巻いたものだが、ではどちらが好きかというと筆者はダンゼン、旧科学館である。
 それほど広くない映写室に、旭川の遠景を模した周囲。その日の日の入りの位置に太陽が沈む所から始まり、やがて暗転した天空にその月の天文情報満載の説明ナレーション。極めつけは静止画像のショボイ、ギリシャ神話のスライド!(そのショボさが良いのだ!)30分の天体ショーは開始と逆に翌日の日の出の位置から太陽が昇りエンディングを迎える。

 思い出せば中学の頃。春光台に住む一つ上の従兄弟が毎週末のように筆者宅に泊まりに来て(何故だか未だに良く分からないが)、ただ、お互いガキなのでお金もそんなになく、結局、最もお金のかからない科学館に入り浸るようになった。また当時のプラネタリウム料金は50円だったと記憶しているが、一日に何度も見てすっかり星座に詳しくなったり、受付のお姉さんに「プラネタリウムってそんなに面白いの?」と真顔で聞かれたりしたのも良い思い出である。

 ちなみに、その頃から通いだしたのが、ラーメンの「みずの」である。なので、もう30年の付き合いになる。ここもすっかり有名店になってしまった。常盤通りの“みずの”や“古本屋通い”についてはまた後日、お伝えしたい。

2014.04.07 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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