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サフラン激辛グルメ~丸大食品:カシミールカレー極辛口~

夫婦で味の好み、特に辛さの耐性が違うと結構、苦労するのでは。その点、筆者宅は良くしたもので、筆者も奥さんも「辛いもの好き」であり、家で食べる市販カレーで一番好きなのは丸大食品の「カシミールカレー:極辛口」である。ただ最近、殆どスーパーで見かけなくなってしまった。同社のHPなどで調べてみると、店頭販売はやめてネット販売のみになったようだ。どうしても食べたいので、通販で買った次第である。

写真1:「届いたカシミールカレー」
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写真2:「箱のふたを開けたところ」
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写真3:「“極辛口”がたのもしい」
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写真4:「早速、休日の夕食に作ってみた。具は豚肉、ニンジンと玉ねぎ」
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これは辛い。食べ進めていくうちに顔面全体と首筋にびっしょりと汗をかく。味の方も、筆者は本場のカシミールカレーの味を良く知らないのだが、スパイスが効いていて、とても美味である。
1箱10個入り。内容量がちょっと少なく、二人で食べるには2個必要なのだが、しばらくは補充の必要がなさそうなので嬉しい限り。
辛さだけではLEEの30倍の方が上だと思うが、料理としての味を加味した総合点ではこっちの方に軍配が上がりそうだ。(グリコさん、ごめんなさい!)

さて、「軍配が上がる」と言えば今日(1月26日)で千秋楽を迎える大相撲新春場所。
場所前の好角家の関心は、久しぶりに日本人横綱誕生の期待がかかる稀勢の里への期待が一心にかかっていたのだが、初日にあっさりと土がつくと、足の怪我もありズルズルと黒星が重なり、結局、来場所はカド番で迎えることとなってしまった。
終わってしまえば鶴竜とのモンゴル対決を制した白鵬が優勝。稀勢の里が黒星を重ね優勝の可能性が減っていく中、相撲ファンの注目を集めていたのがこの人。

写真5:「遠藤。フテブテしい面構えが実に良い」
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今場所も大活躍で11勝4敗。相撲の番付は通常、勝敗の差で上下するので前頭10枚目の遠藤は来場所3枚目辺り。成績によっては三役も射程距離であり、まこと楽しみである。
ところで今場所、平成生まれの力士はこの遠藤を含め7人いたのだそうだ。確か遠藤は23歳くらいだったはずなので生まれは平成2~3年頃のはずである。
その当時の相撲界といえば若貴(分からない若い読者は40歳以上の人に聞いてください)をはじめキャラの立った力士たちが人気を集め、空前の相撲ブームだった。その頃に生まれた人がこうやって幕内で活躍するのだから、筆者も年をとったものである。

ところで遠藤の四股名なのだが、これはもちろん本名であろう。普通この位の地位まで上がると、本名とは別な四股名がつくものだが遠藤はどうなのだろう。筆者が思うに、同じ石川県出身の先輩、輪島の様に、本名の四股名のまま横綱になることを目指しているのだろうか。(事情に詳しい読者がおられればコメント等いただけると嬉しい限りである。)

