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そね食堂の灯、ついに消ゆ~今は無き懐かしの飲食店~

写真1:そね食堂外観
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用事があって東旭川方面に車を走らせていたときのこと。筆者の視界にあるものが入ってきた。

写真2:ガス閉栓の札
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そね食堂へは、30代前後以上の旭川のラーメン好きなら、一度は訪れたことがあるだろう。(あえて“30代前後以上”と書いた理由はこの先をお読みいただければお分かりと思う)
筆者もかつて、何度か訪れたものだ。写真1からも見てとれるが、店舗は古くて味がある。じいちゃんとばあちゃんが二人で切り盛りする店内は、たしか港町にあるようなガラスのボールなど様々な調度品にあふれ、カウンターの上に、大きく切った唐辛子が置かれていたのを憶えている。
調理を担当するばあちゃんが、まるで踊るように麺を湯切りしていて、筆者などは心中ひそかに「ばあちゃんの踊り作り」などと名付けていたものである。
ばあちゃんの作る醤油ラーメンは、すっきりとした味わいながら出汁のきいた、正統的旭川ラーメンで、一度食べた人をリピーターにする力を持っていた。
ただ一つ気になったのは、いつ行っても、頑張って作っているのはばあちゃんだけで、じいちゃんはただぼおーっと立っていただけなのである。そしてこのことが、後にこのお店の命運を左右する。

もう15年くらい前のことになろうか。調理の全てを担っていたばあちゃんが亡くなってしまったのである。ばあちゃん亡きあと、筆者は一度、職場の同僚たちと伺ったのだが、じいちゃんの作ったラーメンは、味の何もしない黒いお湯の中に麺が浮かんでいる代物で、とても食べられたものではなかった。そして、以来、筆者は一度も行っていない。
ただ近年は、じいちゃんに代わりお孫さんが調理を受け持ち、ばあちゃんが作っていた「そねラーメン」とは一線を画すものの、努力と工夫により盛り返しつつあると聞いていただけに、今般の廃業は残念である。

先日亡くなった藤圭子さんが旭川在住のとき、ここのラーメンが好きだった、という話を聞いたことがある。“昭和の怨歌の女王”とともに旭川ラーメンの名店が一つ消えてゆくことに、何だか深い感慨を感じるのは筆者だけではあるまい。

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2013.11.26 | コメント(3) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

サフラン銭湯紀行~最終銭湯~

(浴場名):梅の湯
(所在地):旭町2条3丁目 (訪問日)平成25年11月20日(水)

ここのところ来年に関係する仕事でちょっと忙しい日が続いていたのだが、今日はたまたま早い帰宅となった。夕食までに時間があったので平日銭湯を敢行する。
15年以上前になろうか。4年間、勤務先が一時期、5条4丁目の「ときわ市民ホール」内にあった。
その頃は車通勤で、職場と当時の自宅である末広との、ちょうど通勤ルートに位置していたのが、この銭湯。仕事帰りにたまに寄ったものである。そのため、筆者の銭湯人生のなかで「旭鉱泉湯」、「金の湯」、「福の湯」の次くらいに訪れた銭湯である。
だが、こちらの銭湯。ほかのブロガーさんも書いているが・・・
オッチャンの愛想が悪い!
オッチャンの風貌はチャルメラおじさんをフォースの暗黒面に引きずりこんだかのよう。行っても「いらっしゃいませ」の一言も無い。
そんなわけで、勤務先がときわ市民ホールから離れて車通勤からバス通勤に変わってからは、自然と足が遠のいていった。今回の銭湯紀行でもこちらはパスして過去の記憶でお茶を濁そう、なんてことも考えたのだが・・・・
だがしかし、世の中には「オッチャン憎んで梅の湯憎まず」という言葉もある。
また、かの自由民権運動の祖、板垣退助翁が暴漢に襲われたとき「オッチャン死すとも梅の湯死せず!」という言葉を残したのは有名な話である。従って今回、久しぶりの訪問と相成った訳である。

写真1:梅の湯外観
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訪れると番台にはおばちゃんが。オッチャンはシェダイとの闘いにも出かけたのだろうか。ともあれ、おばちゃんにサウナ料金60円也を加えた480円を払い、脱衣室へ向かう。先客は3名といったところ。

