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サフラン銭湯紀行(特別編)~旭川健康ランド

「子供の誕生日に旭川健康ランドへ」
 春光1条8丁目・訪問日:24年11月23日(金)
 
「誕生日にどこか行きたいところはないか?」と子供に尋ねたところ帰ってきた答えがここ。筆者も昨夜は職場の送別会でしこたま呑んだので渡りに船である。自宅から徒歩5分位なので年2~3回は家族で訪れている。

写真1 建物外観。訪れたのは夜だったが分かりづらいので昼の画像を紹介する
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写真2「ロビー、受付カウンター」
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正規料金は1,995円だが、その額で入る人は殆ど居ないだろう。1回利用するごとに帰りに割引券(大人1,050円)をくれるのだが、それが無くても同じ券がホームセンターやスーパーに置いてあったりするし、ホームページでもクーポンがダウンロードできる。
 料金を払いタオルと館内着を借りて大浴場へ。浴槽は大浴槽とサウナ、温泉湯(この日は草津)に薬湯と露天風呂である。筆者はまずサウナで汗をかき、次いで露天に入る。露天の後は温泉湯と大浴槽で良くあたたまり、体を洗ったあと、最後は薬湯で締める。
 薬湯はできるだけガマンして長く入る。こうすることにより上がった後で体が火照り、涼しい風に当たるととても気持ちがいいのである。
 入浴後はレストラン「四季彩」へ。こういったところのレストランは客が入るので味はイマイチなことが多いのだが、ここは中々に美味しいのである。

写真3「レストラン:四季彩」
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写真4「湯上がりの一杯」
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筆者が必ず注文するビールのおつまみは「コマイ」。これをたっぷりとナンバンを振ったマヨネーズにつけると最高にビールに合うのだ。
 筆者宅の他のおすすめはジンギスカンに卵焼きといったところか。

 さて、食事の後は2階の休憩スペースへ直行。

写真5「休憩スペース。この写真では伝わらないかもしれないが、ほぼ満席であった。」
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 ここでリクライニングシートに体を横たえ、ゆっくりとビールを飲んだりマンガをよむのは、まさに至福のひとときである。
 ここがオープンしたのは確か平成3年頃だったと思う。前年に市内の高砂台にオープンした「漢方黎明薬湯」(れいめいやくとう。現在の「万葉の湯」)とともに長く旭川を代表する大型浴用施設としての地位を保っている。
 旭川でも一時期スーパー銭湯が相次いでオープンしたときがあったが、影響は決して小さくなかったろう。(事実、筆者は永山の「大雪の湯」にもたまに行く)
 そんななか、頑張って営業を続けているのは、やはりすごいことだと思うのである。(本日も大盛況だった)。別にお金をもらって書いている訳ではないのだが、スタッフの接客が良く、レストランの料理が美味しい。2階の休憩スペースにあるマンガが、いつ行っても巻の順にきちんと並んでいる(細かいようだが、こういう地味なところに経営に対する姿勢が現れると思うのである)。
 筆者は「万葉の湯」にはあまり行ったことがないので詳しいことは分からないが、きっと同様の努力をしているのだろう(“美しいながめ”という利点はあろうが)。
 この不況下、燃料価格の高騰など大変なことは多いと思うが、ぜひ長く続けていただきたい。
 家族で健康ランドに行くのは、筆者一家のささやかな贅沢と楽しみなのである。

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2012.11.28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン身辺雑記~旭川市廃棄物処分場・粗大ごみ自己搬入レポート

「旭川市廃棄物処分場へ粗大ごみを自己搬入」

 週末に物置の整理をしたところ、中に置いてある粗大ごみをどかさなければ筆者の自転車がしまえないことが分かった。
 粗大ごみを捨てるには普通、旭川市クリーンセンターに予約し、指定販売店で専用シールを買って、そのシールをごみに貼って取りに来てもらうのが一般的だが、できれば早く処理してしまいたい。今日(24年11月19日)は月曜日で休める仕事の状況ではないのだが、明日以降の地獄を覚悟しつつ、有給休暇をとって旭川市廃棄物処分場へ直接持ち込むことにした。

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 写真1「旭川市廃棄物処分場」

 江丹別町芳野にある廃棄物処分場。燃えないごみと粗大ごみを受け入れる施設である。市営牧場と道道を挟んだ向いにある。

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 写真2「計量棟」

 埋立て処分料は10キロで104円。料金の算出は搬入前と後に車の重さを量り、その差から求める。
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 写真3「ごみを下ろす場所」

