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サフラン銭湯紀行~第19回~湯らん銭

 (浴場名)湯らん銭
 (所在地)忠和3条7丁目  (訪問日)平成25年9月22日(日)

 本銭湯紀行は基本的には「まちのお風呂やさん」を対象とし、スーパー銭湯はその中に入っていない。(なので筆者がたまに利用する「大雪の湯」もご紹介の予定はなし)
 だが、この紀行で筆者が自分に課している「必須訪問条件」が「旭川市浴場組合加盟店で旭川市内にある銭湯」なので訪れた次第。
 事前にネットで調べた開店時刻は午後2時だったので、それに合わせて行くと、なんと営業時間は正午~午後11時までであった。当然、多くの先客が居たため、浴室内の写真はご勘弁を。
 
 写真1:「湯らん銭外観」
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 写真2:「脱衣室」
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 服を脱ぎ浴室へ。既に先客は20人ほどだろうか。さすがスーパー銭湯だけあって広い。写真が無いため(一部、なんとかして撮ったものがあるが)できるだけ分かりやすくレポートしたい。

 ○ジャグジー風呂:多分これが主浴槽になるのだろう。お湯が熱くすごく気持ち良かった。
 ○高温超音波風呂:温度の高い超音波の風呂
 ○低温超音波風呂:温度の低い超音波の風呂
 ○マッサージ風呂:これといった特徴のない泡風呂
 ○有料サウナ:有料なので入らなかった。ロハ(死後か?)なら言うこと無いが、高望みしすぎなのだろう。
 
 写真3:「露天風呂。誰も居なかったので撮影」
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 ○露天風呂:筆者的にはお湯がヌルイ!毒々しくも青い湯の色は「マスカット湯」。かすかにマスカットの匂いが。今どき家庭でもこんな入浴剤は入れまい。何も入れない方がマシなのでは、と思ってしまう。
 
 写真4:「檜風呂。先客の目を盗んで、なんとか撮影」
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 これで檜風呂とはジャロに通報されても文句は言えまい。手すり、というか、腰掛け、というか、その部分にだけ板が貼ってある。せめて浴槽の内壁全体に檜を施してほしい。7月に訪問した大町の「平和湯」を見習ってほしいものだ。
 ひととおり湯を楽しんだあと、浴室を後にする。
 
 写真5:「広い休憩スペース」
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 写真6:「喫煙ルーム。これがあると(非喫煙者にとって)嬉しい」
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 写真7:「整体屋さん。夜からの営業なのだろう」
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 写真8:「マッサージチェアが並ぶ」
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 写真9:「2階は家族風呂のようだ」
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 写真10:「湯上がりの一杯。サッポロ、プレミアムフリー」
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 写真11:「ジョッキに注いだらビールと見分けがつかない」
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 実は筆者は、ノンアルビールを飲むのは初めてである。一口飲んで思ったのは「味については、ほとんど普通のビールと遜色ない」ということ。改めて日本の技術はすごい、と思う。だが、だんだん飲んでいくうちに、どうも変な気がしてくる。酒飲みの醍醐味としては、やはり風呂のあと、プチ脱水状態のときに飲むビール、空っぽの胃袋に染みわたる様な感じのあと、ほんのりと軽い酔いが回ってくるのがいいのだ。やはりこういう所に来るには、バイト代を払って奥さんに送迎してもらうのが一番である。
 湯らん銭についてだが、一部毒舌コメントもしてしまったが、全体的にいえば、お得だと思う。特にポイントが高いのは、ボディソープとリンスインシャンプーが備え付けだということ。その辺にこだわりさえなければ、タオルだけ持って来られる気軽さは嬉しい。サウナをつけてもワンコインと少々で済むし、近所にあったら毎週末くらいのペースでかよってしまうと思う。

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2013.09.25 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン読書日記・9~「つぎはぎプラネット/星 新一 著」


・著者:星 新一  ・新潮社  ・704円(税込み)

