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サフラン身辺雑記~堀江淳ライブ・INメガ・ドンキホーテ

2015年9月6日(日)、午後1時からメガ・ドンキホーテで堀江淳さんのライブがある、という情報を仕入れた。ドンキホーテは筆者宅から徒歩数分である。これは行かないワケにはいくまい。

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写真:「熱唱する堀江淳さん」

若い人には「誰?」かもしれないが、筆者など40代以上には♪水割りをくださ~い~♪(メモリーグラス)でお馴染み。
堀江さんは最近、童謡に取り組んでいるとのことで、今回も童謡をフィーチャーしたアルバム「四季の音色」のPRを兼ねてのツアーである。(「童謡ってアンタ、由紀さおり・安田祥子姉妹かい!?」という全国民のツッコミが聞こえてきそうだが)
もう随分な年齢と思うが、実際に見る堀江さんはシェイプされた体型を維持していて、ヘアスタイルも今風。その風貌は作家の石田衣良先生そっくりである。
MCもとても面白く、メモリーグラスを歌い終わったときの一際大きな拍手に対し「曲によって拍手の大きさを変えるのはやめましょう!」など自虐ギャグでも笑いをとっていた。
MCによると、堀江さんは北海道、苫小牧市の出身。高校は札幌で卒業後にオーデションを受け、メモリーグラスがデビュー曲。また、今でも全国のカラオケで年に約40万回、メモリーグラスがかかっているとの由。ウィキペディアにはメモリーグラス関係の収入が未だに年間300万円ほどある、と書いてあるが本当の様である。堀江さんの「カラオケで歌ってくれ、とまでは言いません。ただ曲選びの時にかけていただくだけで私の収入に・・・」のギャグも大いにウケていた。
ライブでは「おぼろ月夜」、「赤とんぼ」など春夏秋冬にちなんだ童謡を4曲とメモリーグラスの計5曲が歌われた。短い間だったが、とても楽しい時を過ごすことができた。オーデションの同期には五十嵐浩晃さん(ペガサスの朝!)、故・村下孝蔵さん、ハウンドドッグなどが居る。

さて、大変失礼な言い方だが、堀江さんの様にヒット曲が残念にも1曲だけ、という人を俗に「1発屋」という。小ネタだが、英語にも似たような表現があって「ONE・HIT・WONDER(ワンヒットワンダー)という。直訳すると「1曲、売れたのが不思議」といった感じだろう。

閑話休題(それはさておき)。誰もが知るタレントに近藤真彦さん(マッチさん)という人が居る。あれは筆者が中学生くらいの頃。そのマッチさんが「一番野郎」という曲で歌番組(たしかトップテンだったと思う)に出演したときのこと。歌い終えたマッチさんに局アナが「マッチが思う一発野郎とは誰ですか?」と質問したのである。(歌のサビに♪一番野郎、一発野郎♪というフレーズある)そのアナは「ヤマハ・ポプコン系」のアラジンやトム・キャットあたりを言わせたいのだが、その意地悪な質問にマッチさんは最後まで「僕にはそれは言えません」と拒否したのを見て「あっ、マッチちょっとカッコいいな」と当時の筆者は思ったのだった。
今回のライブで、そんなこともつらつらと思い出してしまった。

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2015.09.07 | コメント(0) | トラックバック(0) | 懐かしの80年代

サフラン昭和テレビ~久しぶりに「ドリフ第6の男」を見た

 誰しも「欠かさずに見る、定期的に放送されるドラマ」というのがあるのでは。
 筆者には二つあって、一つは今放映中のテレ朝系・木曜8時「科捜研の女」、そしてもう一つが、最近まで放送されていたコレである。

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写真:1「孤独のグルメ」シーズン4

 前にも当ブログでちょっと触れたのだが改めて。原作:久住昌之、画:谷口ジローの漫画のドラマ化である。
 物語は個人で輸入雑貨商を営む井之頭五郎が「ひたすら食べる」様を描いたもの。テレ東系のこの手の番組は「夜食テロ」と呼ばれるが、その中でもダントツの人気を誇るのがこの番組である。

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写真2:美味しそうに焼きおにぎりを頬張る五郎を嬉しそうに見つめる店主

 毎回、有名な役者が脇役で出演するのがお約束。最終回の今回、居酒屋の店主役で出演するのが石橋蓮司さん。ちなみに五郎役の松重豊さんとは“アウトレイジつながり”である。(石橋さんはアウトレイジで“たけちゃん”に殺される親分。松重さんはアウトレイジ・ビヨンドでマル暴のデカ)
 さて、楽しく見ていた筆者の目が板長役の俳優に止まる。

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 写真3:右端が板長。ちなみに右から3人目が最終回なので特別出演の原作:久住昌之氏

 ・・・・ “すわしんじ”さんではないか!(後のエンドロールで現在は“すわ親治”と分かる。

 もう40~30年前だが、土曜日の夜8時、人気絶頂だったテレビ番組があった。「8時だヨ!全員集合」である。
 今でも「懐かしテレビ」的な企画で良く取り上げられるので若い読者も、タイトルぐらいは知っているだろう。(1970年生まれの筆者がオンタイムでなくても「ゲバゲバ45分」などを知っているようなものか)
 同番組の大きな特徴が、生の公開収録である。そのため、放送中に停電になった、だとかセットで本物の自動車を飛ばした、だとか番組終了時の加藤茶の「風呂入れよ!」で風邪をひいた子どもも無理に風呂に入ろうとした、などのエピソードは1度ならず耳にした事だろう。(これが「国民的フレーズ」だと思っていたが、もはや二十代にとっては「伝説」でしかない。知っていることを前提に使うと「ポカ~ンとされる」のがオチなので御注意を。)