写真2:脱衣室から見た浴室。右奥をご覧いただければお分かりと思うがサウナが2つあるようだ。
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浴槽の構成は浴室中央に大きめの主浴槽。左奥に薬風呂と、浅めの泡風呂と寝風呂。そして右奥にサウナ。

写真3:薬風呂と浅めの泡風呂、寝風呂
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写真4:他のブロガーさんも書いているが、ここの名物?背中洗い機
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まちの小さな銭湯とスーパー銭湯の中間くらいの規模である。まずは浅めの泡風呂へ。ややぬるめの湯が心地よい。次に寝風呂で温まったあとサウナへ。乾式と湿式の2種類のよう。乾式の中には「当店備え付けのタオルを持って入るべし」旨の貼り紙があるが湿式には無し。見ると湿式の方は専用タオル無しで入っている人が居るので、有料なのは乾式だけなのだろう。もちろん筆者は迷わず乾式の方へ。今回は5回も入ってしまった。1回当たり12円か。最近、数字漬けの毎日なので、ついこんな計算をしてしまう自分が悲しい。サウナの後はいつもどおり、体、頭を洗い主浴槽へ。十分熱い湯にゆっくりと浸かり浴室を後にする。

写真5:待合室
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待合室で汗が引くのを待つ。雑誌類は日刊スポーツと女性セブン。奥の方は小上がりになっていて漫画の本棚が。ラインナップはゴルゴ13、ブラックジャック、ドラゴンボールやドラえもんなど幅広い年齢層が楽しめるようになっている。ふと見ると灰皿がどこにも無い。これはとても嬉しい。

さて、当銭湯紀行の必須訪問条件は、湯らん銭の回でも書いたのだが、「旭川浴場組合に加盟していて旭川市内にある銭湯」であった。実は今回の梅の湯で全てクリアーなのである。
結果、組合加盟店23店と非加盟店(ニュー金の湯)と健康ランド(春光の旭川健康ランド)、そして市外(稚内市:みどり湯)の合計26店。最初の訪問である平成24年10月21日の旭鉱泉湯:8条プレジャーから1年と1ヶ月かかってのクリアーである。

同様のブログをやられている方が他に居るなか、なるべく筆者独自の視点で各店舗の特徴と、できるだけ多くの写真を紹介したいと思って続けてきたが、いかがだったろうか。

思えばこの企画の原点は、もう20年位前、当ブログの編集長と一緒にやった、市内の銭湯巡りである。
お互いまだ若く独身で、お金も時間もある程度自由だった頃。共に銭湯好きであることと、(金の湯の回でも書いたが)当時、E湯やあいらぶ湯、ゆ~湯といった“人を食った名前のスーパー銭湯”が時期を同じくして市内に出来たため、どちらからともなく始めたのだったと記憶している。
最初の頃は筆者が自動車を持っていなかったため、当時東光に住んでいた編集長が送迎してくれ、筆者が車を持ったあとも、ビール好きの筆者のため送迎を続けてくれた編集長には感謝の言葉もない。銭湯も良かったが、風呂上がりに筆者はビール、編集長はカルピスウォーターなどを飲みながら色々な話をしたのは本当に良い思い出である。
今回で銭湯紀行は一応最終回であるが、市内及び近郊には浴用施設がまだあるし、スーパー銭湯についても紹介しないと書いたが、ネタに困って気が変わってご紹介することもあるので、今後とも随時、番外編はあると思う。
ともあれ、13ヶ月の間、お付き合いありがとうございました。

※注:銭湯紀行以外の「読書」「酒場放浪記」など他のコーナーはまだまだ続きます!このブログ自体が終了するわけではないので,お間違えなく!

2013.11.21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン銭湯紀行~旭町通りの銭湯で出会った伝説のギャグマンガ

(浴場名)萬石湯
(所在地)旭町1条9丁目 (訪問日)平成25年11月17日(日)

 道道近文停車場線、旭町通り沿いにある銭湯。「まんせきゆ」と読んでしまいそうだが「まんごくゆ」が正しいのだそうだ。旭川はかつて「上川百万石」と呼ばれていたので、それが由来なのだろう。
 