写真1:本の外観。2013年8月刊行だ。
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説明の必要はないだろう。我が国のショートショート、SFの先駆けとなった人である。「きまぐれロボット」あたりで国語の教科書で出会って、その面白さに興味を持ち、文庫などで読みあさったのち、年を重ねるうちに自然と気持ちが離れていった。そんな人が多いのではないか。
20年程前、同僚との会話で星先生に話が及んだとき「星新一は子供のころにかかる“はしか”のようなもの」と言った人が居たが、その論法で言えば筆者などは、子供のころにかかった“はしか”が治らず、そのまま年をとった“万年はしかおじさん”とでもなろうか。
小学生の時分、新潮文庫の「宇宙のあいさつ」に魅了され今に至るまで変わらず“星ファン”である。
ご存じのとおり星先生は1997年12月に亡くなっている。本書は雑誌などの媒体に発表したものの、単行本には収録されなかった作品を集めたものである。
実は没後の未収録作品集は、2000年に「気まぐれスターダスト」という本が出版されているのだが、本書「つぎはぎプラネット」は、これが本当に最後、ほぼ全て、星ショートショートを網羅したものになりそうだ。

さて本書であるが、1950年代終盤の同人誌時代、1960年代初めに学年誌に掲載された小学校中高学年向けのジュブナイル、そして1960年代初めから中頃までに、企業のPR誌に掲載された短編など、58作が主な構成となっている。また、1980年代に雑誌の企画で、SF作家同士の座談会で披露された、SF川柳、都々逸が興味深い。
川柳、都々逸は別にして、短編はほぼ発表順の構成。各作品の末尾に初出と掲載誌が記載されているのがとても嬉しい。(これが本の最後に一覧で載っていると非常に不便なのだ)
掲載順(つまりほぼ執筆順)に読んでいくと、この作家の歴史とこれら作品群が未収録だった訳が分かる。まず同人誌時代の作品。星先生の商業誌デビュー作は、伝説の同人誌「宇宙塵」に掲載され、のちに「宝石」に転載され江戸川乱歩に絶賛された「セキストラ」であることは知られているが、本誌掲載作については、たしかに面白いものの、率直に言ってまだ商業誌のレベルではないと感じた。また、ジュブナイルについては、デビュー間もない頃で色々な仕事を受けざるを得ない事情を伺わせるが、やはり小学生向けでは単行本収録は難しかったのだろう。PR誌掲載の作品については、どうしても“業界ヨイショ”的な小説になりがちで、星先生得意の“落ち”がない作品も多く、やはり単行本収録には至らなかったのだろう。
ただ非常に興味深いのは、ほとんどの星作品を読んだファンなら、これら作品のアイデアのエッセンスのうちいくつかが、のちに華麗なる“落ちショートショート”に昇華されているのがすぐに分かる点である。
本書は単行本ではなく、最初から文庫での刊行である。ジュブナイルを含んでいることもあり、幅広い世代に気軽に買ってもらおう、という配慮がなされているのだろう。(事実、本記事を書いている25年9月中旬時点で3刷!までが決まっているそうだ)
だが、筆者の率直な読後感としては、どちらかと言えばコアな星ファンの資料的な一冊、という印象を受けた。もっとも世界中に読者を持つ星ショートショートである。きっと読者が100人いれば100通りの楽しみがあるのだろう。若いときに星作品に魅了された方には、是非一読をお勧めしたい。
本書刊行は、星先生の次女にして星ライブラリーの代表である星マリナさんが、自らもショートショートの書き手である高井信さんに、初出一覧の作成を依頼したことがきっかけである。71才という、割と早い逝去だが、没後15年にしてこのような本が刊行されるということは、いかに星作品が多くの人に愛されている証しだろうか。ファンとして嬉しい限りである。

写真2:「星新一 1001話をつくった人」最相 葉月 著  新潮社 刊 価格 2300円+税
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関連本として紹介したい。
星先生没後10年に刊行された。丁度時期が、筆者の誕生日と重なっていたので奥さんからプレゼントに、今は無き永山ウエスタンのアラモアナで買ってもらった一冊。

