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サフラン読書日記・4 ~ミステリー・警察小説あれこれ~

ちまたはクリスマスで沸き返っているが、42才の中年男に誰もプレゼントなどくれはしない。
 仕方がないので自分で自分にプレゼントしてみることにした。

 ○「冷血」(上下) 著者:髙村 薫  毎日新聞社 1600円+税(上下とも)

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 現代の我が国の小説家で筆者が最も敬愛する作家の最新作。
 「マークスの山」、「照柿」、「レディー・ジョーカー」、「太陽を曳く馬」に続く合田刑事シリーズである。
 ところで、筆者の記憶にある限り、映画で合田刑事を演じたのは過去に二人。「マークスの山」では中井貴一さん、「レディー・ジョーカー」では徳重聡さんである。お二人にうらみは無いし、当ブログでは人のことをあまり悪く書かない主義なのだが、どうもしっくりこないのである。(お二人とも素晴らしい俳優だと思う。だが、どうにも筆者には合田刑事のイメージに合わない、というだけ)
 筆者的には現在の日本の俳優さんで、単なる熱血デカではなく内にくらいものを秘めた合田刑事を演じられる人は居ないと思う。過去も含めて、ということであれば唯一人、故・沖雅也さんをおいて他に居ないと思うのである。

 ○「64(ロクヨン)」 著者:横山 秀夫  文藝春秋 1900円+税

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著者は「半落ち」、「クライマーズ・ハイ」を書いた人、と言えば読書にあまり馴染みのない人でもお分かりだろう。短期間で名作を次々と発表したあと、ここ数年は新刊がパッタリと出なくなったので筆者としても気になっていた。まさに待望の一冊である。
 以上3冊の読後感だが、実はまだ読んでいない。筆者の勤務先は年末年始、暦の関係もあり12月29日から1月6日までの9連休になるのである。年越しは例年、奥さんの実家で過ごすのだが、それ以外はゆっくりと読書を楽しんで鋭気を養うつもりである。

 さて、「懐かしの飲食店シリーズ」として8月下旬に始まった当ブログであるが、あっという間に4ヶ月がたち今年(2012年)も終わらんとしている。極力、文章で楽しんでいただけるように気を配ってきたつもりだが如何であったろうか。年内の更新はこれが最後だが、年明けもなるべく楽しんでいただけるように工夫して週1ペース、長くても10日以上あけないで更新していきたいと思っている。   
では、皆さん。月並みだが良いお年を!

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2012.12.26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書

サフラン読書日記・3

○「劇画 プロレス夢十夜」  著者:原田 久仁信

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つい最近買った一冊。主に90年代以降のプロレス界の出来事を描いたマンガ。
 登場人物が全て実在の人物なので似顔絵マンガなのだが、これが微妙な“似具合”で非常にアジがある。別冊宝島に掲載された、いくつかの短編で構成されているのだが、タイトルだけでもちょっと書き出して見る。

 ・平和の祭典「平壌の冷たい夏」
 ・マイティ井上「ノア夢十夜」
 ・橋本真也 ある愛の詩
 ・さすらいのヒットマン「阿修羅・原物語」 etc.etc(死語)

 タイトルを読んだだけでお腹イッパイになるのでは。
 とにかく全ページ、笑いをこらえられない一冊である。金曜の夜、ビールを飲みながら一気に読了してしまった。
 ところで、特に30代後半以上の人は表紙の絵のタッチに見覚えがないだろうか。
 作者は原田久仁信(はらだくにちか)さん。かつて週刊少年サンデーに連載され日本中の少年に誤ったプロレス知識を植え付けた不朽の名作、「プロレススーパースター列伝」の作者なのだ。
 ただ、原田さんはあくまでも作画担当で、原作は故・梶原一騎氏である。原田さんの名誉のために一言。
 さて、この「スーパースター列伝」。タイガーマスク編だけがやたらと長かったり、全日本プロレス系の選手の回なのに突如として“アントニオ猪木談”などと出てきたりツッコミどころ満載なのだが、筆者が一番笑ってしまうのが「フリッツ・フォン・エリック編」のエリックがレスラーを志すエピソード。街を歩いていたエリックの傍らをひったくり(スリだったかも)が走りすぎようとしたとき、無意識にその男の手をエリックが握った瞬間、男が「ギャー!」と叫んでその場にうずくまる。なんと男の手の骨が粉々に砕け、エリックは己の握力に目覚めレスラーを志すという、今から見れば噴飯ものの与太話であるが、もっと笑ってしまうのが、当時少年だった筆者がそのことを「本当にあったこと」と信じ切っていたことだろう。