 写真1:萬石湯外観
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事前にネットで調べた開店時刻の午後2時に訪れると既に「営業中」。番台の40台と思しき男性に料金を払おうとすると「サウナはどうします?」との問いかけ。「いくらですか?」と問い返すと50円とのこと。これは安いのでお願いして、サウナ料込み470円を払い、専用のバスタオルを受け取って脱衣室へ向かう。既に先客3名。しかも筆者のあとから続々と客が訪れあっと言う間に10人以上に。写真はあきらめて浴室へ向かう。
 浴槽の構成は主浴槽(高温風呂)と入浴剤入りの広めの湯(一部泡風呂)、寝風呂とサウナ。
 ウォームアップがてらに入浴剤入り広めの湯へ。これが中々熱い。高温風呂が楽しみである。
 温まったあとはサウナへ。乾式で結構広い。四畳半くらいはあろうか。(四畳半というと狭く感じるだろうが結構広く、ちゃんと階段状になっていて、例の黄色いタオルが敷き詰められている)。サウナが有料で一つ良いことは「モトをとってやろう」というセコい心理が働くことか。無料サウナなら1回だが今回は3回も入ってしまった。
 サウナのあとはいつもどおり、頭、体を洗いヒゲを剃ってフィニッシュ。まずは寝風呂で軽く温まってから主浴槽(高温風呂)へ。看板倒れでヌルかったら、どうやってイジリ倒してやろうかと思いつつ入ると・・・・・、熱い!
 当銭湯紀行も数えること24回になるがトップ3に入れても良い位だ。なんとか150数えて浴室を後にする。十分満足である。

 写真2:待合室
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 待合室は広く、ゆったりできる。雑誌類のラインナップは女性誌2誌、ビッグコミックスピリッツ、スポニチに定番のグラフ旭川とまずまずの布陣。次にコミック棚に目を移すと犬夜叉、課長嶋耕作、三丁目の夕日など無難な面子が並ぶなか筆者の目を引くものが・・・。
 「マカロニほうれん荘」全9巻があるではないか!
 若い読者には馴染みが薄いかもしれないが70年代の後半にチャンピオン誌に連載され、一世を風靡した鴨川つばめ先生の手によるギャグマンガである。(ほぼ同時代、ジャンプは「東大一直線」サンデーは「まことちゃん」であったと記憶している)
 実質的な主役である高校留年生の「きんどーさん」と「としちゃん」の二人が繰り出すブットんだギャグは衝撃的である。ギャグを文章で語るのも無粋だし、そもそも筆者の文章力では不可能なので詳述しないが、見開き2頁に無数のギャグが展開され、「としちゃん25才!」や、担任教師とのやりとりの中の「クマー!」、「ノーーー!」などの“お約束ギャグ”に腹をかかえて笑ったものだ。また、ちょっとバタ臭い画風で、例えばエロいギャグにしても、ジャンプ系の作家がひたすら、フロイト的“肛門期”に分類される低劣なリビドーギャグを好むのに対し、なんというか、ちょっと本当に放送禁止的な、高度かつ隠微なのである。他にも、当時最先端のロックを取り入れた音楽ギャグなど、他の漫画とは明らかに一線を画して、少年誌とは言え大人のテイストが感じられる作品だった。

 面白い偶然というのがあるもので、丁度同じ日のお昼に放送していた、STV~日本テレビ系列の「波瀾爆笑」のゲストが「キャイ~ン」のお二人だったのだが、コンビ名の由来がこの漫画から、ということが紹介され、見ていた筆者が「マカロニ懐かしいなあ」と思った矢先の邂逅だったわけである。
 
 写真3:マカロニで女の子が“キャイ~ン”と叫んでいるところ
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 マカロニをオンタイムで知る世代は多分、筆者が最年少だと思う。(キャイ~ンのお二人も筆者と同じ1970年生まれ)
 恐らく当ブログの編集長辺りの年代がドンピシャなのでは。若い読者でギャグマンガが好きで、かつ「マカロニって何?」という読者がおられれば、これを読むためだけに訪れる価値があるのでは、と言ったら言い過ぎだろうか。
 作者の鴨川先生は本作の後はコレと言ったヒットもなく、まさに「消えた漫画家」、「壊れてしまったギャグ漫画家」を体現してしまった。比較的、作家さんを大切にする今の漫画界だったらどうか、と詮無き想像をしてしまうのである。

 さて、脱線が長くなってしまったが、この萬石湯がある旭町通りほど、20数年前と様変わりしたところも無いのではないか。
 今は片側2車線。通り沿いには全国、全道的に有名な店舗や大型店が並ぶが、かつては片側1車線に小さな個人営業の店舗が軒を連ねていたものである。