作者の最相葉月(さいしょうはづき)さんは「絶対音感」を書いた人、と言えばお分かりか。
本書はとにかく並の評伝ではない。明治から大正、昭和にかけての星製薬(星先生の父上、星一(ほしはじめ)氏が興した会社)の盛衰と我が国の政治情勢、そして日本SFの勃興期から成熟期、SF界の内紛など、みっちりと書き込んである。特に星ファンなら「父親の急逝後、会社を引き継ぐが上手くいかず苦汁をなめ、やがて倒産に至る」ということは知識として知っているが、その詳細について詳しく書かれているのが非常に興味深い。
作者の最相さんはこの年、各ノンフィクション賞を総ナメにしたことを書き添えておく。

最後に冒頭に戻るが、星作品を「子供のころにかかるはしか」というのは星文学を全く理解していない、と言わざるを得ない。星文学の底流に流れるのは、その膨大な知識と理系頭脳によるアイデアの組み合わせや取捨選択、そして若い頃に味わった苦渋の経験がもたらした、人類に対する冷徹な視点と、それによってもたらされた残酷でドライなユーモアである。
星文学とは“面白いが浅い”ではなく、“悲しくて深い”ものだと筆者は思っている。

2013.09.20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書

サフラン銭湯紀行~第18回~みずほ湯


(浴場名)みずほ湯
(所在地)永山6条15丁目 (訪問日)平成25年9月7日(土)

 国道39号線と永山一番線の間にある、住宅街の“まちの銭湯”。
 
 写真1:「みずほ湯外観」
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 写真2:「手作りの看板」
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 写真3:「看板のもう一方の面。こんなところにも“ゆるキャラ”か?」
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 写真4:「脱衣室」
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 番台には筆者と同年配(40代前半)とおぼしき男性が。
 料金を払い脱衣室へ。服を脱ぎ(当たり前か)浴室へ向かう。
 浴槽の構成は主浴槽と薬風呂(高麗人参)、サウナ(無料)と全身シャワーと、至ってシンプル。
 
 写真5:「左から主浴槽と薬風呂。42度と大書してあるのが面白い。写真のアングルが極端に低く見づらいと思うがご容赦いただきたい」
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 写真6:「サウナ(湿式)」
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 写真7:「全身シャワー」
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 まずは薬風呂へ。ちょっとぬるめの湯にゆっくりと浸かる。薬風呂の次はサウナへ。
 10分くらい汗をかく。本当のサウナ好きは、ここで水風呂なのだろうが筆者は全身シャワーで汗を流す。
 頭、体を洗いひげを剃ったら最後は主浴槽で充分にあたたまって浴室を後にする。
 
 写真8:「待合室。テレビはお約束のファイターズ戦。マガジンラックには週刊ジャンプとマガジン、そしてグラフ旭川が」
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 写真9:「久しぶりの“湯上がりの一杯”はカルピスソーダ」
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そういえばカルピス(大瓶に入っていて水で薄めるタイプ)を飲まなくなって随分経つ。昔は夏になると大抵カルピスが家にあって(多分、お中元などのもらい物が親戚うちで回り回ってきたのだと思うが)、暑い日の夜に飲むのがすごく楽しみだった。

みずほ湯であるが、一つ感じたことは、店内全体が(待合、脱衣室、浴室)とても清潔だということ。番台の店主さん、筆者と同年配ということは恐らく2代目(か3代目)と思われるが、写真2、3のお手製の看板も含めて、武藤敬司風に言うなら「銭湯ラブ」をお持ちなのでは。
420円でサウナ無料はお手頃である。銭湯好きの読者で未訪問の方がおられたら、一度おすすめしたいと思う。