 引きすぎた写真で分かりづらく恐縮である。計量棟から更に1キロほど上に上がったところに、ごみを下ろす場所がある。職員が一人ついてくれて丁寧に指導いただいた。筆者の前に一人、後に二人の人が捨てに来ていた。

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写真4「分別ボックス」
これは施設の前に並んでいる分別ボックス。先述のとおり処分場は燃えないごみと粗大ごみを受け入れるのだが、引っ越しごみなど分別しないで持ってくる人が多いため、対象外の可燃ごみや資源物などを捨てられるように設置されているようだ。ご存じの通り、可燃ごみは処理手数料が必要だが、有料袋もここで買えるそうである。

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写真5「領収書」

今回は40キロで手数料は416円だった。ところで筆者は社会人となった23年前、勤務先の研修の一環として、この処分場が稼働する前の施設、中園処分場を見学したことがあるのだが、それは強烈なものだった。空は一面カラスの群れで真っ黒。また、すえた様な異臭(悪臭)があたり一面に漂っていたものである。それに比べるまでもなく、今の処分場はきれいで臭いも全然しない。もちろんカラスの群れなど無い。これはもちろん分別が徹底したためであるが、家庭ごみの5分別が始まる平成8年以前は、何でもかんでも黒い袋に入れて捨てていたのが、今からすると信じられない話である。

2012.11.22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 生活雑感

サフラン銭湯紀行(第3回)~旭川初のスーパー銭湯~

(浴場名)「ニュー金の湯」 (所在地)南1条通26丁目
訪問日:平成24年11月18日(日)

 今日、平地で初雪が降った。これは相当に遅い方である。(事実、明治21年からの観測開始以来、最も遅いそうだ。)今年もまた冬がやって来た。今冬の雪が少ないことを切に望むものである。
 さて、寒い日はやはり銭湯で暖まりたい。訪れたのは「金の湯(かねのゆ)」である。 
 写真1「建物外観。少し雪が積もっているのがお分かりか」
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 午後2時に訪れてみると既に駐車場には数台がちらほら。開店は午後1時30分である。

 写真2「待合室の様子」
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 料金を払い脱衣室へ。広い浴場を見やると大浴槽と泡風呂、薬湯と寝風呂のほかに回転風呂(1.5メートル位の直径の丸い浴槽で湯が円に沿って流れている)が珍しい。加えてサウナがあり、銭湯というよりは、ちょっとした大型浴用施設といった感じである。
 ところで最近、コストパフォーマンスという言葉をよく聞く。身も蓋もない言い方だが、その点でいえばこの金の湯がダントツ1位であろう。公衆浴場の料金は都道府県ごとに定められ、北海道は420円である。だが、多くの銭湯はサウナについては別途料金(100円がほとんど)が必要で、つまりサウナが好きでどうしても入りたい、という人については実質520円なのである。ところが、この金の湯では、まず料金が410円と他に比べて安いのに加え、浴槽が先述のように充実しており、さらにサウナがタダで、しかも定時に、敷いてあるタオルを代えてくれるのである!(多くの他の銭湯ではサウナ料金がかかるのにタオルは敷きっぱなしのようだ)
 筆者はかつて独身時代、よく市内の銭湯に行っていたものだが、一番足繁く通ったのが、この金の湯であるのもお分かりいただけるだろう。
 金の湯は、旭川のスーパー銭湯のはしりともいうべき存在である。詳しくは承知していないが、従来のいわゆる「銭湯」ではない大型公衆浴場として最初に出現したグループの一角を成していたと言って良い存在だ。
「元祖スーパー銭湯」とも言うべき「金の湯」「E湯」「あいらぶ湯」「宮の湯」がオープンしたのは昭和の末期頃である。他にも、従来の銭湯がサウナや薬風呂などを充実させて集客に努めた例(「旭鉱泉湯」「菊の湯」「みつわ湯」など)はあるが、最初からスーパー銭湯として開店し、今も現存しているのはこの「金の湯」だけである。(残念ながら、他の3店は廃業もしくは業態転換してしまった。)
 今でこそ、旭川でもスーパー銭湯は珍しくない。「湯らん銭」「大雪乃湯」「御料の湯」「杜のスパかぐら」などが人気を博しているが、いわば「第一世代」のライバルがすべて姿を消した中でも健闘を続けている金の湯の人気は、「本物」なのかもしれない。
 オープン当初は1日で千人もの入浴客が訪れたという伝説もあるほどで、きっとその時の常連の何割かが、今も通い続けているのであろう。(以前程の混雑ではないことがそれを物語っている。)
 カウンターでは、いつも女性従業員がにこやかに対応してくれる。(今回、久しぶりに訪れたのだが、全く変わっていなかった。)想像だが、経営者の方が本当に銭湯が好きで、儲けなど無視して経営されているのでは、と思ってしまう。
 最後に一つ。サウナ室のテレビでは「たかじんのそこまで言って委員会」を映していた。それを見たとき、去る11月15日に亡くなった、政治評論家の三宅久之さんのことを思い出した。筆者の好きなテレビ番組に、「TVタックル」と「言って委員会」があるのだが、特に三宅さんのご意見をお聞きするのが本当に楽しみだった。今年に入って引退なさったことを非常に残念に思っていたのだが、それから間もない訃報にショックを禁じ得ない。心から哀悼の意を捧げるとともに、今まで貴重なご意見を聞かせていただいたことに対し、厚く感謝申し上げる次第である。