 写真4:今の旭町通り。コマヤ薬局の前から望んだところ
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 昔バイクに乗っていた、と何回か書いたと思うが、19才のときに初めてバイクを買ったのがこの旭町通り沿いにあった「おおつきサイクル」なのでちょっと思い出深いのである。筆者がバイクに乗っていたのは平成2~6年のたった5年間なのだが、ツーリングの話なども追々書いていきたいと思っている。

2013.11.18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン銭湯紀行~平成銭湯の基本フォーマット~新富湯

(所在地)新富2条2丁目 (訪問日)平成25年11月10日(日)

 独身時代にたまに訪れたところ。約20年振りの訪問である。
 今の建物は恐らく昭和の終わりから平成の初め頃の建築と思われる。広めの駐車場にいくつかの浴槽、これも広めの待合室など、良くある“平成銭湯”の基本フォーマットである。
 
 写真1:新富湯外観。開店時刻(2時半)の10分前だが既に先客の車が駐車場に入ろうとしている
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 写真2:待合室
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 番台の男性に料金を払い「サウナ料金は別ですか?」と聞いたところ「うちのサウナなんてお化け屋敷みたいなもので・・・」とのお返事。サウナは無料のようである。
 脱衣室へ入ると先客だけでなく後からも続々と常連の老人たちがやってくる。

 写真3:脱衣室から見た浴室。切れているが右にサウナがある
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 写真では分かりづらくて恐縮だが、奥から主浴槽、泡風呂、寝風呂と、一番手前が幼児用と思われる浅めの湯。まずは浅めの湯に浸かってみる。筆者は背が低いので普通の銭湯の浴槽で床に腰を落ち着けようとすると、顎の辺りまで湯が来てしまい、いわゆる“あずましくない“状態なのだが、これは丁度、半身浴をしているみたいで、すごく気持ちいい。次に寝風呂で温まりサウナへ。番台の男性は謙遜していたが、どうしてどうして。中が若干、暗いものの湿式サウナは十分に暑く良い汗をかくことができた。体、頭を洗ったあとは泡風呂、主浴槽で充分に体を温め浴室を後にする。
 待合室に戻ると番台が男性からおばあちゃんに変わっていた。そこに居たのが筆者一人だけだったからか、「随分、降ってるね」と話しかけられる。そう、入店時は雨だったのが、3時半頃には雪に変わっていたのである。おばあちゃんには「まだ1回、溶けるでしょうね」と返したが、また嫌な冬がやってきたか、という心境である。
 
 写真4:味のある下足箱。旧店舗のものを活用しているのだろう
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 さて、写真1に先客の車が映り込んでいるが、この車、筆者にはちょっと思い出深いものがある。
 今から22年位前、平成3年の終わり頃から平成4年の初め頃。当時、筆者はバイクは持っていたものの車は持ってなかった。しかし旭川で車を持たないのは、やはり不便であり、車を買おうと思い立った。もちろん、当時の筆者の経済状況では中古車で精一杯だが。そのことを当ブログの管理人に伝えると紹介してもらったのが、当時、永山にあった「助六自販(仮称)」。そこでオススメされたのが写真に写っているトヨタ・スターレット・ソレイユである。

 写真5:近くで横から見たところ。筆者のも同じ4ドア。ただ色は白だった
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 当時、本当にその車でいいのか、ちょっと迷ったのだが、同期入社で同い年のHM田という友人(そのうさんくさい風貌から同期一同から“インチキセールスマン”の称号を冠された男だが)が「現行車種なら迷う必要なく買うべし」と言われ、その言葉に背中を押され購入を決めたのである。

 車のスペック(という程のものでもないけど)は4速マニュアル、FF、1,300CC(だったと思う)。前のオーナーはディーラーさんだったとかで、2万キロ走ってなかったと記憶している。購入価格は諸経費込みで50万円。3年ローンで返済したものだった。
 今の若い人を見ていると最初から新車を買う人が多いようだ。もちろん当時の筆者にそんな余裕はなかった。でも練習用に丁度良かったと思うのだ。
 まだ若かったからか、色んなところに行ったのを憶えている。その後、結婚して子どもが生まれるまで約4年とちょっと乗ったのだが、最後の方はバンパー、ボディがボコボコだった。
 久しぶりに同じ車を見て(今は滅多に見ることない)ちょっと懐かしい思いに浸ってしまったのである。