さて、冒頭に“永山一番線”と書いたが、今では“永山せせらぎ通り”の方がお馴染みかと思う。

写真10:「永山せせらぎ通り」
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(以下、ちょっとカタい話です)
昭和62年。水路周辺の緑化、遊歩道の設置に対して「下水道水緑景観モデル事業」が制定された。旭川市は全国に先駆け、このモデル事業の指定を受け、永山地区に2.8キロに及ぶせせらぎを作り、平成2年度に完成すると市民公募により「永山せせらぎ通り」と名付けられたのである。
写真10ではオフシーズンのため水が抜かれ、寂しい感じだが、夏になれば、浅瀬にせせらぐ水の流れや音が市民の心を癒してくれる。故人に対して大変失礼なのは重々承知だが、坂東市政の数少ない成功の一つ、と言っては言い過ぎだろうか。

筆者は10年ほど前、上川支庁(現・上川総合振興局)で2年間働いていた。通勤はバスだったが、夏になるとたまにこの“せせらぎ通り”を通って春光方面の自宅まで歩いて帰ったものである。せせらぎを五感に感じながら歩いて行くと、仕事中のささくれだった気持ちがゆっくりとほぐされ、とても良い気散じになったことが、今なお、とても良い思い出である。

2013.09.09 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン激辛グルメ~日清カップヌードル・赤いカレー

写真1:左から「シャア専用ザク」、「シャア専用ズゴック」
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説明の必要はないと思うが念のため、シャアとはジオン公国軍のシャア・アズナブル大佐(ものがたりの最初の方は少佐)のことであり、赤いモビルスーツ(まあ、簡単に言ってしまえばロボットのこと)を専用機としている。
写真1の真ん中の、穴になっている部分にゲルググが入れば“シャア専用”の完成。つまり「カン・ゲルググ待ち」の状態なのだ。ただ、この形でテンパッてからが長い。もう何年になるだろうか。(本気になって探せばどこかにあるのだろうが、いい年をしてそれもバカバカしい。つまりは“偶然の出会い”ってやつを待っていたわけである)
いつしか、そんなことも忘れていた先日、いつものように発泡酒を買いにドンキホーテに寄ったときに筆者の目に飛び込んできたのである。

写真2:「日清カップヌードル・赤いカレー miniガンプラ ヤカン装備」
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カップヌードルに小さいガンプラがついている。あとでネットで調べてみると5月に全国販売が始まったようだが、筆者が目にするのはこれが初めて。
ともあれ、思わず心の中で「ロ~~~ンッ!!」と叫んでしまった。もちろん即買いである。
 今日8月31日(土)は例によって奥さんは仕事、子供は学校の球技大会の練習で不在。自宅には筆者一人。昼食に食してみることにする。

 写真3:「プラモのキット」
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 写真4:「お湯を注いで3分。完成。見た目はかなり辛そうだが・・」
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 写真5:「“箸上げ”してみる」
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 見かけとはうらはらに、辛い物が好きな人なら全然平気なレベル。さすがに日清というか最低限の仕事はしてあり普通に美味しいカップヌードルである。だが食べ進めていくうちに「これって、そもそもカレー?」という疑問がわいてきた。カレーというより“チゲ”系の味ではないか。今はタイカレーなどが売られる時代。もし今後、改良がなされるのなら、もっとアジアンテイストなカレーに仕上げては、と思った。

 写真6:ゲルググ完成
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 写真7:なぜか装備されたヤカンを持たせてみる。カップヌードルにヤカンとくれば,バブル世代にはアーノルド・シュワルツェネッガーのCMが思い出される。
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 写真8:写真1の真ん中にゲルググを配置する。これで「シャア専用」そろい踏み
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 写真9:プラモのキットが入っていた容器で保存ケースを作ってみた。
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 早い巡目でリーチをかけたが一向にツモもロンも出来ず、最後の方でやっと上がれた心境である。実に喜ばしい限りだ。ちなみに点数は4倍満、つまり“役満”であろう。
えっ?役は何かって?それはもちろん赤一色(セキイーソー)である。
 
※今回、麻雀知らない人には全然、面白くなかったか。(>_<)

2013.09.02 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出のグルメ

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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