○木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」  著者:増田 俊也
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今年買って読んだ本の中では一番読みゴタエがあった。
 「紙のプロレス」誌に3年半の長きにわたって連載されたものをまとめた一冊でとにかくブ厚い!
 二段組みで689ページ。原稿用紙にしたら何千枚あるのだろう、という長さ。
 内容は「柔道の鬼」として恐れられた木村政彦さんの生い立ちから“昭和の巌流島”と言われた力道山との一戦。そして“力道山に敗れた男”のレッテルを貼られ表舞台から姿を消し、ひっそりと亡くなるまでを描いたものである。
 タイトルの「力道山を殺す」云々についてはこう。プロレスや格闘技に詳しい人ならたいてい知っていると思うが、この一戦はいわゆる「普通のプロレス」として行われる予定だったのが、試合途中にいきなり力道山がセメント(世にいうところのガチンコ)をしかけ、木村さんを血の海に沈めてしまったのである。そのため木村さんは一時期、包丁を懐におさめ、力道山を殺すことを夢想するまでに追い込まれてしまった。(結局実行しなかったのは皆さんご存じのとおり)
 さて、この本がブ厚いのには訳がある。
ただ木村さんの生涯だけでなく、古流柔術から講道館柔道、さらには高専柔道に至るまで我が国のグラップリング系格闘技の歴史も緻密にミッチリと書き込んでいる。また随所に極真カラテの創設者である“ゴッドハンド・マス大山”(一時期、木村さんを兄のように慕っていた)が顔を出すのも興味深い。力道山、木村政彦、マス大山(大山倍達)の人生が、まさにあざなえる縄の様に交叉するのである。
 付け加えると、作者の増田俊也(ますだとしなり)さんはこの一冊で第43回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。

2012.12.17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書

サフラン銭湯紀行(第4回)~新旭川の隠れ湯~

(浴場名)「亀の湯」 
(所在地)旭川市東1条2丁目 (訪問日)平成24年12月8日(土)

写真1「建物外観」
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 住宅街にぽつんと佇む“まちの銭湯”。入口ののれんには「創業50周年記念」と染め抜かれているので50年以上は営業しているのだろう。もっとも、建物はそんなに古くない。筆者の見たところ平成のはじめころの建築と思われる。
 さて、のれんをくぐって店内へ。番台には笑顔のすてきな若い女性が。
写真2「狭いがまるで居間のような待合室。とても落ち着けそうだ。」
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 浴場へ入ってみる。大浴槽、泡風呂、サウナとシンプルな構成。

写真3「少し小さいが富士山の絵がうれしい。やはり銭湯はこうでなくては。別な壁には「タヒチの海」というトロピカルなものも描かれていた。」
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 まずは泡風呂へ。お湯は十分に熱くマッサージされているようで心地いい。サウナを見ると珍しく無料なので入ってみた。セ氏34度の低温サウナである。そこそこ汗はかけるのだが、高温が好きな筆者にはちょっと物足りない。体を洗ったあと大浴場でゆっくり温まってから浴場を出た。

写真4「湯上がりの一杯」
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 定休日は月と金とのこと。週2日は珍しい。駐車場のないことも含めて、まさに近隣の新旭川地区の皆さんが支えているのだろう。筆者は午後3時と早い時間に行ったので他のお客さんは殆ど居なかったが恐らく夕方から夜にかけて常連のサロンになると思われる。
 ところで、今月の市民広報「あさひばし」が銭湯特集で、この亀の湯が取材対象として取り上げられているのである。(今回、こちらに訪問したのは全くの偶然なのでビックリ。)冒頭に書いた「笑顔のすてきな若い女性」も写真付きで紹介されている。旭川の銭湯一覧もあり今後の参考として活用したい。