2013.11.13 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン銭湯紀行~第22回~若き常連の情熱でよみがえったまちの銭湯

(浴場名)フタバ湯
(所在地)春光7条5丁目 (訪問日)平成25年11月3日(日)

 よくお読みいただいている読者の中には「えっ?2週続けて銭湯?」と思った方もおられるかも。
 当ブログは基本的には同じコーナーを2週続けないようにしているのだが、未紹介銭湯が少なくなってきたのと、本格的に冬になる前に回りきってしまいたいので2週連続となった次第。
 因みに次回以降もしばらく銭湯が続くので何とぞご容赦の程よろしくお願いいたします。
 
 写真1:「フタバ湯外観」
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 初訪問である。たしか、このフタバ湯は、平成17年頃に、当時廃業寸前だったのを若き常連客が引継ぎ、ご老人の送迎や朝風呂など様々なアイデアと工夫で盛り返し現在に至っている・・・と記憶している。
 昨年(2012年)12月から今年5月までリニューアル工事を実施したとのことで、どんな風なのかちょっと楽しみに訪れてみた。
 事前に電話で確認した開店時刻は午後12時。他の銭湯より早めだが(湯らん銭が午後12時だった)いつもどおり開店の約5分前に訪れてみる。開店前に訪れても、今までは常に先客が最低5~10人はいるのだが、今回は珍しく筆者一人。車の中で開店を待つ間も「他の客よ、くるな!」としつこく心の中で念じているうちに午後12時になる。久々の、というより初めての一番乗りだ。 
 喜びつつ車を降り店に向かう。50才台とおぼしき女性が(店主の親か?)暖簾をかけている横を抜け番台へ。先ほどの女性が戻ってきたので入浴料金を払う。「サウナは別料金ですか?」と聞くとにっこりしながら「全部入浴料にふくまれています」との由。感じの良い接客に気を良くしつつ脱衣室へ向かう。

 写真2:「脱衣室から見た浴室。リニューアル間もないとあってきれいだ」
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 浴槽の構成は「カルシウム炭酸温泉:39度」、「ぬるめの湯:40度」、「あつめの湯:43度」とサウナ(乾式)
 
 写真3:「手前から“ぬるめの湯”、“カルシウム炭酸温泉”そしてサウナの水風呂。」
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 写真4:「あつめの湯。五右衛門風呂みたいで味がある。」
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 写真5:「サウナ」
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 写真6:「壁画は王道の富士山。これだけで泣けてくるではないか」
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 まずはカルシウム炭酸温泉“に入ってみる。ゆったりと温まっていると他の銭湯では耳慣れない音が・・・・。各浴槽の湯出口から流れ出る“ゴオーッ”という音に混じって“ピヨピヨピヨ”、ここのBGMは鳥のさえずりなのだ。目をつむって聞くと田舎の温泉の露天風呂に浸かっているよう、と言ったらほめすぎだがヒーリング効果はバッチリだと思う。
 カルシウム温泉のあとはサウナへ。汗を流したあとはいつもどおり体、頭を洗い、ひげを剃って、今度は“ぬるめの湯”へ。謙遜しているが、どうしてどうして。十分に温まったあとは“あつい湯”でゆっくりと百数えて(子どもか!)浴室を後にした。
 待合室で汗が引くのを待っているときに目を引かれたのがこちら。

 写真7:「まきストーブ」
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 先ほどの番台の女性にうかがうと実際に使っていて、待合室の暖房はこれだけでまかなえるのだそうだ。今年はまだ暖かいので使っていない、とのことだがもうすぐ冬である。寒くなったらまた来たいと思った。(実際、筆者宅からは車で10分かかるかどうか。なぜ今まで来なかったのだろうと、ちょっと後悔している位である)
 
 全国的な傾向と思うが、内風呂の普及や燃料費の高騰、後継者不在などで、銭湯はどんどんなくなっている。そんななか、2月にご紹介した福の湯もそうだと思うが、若い経営者が知恵をしぼって銭湯文化を盛り上げているのは本当に良いことだと思う。この銭湯紀行も今回を含めて、あと4回を残すところだが、一銭湯ファンとして、連載終了後もできるだけ銭湯通いをしたいと思っている。

2013.11.05 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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