力士の四股名についてちょっとお付き合いいただきたい。筆者の子供の頃は「地図でもないのに山や川が沢山あるのは?」というナゾナがあり、答えは“相撲部屋”とか“相撲の土俵”なのだが今はあまりそういうのは流行でないようだ。新聞の番付表を見ると、近年は「鳳」とか「翔」などの字を付けるのが流行りのようである。
筆者には力士の四股名の好みがあって、簡単に言えば訓読み、もっと言うと「和語」、「やまとことば」が好みであり、音読みはあまり好きでない。
嫌いな方の音読みの例を挙げると(そして、どうやら近年、こちらの方が流行っているようなのだが)、パッと目につくところで「栃煌山」、「豊真将」、「翔天狼」などで、なぜ嫌いかと言えば、文字で書くとなんとなく感じが分かるが、声にだしてみるとそれぞれ「トチオーザン」、「ホーマショー」、「ショーテンロー」で、何が何だか意味が分からないからである。
それと違って「和語」、「やまとことば」は、まず耳にしたときの語感が柔らかく心地よい。(と筆者は思っている)そして、聞いただけで意味がイメージできるのである。
では、幕内力士で筆者の好きな四股名を幾つか挙げると、「大砂嵐(おおすなあらし)」。良い四股名である。スケールの大きさが出ている。「豪風(たけかぜ)」。豪は「ごう」と読ませる場合が多いが(豪栄道など)あえて「たけ」と読むことで荒々しさ、強さがより表現できると思う。そして極めつけは「勢(いきおい)」!一文字というのも珍しいが「奇をてらった」感が全くない。このままどんどん勢いをつけて行って、上がって欲しいと思う。

もう少しお付き合いを。かつて北海道は「相撲王国」と呼ばれ、多くの横綱を輩出したが今は見る影なし。新聞を見ると横綱どころか、関取衆に道内出身が一人もいないのである!では道内出身力士で最高位は、というと幕下東23枚目に我が旭川出身の旭大星(たぶん“キョクタイセイ”と読むのだろう)を見つける事ができた。今後の活躍を期待したいものだ。
かつては、道内出身ではないものの、旭川の地名を四股名に冠した横綱が活躍したときがあった。
目下の筆者の夢は、旭川出身で、「旭岳」や「石狩川」、「大雪山」(あえて“ダイセツザン”と読みたい)などの、上川中部圏にちなんだ四股名を持つ力士が活躍し、ねがわくば横綱になってくれる事である。

え?旭川の地名を冠した横綱なんていないって?いや、いたのである。

本名チャド・ローエン、そう、「曙」である。

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2014.01.27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン昭和テレビ~大江戸捜査網

筆者はワケあって幼年~少年期を祖父母に育てられた。
祖父母に影響を受けたものは幾つかあるが、祖母に影響を受けたものの一つが時代劇である。
祖母は時代劇がとても好きだったため、必然的に筆者も幾つかの時代劇をテレビで見て、やがて好きになっていった。
筆者の大好きな作品を挙げると(スーパーメジャー級ばかりで恥ずかしいのだが)、「破れ傘刀舟悪人狩り」、「木枯らし紋次郎」、一連の「必殺仕事人」、中村梅之助さんの「遠山の金さん」(金さんは誰が何と言おうと中村さんである)、そして忘れてならないのがこの一作。

写真1:「大江戸捜査網by♪デアゴスティーニ♪」テレビCMが流れていたのでご存じの方も多いだろう。創刊号はお手頃価格なので末広のツタヤで思わず買ってしまった。
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筆者は本作を本邦時代劇史に残る名作だと思っている。放映は1973年9月から1984年3月までの10年半、全14シリーズの長きにわたった。その中で筆者が好きなのは前述の放送開始から1974年3月までのわずか半年間、杉良太郎さんが主役を務めた第1シーズンのみ。大江戸捜査網に関して筆者は「杉サマ原理主義者」なのである。
※第2~第6シーズンは里見浩太郎さん演じる伝法寺隼人、第7~第14シーズンは松方弘樹さん演じる左文字右京が主役である。

写真2:「大江戸捜査網」より隠密同心の揃いぶみシーン
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写真3:十文字 小弥太:遊び人の珊次郎(さんじろう)~杉良太郎さん
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写真4:井坂 十蔵~瑳川哲朗さん。ウルトラマンエースのTAC:竜隊長を思い出す方もおられるのでは
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写真5:夕霧~古城都(こしろみやこ)さん
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写真6:不知火 お吉~江崎英子さん
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写真7:内藤 勘解由(かげゆ)~中村竹弥さん
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未見で物語の世界観を全く知らない方に説明したい。ここは黒沢良さんの渋いナレーションで本編から引用するのが良いと思う。