 写真3「湯上がりの一杯。今回は“ビックル”」
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2012.11.20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフラン的VOW(バウ)

VOW(バウ)とはヴォイス・オヴ・ワンダーランドの略であり、街角の変な看板や貼紙、おかしな新聞・雑誌記事や誤植などを読者が投稿する、雑誌「宝島」の人気コーナーで、ご存じの方も多いだろう。
本コーナーでは、筆者の心の琴線にふれたVOW的な物を折々に紹介していきたい。

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写真1「ファイターズのスター、糸井選手。来季の年俸は街宣車の購入か」

今回はこれにて終了。えっ、短いって?まあ、筆者も色々とあるので・・・。
次回はもっと頑張るのでお許しいただきたい。

2012.11.12 | コメント(0) | トラックバック(0) | 生活雑感

サフラン銭湯紀行(第2回)~春光編~

(浴場名)花園湯  (所在地)春光4条7丁目
(訪問日:24年11月4日)

祝・ジャイアンツ優勝!
いやあ、みごたえのある日本シリーズだった。MVPは文句なしに内海投手。内海投手が表のMVPなら陰のMVPは加藤捕手であろう。これまで「日本シリーズの加藤」といえば89年の近鉄、加藤だったが、これからは2012年のジャイアンツ加藤になるのだろうか。
そんなわけで昨日(24年11月3日)は勝利の美酒に酔いすぎてしまった。今日は午後になっても二日酔い気味である。そんなときは銭湯が筆者を呼んでいるのである。
訪れたのは花園湯(春光4条7丁目)。

写真1「建物外観」
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写真2「待合室。狭いがアットホームな雰囲気」
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閑静な住宅街の一角にある、というような銭湯である。上の待合室の写真を撮るときに番台のご主人(けっこう年配の男性)に「写真とっていいですか?」と尋ねたところ、いぶかしげな顔をされ「何の写真?」と聞かれた。筆者が「あっ、あのう、パソコンの・・・」としどろもどろに答えると、さすがに長い人生経験のたまものか、筆者が掛け値なしの善人であることを分かってくれて「いいよ」とわずかに笑顔まじりに許してくれた。
さて、脱衣所で服を脱ぎ浴場へ。浴槽は普通の浴槽と泡風呂、ジェット風呂、でんき風呂とサウナである。まずは普通の浴槽へ。お湯は熱く思わず「あーーーっ」と小声をもらしてしまう。最近の銭湯で一つ筆者がうれしいのは「大浴槽に水のカランがない」という点である。昔の銭湯は大抵、大浴槽が奥に大きいのが一つあるだけだが、たいがい水のカランがついていて、熱い湯が嫌いな奴がじゃぶじゃぶ水を入れてぬるくする、という現象がたまにあった。
次にでんき風呂へ入ってみる。これは微妙に体がチクチクし気持ちが悪く、とっとと出る。体を洗ったあとジェット風呂へ入る。強めのマッサージチェアに座ったみたいで、すごく気持ちが良い。最後にもう一度、普通の浴槽へ。湯冷めは絶対にできないのでゆっくり百かぞえて上がる。(こどもか!?)でがけにサウナ室の戸を見ると今どき珍しく無料のようであった。

写真3「入浴後の一杯」
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湯上がりの一杯は、あまり見ることのない瓶のコーラ。これを見ると必ず映画「ブッシュマン」(小学生のとき劇場で見た)を思い出す筆者はやはり“トシ”なのだろうか。