 さて、この銭湯。特にどうといった特徴は無いのだが、この建っている場所に特徴がある。
 ここを含む一帯はかつて「中島遊郭」があったところなのだ。
 かつて旭川には「遊郭」と名のつくものが二つあった。先にできたのは現在の曙1条8丁目近辺にあった「曙遊郭」である。
 時を経て明治35年頃、大日本帝国陸軍第7師団の設置が決まってまもなく、曙遊郭が駐屯地から遠隔地であることから中島遊郭の増設問題がおこった。
 その予定地だが、もし近くに旭川地図があれば見ていただいた方が分かりやすい。ちょうど緑橋通りと永隆(えいりゅう)橋通りが合流するところに、ちょっといびつな半円形のブロックがある。かつてはきれいな半円だったのだが、この半円と永隆橋通りを挟んだ対面の数ブロックが、中島遊郭のあった場所なのだ。ちなみに現在も、半円の中心辺りにぽつんと三角形のブロックがあり、そこに「中島交友会館」というのがあって、かろうじて「中島」の名が残っているのが分かる。
 問題はこの場所である。牛朱別(うしゅべつ)川をはさんだすぐ近くに北海道庁立上川中学校(現在の旭川東高校の前身)があったことから賛否が紛糾し、ついには中央の政治問題にまで発展したとのことである。
 紆余曲折の末、中島遊郭が営業開始したのが明治40年。では旭川の旦那衆はどのようにして通っていたのだろうか。今ならこの辺には永隆橋をわたってすぐに行けるが開業から10年はその橋は無かった。
 ここで以前、当ブログで言及した「ときわ公園前バス亭」を思い出して欲しい。その“下り”とでも言おうか、市街地から末広方面へ向かう方のバス亭に立ち5メートルほど左にずれると、ちょっと広い通りが目の前にあるはずだ。これが俗称「大門(おおもん)通り」であった。これを進むと旧牛朱別川と石狩川をつなぐ小さな支流があり、(かつて牛朱別川は今のロータリー近辺に流れていた)そこにかかっていたのが「道楽橋!」(もちろんこれも俗称であろうが、いくら調べてもこれの正式名称が分からないのだ)。その橋をわたると中島遊郭の大きな門があった(だから大門通り)とのことである。

写真5「当時の大門通りに相当する通りを眺めたところ。現在は牛朱別川のかけかえにより堤防で遮られている」
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 曙遊郭、中島遊郭とも今は全くその面影はなく、その存在を知る市民も多くはないだろう。まさ
に「まちの隠れた歴史」と言ったところか。

写真6「当時の旭川市街図。今の地図と重ねると位置関係がイメージできると思う」
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2012.12.10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン身辺雑記~道立旭川美術館30周年記念「天と地と人と・道北の美術コレクション展」

常磐公園内の道立旭川美術館は1982年の開館であり、今年(2012年)で30周年を迎える。
 その開館以来「道北の美術」と「木の造形」の2大テーマにおける作品収集を行って来た、とのこと。(現在653点)30周年記念展の第1弾として、11月から来年1月まで、「天と地と人と・道北の美術コレクション展」(道北生まれか、居住したことのある作家の作品展)が開催されている。
 たまには芸術にでも触れて、日ごろのささくれだった心に潤いを与えるのも一興と思い行ってきた次第である。

 写真1「北海道立旭川美術館。年に2~3回は訪れている」
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 写真2「チラシとチケットの半券」
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 画像で紹介できないのがとても残念であるが、こればかりは各自行っていただくしかない。
 いずれも名作揃いの約50点だったが、特に筆者の目を奪ったのが佐藤進氏の手による「館」。現彫刻美術館が静謐な中ひっそりと佇む姿を、水彩により描いた一作である。S55年制作とあるので当時は郷土博物館だったのであろう。
 午前中に訪れたせいか観覧者は筆者一人。静かに芸術を楽しむことができ、幸運であった。
 さて、さすがに昼時なのでお腹が減ってきた。暖かいそばを食べたい、と思い、昼食は近くの8条通7丁目にある「八条はま長」に決めた。

 写真3「老舗の風情あふれる建物」
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 幼い頃、祖父に連れられて来てから、30年以上にわたり親しんでいる。筆者の「心のふるさと」とでも言うべき一店である。

 写真4「かけそば」
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 今日は、お店のおばあちゃん曰く“新そば”とのことなので、シンプルにそばのおいしさを感じるため「かけそば」をいただいた。
 なお、旭川美術館30周年記念展は、第2弾として2013年1月~4月にかけて「木の造形100選」が行われる予定とのこと。今から楽しみである。

2012.12.03 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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