「隠密同心 それは旗本寄合席 内藤勘解由に命を預け、
人知れず人生の裏道を歩かなければならぬ運命(さだめ)を、
自らに求めた者たちである。極悪非道の悪に虐げられ、
過酷な法の冷たさに泣く、大江戸八百八町の人々を、
ある時は助け、励まし、また、ある時は影のように支える彼ら。
だが、身をやつし、姿を変えて敢然と悪に挑む隠密同心に、
明日という日はない。」

つまりは、幕府が秘密裏(隠密裏)に組織した町方同心の集まりで、変装して犯罪捜査と逮捕、捕縛を行う「隠密同心」という造語なのである。(幼少時の筆者は大江戸捜査網というタイトルは分からず、これまた意味も知らずに“オンミツドーシン”と呼んでいたものだ。
そのような組織の性質上、万一、任務途中で命を落とすことがあったとしても、存在そのものが非公式なのでお上はもちろん誰も弔ってなどくれない。良くて回向院に無縁仏として葬られるくらい、つまりは後述する「死して屍、拾う者なし」なのだ。

さて、DVDを見てみる。まずは、(デアゴスティーニのCMでも流れていたが)玉木宏樹さんの作曲による軽快な例のテーマ、

♪♪チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャ、♪♪
♪♪チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャ、チャ、チャー♪♪♪
が猛烈にノスタルジーをくすぐってくれる。

そして、出演陣みなが若いのは当然として、当時29才の杉サマの動きが実に軽快である。
遊び人の珊次郎のときの立ち回りは、ほぼ素手なのだが、実に軽い身のこなしで多くの敵をさばく様はまるでマトリックスのニオの様である。もしかしてウォシャウスキー兄弟は本作を見たことがあるのではないか。(これを「バカな」と一笑に付す人はフカに食われるであろう。マトリックスレボリューションズの最後のニオとスミスの決闘は“まんまドラゴンボール”だし、タランティーノが日本の時代劇などに多大な影響を受けたのは周知の事実である)

また、レギュラーの古城さんや江崎さんのほか、脇役も含めて、「昭和女優」の美しさには本当に心を奪われてしまう。タイムマシーンであの頃の女優さんを連れてきて現代のメイクアップをほどこしたらどうなるか。今、一線級とされる女優など霞んでしまうだろう。

また、作り方が半端ではない。一例としてあるシーンを紹介したい。

写真8:油問屋が付け火で燃えまくっているシーン
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珊次郎(画面中央奥)は水を頭からかぶると、火消し半纏をはおり建物の中に走ってゆく。ちなみにこの火災シーンはセット内の建物に実際に火を放って撮影された。珊次郎が水をかぶってのち、半纏をはおって建物の中に入り、服に火がついた状態で戻ってくるまでの約40秒のシーンはノーカットで、スタントなしで行われたものである。これは杉さん自身の発案だそうだが、もっと驚くことには、1回目のテークはカメラの不調で上手く撮影できず、建物内の15秒に及ぶ灼熱の撮影を杉さんは2度もこなしたのだ!
なにかと言えば何とかの一つ覚えのように“ショボいCG”頼みの今の我が国テレビには想像つかないだろう。
本作は笑いあり、アクションあり、お色気あり(下品ではない)、涙あり、胸のすくような「勧善懲悪」で、これぞ娯楽、と言うべきものである。
酎ハイなんかを飲みながら“何にも考えず”見ると1週間の疲れも一気に癒されるというものだ。一度お試しになっては如何かと思うが、実に気持ちのいい週末の夜を過ごすことができる。
最後にさっきちょっと触れた「隠密同心 心得の条」を紹介したい。
これは40才以上の読者なら一度は耳にしたことがあるのではないか。