写真4「お化け鏡」
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ところで前回のブログで「旧青少年科学館の展示で黄金バットとお化け鏡の二つは保存された」と記述したが画像を紹介したのは黄金バットだけだった。これでは不十分なのでお化け鏡の画像も今回紹介する。これはつまり、前に立つと自分の姿がぐにゃぐにゃに映る、というただそれだけのものなのだが、これが案外に面白いのである。筆者の高校生の子供(旧科学館に行ったのは小学生の低学年くらいが最後)も印象に残っているのはこのお化け鏡だけ、とのことである。
最後に冒頭に述べた近鉄の加藤について。結局プロ野球選手としては大成せず早々に引退したが、例の一件で知名度が抜群に上がった。現在は関西方面でクラブを複数経営するなど実業家として成功しているそうである。89年の件の真相及び加藤投手の近況については「文藝春秋2011年11月号」での二宮清純氏の本人へのロングインタビューに詳しく載っている。興味のある方は是非ご一読を。図書館にバックナンバーがある。

2012.11.06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 銭湯紀行

サフランまち歩き「愛されて100年 常磐公園の歩み展」

今日(24年10月27日)も土曜日なので奥さんは仕事、子供は模試で学校へ。
 一人さびしく昼食を済ませた後は、とても天気が良かったので久しぶりに自転車を出す。
 石狩川堤防を上流から下流へ。たどり着いたのは旭川市常磐館。主として旭川文学資料館としての機能を担っているようだ。

 写真1「旧青少年科学館と言ったほうが分かりやすいかもしれない」
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 今月末までここで「常磐公園の歩み展」が、NHK旭川放送局の主催で開催されていることを最近知った。今週末を逃すともう機会が無いのでかけつけた次第である。

 写真2 「NHK旭川放送局開局80周年イベントの一環であることが分かる」
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 会場内へ入ってみる。第1と第2会場に分かれ、順路に従って進んでいくことで、造成当初から現在に至るまでの公園の歴史が分かりやすく説明されている。

写真3 「展示の様子。中央に見えるのは現彫刻美術館。旧旭川偕行社。」
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まずは第1会場へ。上の写真は展示の一部である。(全てを画像でご紹介できないのが非常に残念だ)中央の洋風建築物は旧旭川偕行社(現在の彫刻美術館)。
第七師団の施設がなぜ「常磐公園の歩み展」に?と思われるかもしれない。実は常磐公園の場所が現在のところに決まった要因の一つに(当時ここは「中島共有地」であった。また、候補地は他にも数か所あったそうである。)大日本帝国陸軍第7師団が関係しているのである。明治42年、軍人に対する税の徴収をめぐり旭川町(当時)と第七師団との間に対立がもちあがった。最終的には師団側が示した要求を町が全面的にのむことで終結をみたが、その際、師団が町に示した協定の条項の一つに、公園の造成場所を現在の地にすることが盛り込まれていたのである。

写真4 「“道博”のポスター」
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上の写真は昭和25年に常磐公園とその周辺で開催された、北海道開発大博覧会のポスターである。そういうイベントが行われた、ということは知識として知っていたが、詳しい資料を見るのは初めてだ。ほかにも当時のNHKの映像もモニターで紹介されていた。それにしても、わずか戦後5年後に旭川でこのようなイベントが行われた、というのは驚きを禁じ得ない。さらに、以前、当ブログでも取り上げた「総合体育館常磐分館」や筆者の母校である常盤中学の前校舎(ともに現存せず)が、この道博開催のために建築されたあと、終了後に転用されたものだったということも初めて知った。

写真5 「黄金バット。怪気炎をあげているところ。目が光っているのがお分かりだろうか」
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写真6 「お化け鏡と黄金バットの二つは残されていた」
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さて、第2会場へ足を進める。かつてプラネタリウムの待合スペースだったところ。足を踏み入れてみると・・・おおっ!あるではないか!
実は今回、ここに来た一番の目的はこれなのである。
旭川で子供時代を過ごした人にとって、「青少年科学館の黄金バット」は心の故郷と言っても過言ではないだろう。(筆者だけ?いやいや、そんなことは無いはずだ!)
筆者は現在の科学館が完成し、旧青少年科学館の設備が撤去されたときに、この黄金バットも処分されていたものだと思い込んでいて、非常に残念に思っていたのである。ところが写真6にもあるように人気の高かったこれとお化け鏡の二つは保存されていたのである。
非常に嬉しくありがたいことである。だがここで一つ提言をしたい。この黄金バット、普段は現科学館に所蔵され一般公開はしていない、とのことであるが、できれば6条通9丁目の市役所総合庁舎の1階あたりに、広く市民に常設展示していただきたいと思う。これは冗談ではない。本当に大真面目な提言である。
さて、思い入れの深いテーマなのでかつてない長さになってしまった。お付き合いいただいた方には厚く謝意を表したい。「旧青少年科学館」についても沢山の思い出があるので、機会があれば折々に綴っていきたいと思っている。では。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!正義の味方、黄金バット!ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!」

2012.11.01 | コメント(1) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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