当ブログの編集長はこれの暗唱が得意で、仲間内の麻雀のときなど、いきなりこれをそらんじてみせて人心を惑わす、という厄介な得意技を持っているとか、いないとか。

では、

隠密同心 心得の条

我が命、我が物と思わず
武門の儀あくまで陰にて
己の器量伏し
ご下命如何にても果すべし
なお
死して屍 拾う者なし
死して屍 拾う者なし
死して屍 拾う者なし

2014.01.20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 懐かしの80年代

サフラン激辛グルメ~スーパーカップ大盛りいか焼きそば~

今回挑戦するのはこちら。

写真1:「エースコック:スーパーカップ大盛りいか焼そば激辛RED」
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写真2:「中身は焼そばソース、かやくとスパイス」
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写真3:「完成品。赤いスパイスが辛そう。もちろん食べる時は良く混ぜてから」
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最初に一口。やや太めの面は噛んだ瞬間、モチッとした強い弾力を感じさせる。恐らく蒸し麺の“コシ”を再現しようと、開発担当者の方々が一生懸命研究されたのだろう。
エースコックはスーパーカップのラーメンの方でも3D麺など、より本物の質に近づけようとされていて、その姿勢には頭が下がる思いである。最近の即席めん業界は袋めんでも「マルちゃん正麺」に代表される本物志向に各社が取り組んでいる。それはそれで素晴らしいことと思うが、本来即席めんというのはもっと“ジャンク”なもの、というのが筆者の思いである。この「大盛りいか焼そば激辛RED」も普通の細フライ麺の方が良かったかな、というのが正直な感想である。まあ、それは完全に筆者の個人的な好みなので、興味のある方は是非1度お試しになってはと思う。
味の方は、ぺヤングの激辛には及ばないものの、十分に「激辛」を名乗っていいレベルだと思う。食べ進んでいくうちに額に汗がにじんでくる。辛いものの苦手な方ならかなり難儀するのでは。スパイスが良く効いていて、十分美味しくいただいたことをご報告したい。
なお、北海道の即席焼きそば界で圧倒的なシェアを誇るのは皆さん良くご存じ、マルちゃん焼きそば弁当である。この“焼きべん”にはノーマルの他に“浜しお”や“たらこ”、はては“あんかけ”など様々な種類があるが“激辛”は無い(チョイ辛はあるけど)。東洋水産の関係者の方が当ブログを読んでいる可能性は限りなく低いと思うが、もしいらっしゃれば一度ご検討をいただきたいと思う次第である。

さて、激辛と言えば,筆者も若い頃は「お前の人物批評は辛すぎる」と,当ブログの編集長によく言われたものだが、さる1月11日(土)午後6時56分からテレビ朝日~HTBで放送された「お願いGOLD特別編」をご覧になった方はおられるだろうか。
この日の企画は、ある事がきっかけで「訳アリ」というか共演NGや疎遠になってる2人をスタジオで会わせて仲直りをさせようという、全くもって余計なお世話の企画だった。
その中に、1989年日本シリーズで対戦した、近鉄バファローズ(当時)の加藤投手と、読売ジャイアンツの駒田選手が当時を語る、というものがあった。

若い読者の中には知らない人もいると思うので簡単におさらいすると、1989年の日本シリーズ、スタートからバファローズが3連勝して優勝に大手。3戦に先発した加藤投手が「巨人はロッテより弱い」と発言したと翌日の各スポーツ紙が報じ、それに激怒し奮起したジャイアンツが4戦以降4連勝し優勝。特に第7戦にはまた加藤投手が先発し、加藤投手から本塁打を放った駒田選手が塁を廻るときに加藤投手に「バカッ」と罵声を浴びせたというものである。

ところが、この顛末、実は本当にそうだったのか、かなり怪しい部分もあるのだ。

この事については当ブログ2012年11月6日「銭湯紀行・花園湯の回」でもサラっと触れたとおり、文藝春秋2011年11月号(中央図書館にバックナンバーあり)に詳しいのだが、筆者なりに検証してみたい。
物事を検証するときまず重要なのは「不確かなものを取り除き確かなもの、はっきりしている事を考える」ことだと筆者は思う。
この件について確かな事、はっきりしていることとは、日本中の人が見て、はっきりと残っているもの、つまり試合後のヒーローインタビューを置いて他にないと思う。

写真4:「インタビューを受ける加藤投手」
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先に書いておくが十分に「失礼なこと」を言っている。加藤投手のインタビューの要旨は「ジャイアンツはたいしたことなかった。フォアボールさえ出さなければ負ける気はしなかった。レギュラーシーズンの方が、相手が強いのでしんどい。」というもの。

レギュラーシーズンの相手=パリーグ5球団の方が巨人より強いと言っている。パリーグ5球団には当然ロッテも含まれる訳だから、間接的、理論的には「巨人はロッテより弱い」と言ったことになるが、ロッテの名を出してジャイアンツの方が弱い、とは一言も言ってないし、色々調べてもそんな事を聞いた人もただの1人もいないのである。以下は文藝春秋の二宮清純氏の記事に負うところが非常に多いのだが、どうも真相は以下に再現するところの様だ。

試合後、関西系のスポーツ紙の記者が加藤投手に話しかける。
記者「哲ちゃん、お疲れ様。ところでジャイアンツ、どないやねんな?」
加藤「う~ん、ピッチャーはええけど、バッターはあかんかなあ」
記者「ロッテよりも?」
加藤「う~ん・・・そうやなあ・・・」

この直後、加藤が「ジャイアンツはロッテより弱い」と言った、というのが件の記者から他にも広がり、そして例の報道となった、というのが事の次第と思われる。

のちに加藤投手はこう語る。「実際に近鉄が3連勝したんだから、強いというのはむしろジャイアンツに失礼。わざわざ同一リーグで鎬を競い合ってるロッテの名を出さないし、そもそも当時のロッテは投打ともに揃っていて決して弱くはなかった」まさに正論だと筆者は思う。
つまり加藤投手は「巨人はロッテより弱い」などとは言っていない、というのが筆者が得た結論である。ちなみに駒田選手の「バカ」の方は、はっきりとそう言っているのが映像に残されている。(口の動きではっきりと分かる)

写真5:「加藤投手に向かって罵声を浴びせる駒田投手」
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従って今回の「お願いGOLD」でも加藤投手の方は「ロッテ云々」は一切なく、はっきりとしている「たいしたこと無い」発言に主眼がおかれた物である。

写真6:「駒田選手。テロップの意味は騒動以降、お互い謝りもしないまま現在に至っている、の意味」
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写真7:「Vシネ俳優ではなくヤクの売人でもない、現在の加藤投手。テロップの意味は、歓声にかき消されて「バカ」の声が聞こえなかったが、もし聞こえていたら次は当てていた、の意味」
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2人の対談は、最初こそ、ぎこち無かったものの、駒田選手が「マスコミに煽られる形で暴言を吐いてしまった」ことが残念であるとし加藤投手に謝罪、その後、罵声が聞こえていたとしたとしての報復デッドボールについて、もしそうなったら当然ジャイアンツもやり返していただろう、という点で意見が一致、また最近の選手のプレーが当時のようなピリピリしたものが無いのが不満、というのも意気投合して、最後は笑顔で握手して終わった。特に駒田選手の発言の中で「激怒して奮起したからって勝てるほどプロの野球は甘くない。最終的には強い方が勝つ」というのが非常に興味深く納得できるものだった。今回の番組、お二人の表情、口調からして完全にガチだと分かる。(もしあれが演技だったら二人ともスポーツマンではなくオスカー俳優)とても面白く、最近のテレビ朝日の好調を感じさせる番組だった。

さて、以前の当ブログで「加藤投手はクラブ経営など実業家として成功しているよう」と書いたが、今はちょっと違うようだ。

写真8:「週刊ポスト1月17日号記事」
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これによると現在は飲食経営の方は辞めて、得意の麻雀で「関西著名人リーグ」で活躍中。四天王の一人であるとのこと。
もしフジテレビ関係者が当ブログをご覧になっていたら、是非、加藤投手を「割れ目でポン」のレギュラーにブッキングしていただけないだろうか。加藤投手が「マチャアキは蛭子(能収)より弱い」と発言し、マチャアキを激怒させる、などのギミックはさぞ盛り上がるだろう。

えっ?余計なお世話?はい、全くその通りですね。

2014.01.14 | コメント(4) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

北の護り~北鎮記念館初訪問

 あまりにも身近にあるために「いつでも行けるからいいや」と思って結局行かない、誰にもそんな所が一つくらいあるのでは。
 筆者も40年以上このまちに生まれ育ち、末広方面に住むようになってからも20年近く経つのだが「北鎮記念館」に行ったことがなかった。(旧建物時代も含めて)
今日(2014年1月4日)から同館において「旭川の歴史展」が始まることもあって、子供と一緒に行ってみた次第である。
 なぜ子供と一緒かというと、筆者の高校生になる子供はいわゆる「歴女」というやつなのである。
 何回か「週間ポスト」を毎週購読していると書いたが、別にこれはヌードグラビアが目当てなのではなく、連載コラムの「逆説の日本史」を子供が読みたいから。なにしろ尊敬する旭川の人が「軍神:加藤建夫」だというのだから筋金入りであろう。北鎮記念館についても常連だというので、案内役がてらついて来てもらったのである。

写真1:北鎮記念館外観
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写真2:「旭川の歴史展」ポスター
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 陸上自衛隊旭川駐屯地の横、北海道護国神社の向かいに位置する。何年か前に建て替えられた立派な建物である。内部も立派で(トイレが無駄に豪華なのは笑ってしまった)、これも地元選出のI津代議士の御威光なのだろうか。
閑話休題(それはさておき)、中に入ると「第7師団総覧」が迎えてくれる。

写真3:「第7師団総覧」
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 これを見ると、明治29年、政府は予想される日露戦争に備え、まず札幌に第7師団を創設、その後陸軍省が国防的見地などから上川地方に大規模な兵営地の造成を行い、明治34年に第7師団が移転されたことが分かる。その後、「旭川第7師団を北海道民は畏敬の念を多分に込めて“北鎮部隊”と呼んだ」とのことである。因みにその名は、今も市内に「北鎮小学校」として残されている。

写真4:パネル:「明治10年、上川初の定住和人」
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写真5:パネル:「旭川発祥の地“曙”」
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写真6:パネル:「明治23年、旭川、神居、永山の3村を置く」
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 全てを書くと紙面が足りないので割愛するが、今回の歴史展によって、明治10年、上川地方に初めて和人の鈴木亀蔵が定住して以来、明治23年(1890年)、旭川、神居(かむい)、永山(ながやま)の三村の開村までの歴史が分かる。また写真には無いが、旭川夜景スポットの一つである嵐山は、明治21年、初めて近文(ちかぶみ)山を見た小沢陸軍中将が京都の嵐山に似ていると言って「嵐山」と名付けたことなどが紹介されている。

写真7:2階にある常設展示スペース
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 2階にあがると常設展示が迎えてくれる。屯田兵の開墾時代からの様々な物が展示されているほか、五木寛之さんのドキュメンタリー小説の題材となった「ステッセルのピアノ」の現物が興味深い。
 年始休みの最後の方で貴重な時間を過ごすことが出来た。
 なにしろ入館無料である。未訪問の方、特に小学校中学年以上の子供をお持ちの方なら、子供と一緒に行かれることを是非ともお勧めしたい。

 最後になりましたが(順番逆?)明けましておめでとうございます。
 今年もなるべく週1を目標に、こつこつと更新していきますので、ヒマでしょうがないときのヒマつぶしと思ってお付き合いいただければ幸いです。

2014.01.06 | コメント(6) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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