 筆者も子どもの頃、全員集合を毎週楽しみにしていたのだが、たま~に何の脈略もなく、ステージを「ナハハハハハハハハ!」などと叫んで走って行く人がいた。

 それが、先述の“すわしんじ”さんなのである。

 筆者はこの「たまに“すわ”さんを見たとき」が、とても得したような気になったものだ。
 当然「一体、あの人は何なんだ?」という疑問がわいてくるワケだが、従兄弟などと話しているうち、「すわしんじ」といい、ドリフの弟子で、だが近いうちに正式メンバーになる予定だ、などの知識が得られたのである。
(実際、荒井注が現役の頃には、志村けんがすわしんじと同じ役回りを担っていたのだ。)

 これはドリフのもう一つの代表的番組、フジテレビ系の「ドリフ大爆笑」を見ると良く分かるが、当時ドリフには数人の、バンド言葉で言うところの「坊や」みたいな人が居たと思われ、その中でも“すわさん”は別格だった。筆者は早く“すわさん”が正式メンバーになるのを楽しみにしていたが、結局そうならないうちに全員集合の人気下落・打ち切り→ドリフメンバーのバラ売り→それぞれが独自の道を歩むなかで“すわさん”の正式メンバー入りもうやむやになってしまった。
 数年前の週刊誌記事で見たのだが、“すわさん”も古くから「正式メンバーにしてあげる」と言われ続け、だがその約束は果たされず、長さん(故いかりや長介氏)に対するわだかまりがあったそうである。

 そんな“すわさん”も今は渋い俳優として活躍している。そしてテレビのバラエティ(と言うのだろうか)は代わり映えせず、増えすぎた“タレント”としか表現しようの無い(だが本来の意味の“才能”を持つ人は居ない)人々の互助のためのクイズ番組やひな壇番組があふれている。70年生まれの“テレビっ子”である筆者には実に悲しい限りである。

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写真4:「北日本自動車共販のCM」

 ところで、すわしんじの登場シーン同様、何の脈絡もないのだが、北海道の深夜枠の番組には欠かせない「北日本自動車共販」のCMについて気になることが…。

 随分と昔からやっているが、この美脚女性は今一体、いくつなのだろう? 「サンマルコ食品のコロッケのCMの女の子たち」と並ぶ「この人、今、何歳やねん!?」物件である。

2014.10.27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 懐かしの80年代

サフラン昭和テレビ紀行~なつかしの昭和特撮ヒーロー

 昔も今も、子どもたちの憧れと言えば円谷プロや東映の特撮ヒーローである。

 そんなヒーローの「人間時」を演じる俳優は、平成以降は、子どもたちよりママたちの関心を引くため若い美男、今風に言えば「イケメン」が優先して選ばれる。そして、その俳優たちの多くがヒーロー後も引き続き、芸能界のスターとして活躍している。中でも活躍が目立つのは、やはり仮面ライダー・クウガのオダギリジョーさんだろう。
 そんなワケで今や“ヒーローを演じる”という事は若いタレントにとって一種の登竜門なのだが、昭和ヒーローたちはと言うと、結構色々、苦労していたように思う。

 昭和ヒーローを演じた俳優陣の中での成功例は、ドラマ、映画で演技派として活躍するウルトラマン・タロウ:篠田三郎さんだろうか。他にもスカイライダー:村上弘明さんやウルトラマン80(エイティ):長谷川初範さんも、ヒーローのイメージを払拭して俳優として活躍している。またライダー1号の藤岡弘、さんは天然キャラゆえ、バラエティ番組の人気者、ウルトラセブンの森次晃嗣さんの様に芸能界を引退し、飲食店(神奈川県藤沢市でカフェレストラン)経営で悠々自適、といった人もいる。
 残念な例としてはライダー2号の佐々木さんだが(不注意の火事により役者の命と言える顔に大火傷を負い、一時は自暴自棄になる)今はバーを経営して夜ごと常連客で賑わっているそうだ。またアマゾンライダーの岡崎徹さんのように(まさか本人までアマゾンへ帰った訳ではあるまいが)完全に音信不通、という人も居る。
 
ことほど左様に昭和ヒーロー俳優のその後は様々だが、ただ一人、頑なにヒーローを演じ続ける、というより実人生も合わせて「子どもたちのヒーローであり続ける」という生き方を選択したのが、今回ご紹介する宮内洋さんである。
 筆者を含め40代以上の男子には説明の必要はあるまい。仮面ライダーV3や青レンジャーを始め、数々のヒーローを演じた人である。筆者は子どもの頃、「宇宙刑事ギャバン」が好きで欠かさず見ていたのだが、宮内さんが“宇宙刑事アラン”としてゲスト出演したとき、とても得した気分になったのを憶えている。
 数々のヒーローを演じた宮内さんだが、その作品群の中で少し異色、というかユニークな作品がこれである。

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写真1:「快傑ズバット・DVDボックス」

 当ブログにもちょくちょく顔を出す、職場の同期の「仏頂面の男」こと通称・エリツィン氏が購入したレアものだ。
 編集長・マッサマンの元を経て、今は筆者が借りて少しずつ見ている。(エリツィン氏は20年以上前、これのVHS全巻も揃えていた。どれだけズバットが好きなのだろうか?)
 作品は1977年、32回にわたり東京12チャンネル(現テレビ東京)で放映されたもの。当時北海道には系列局は無かったがいずれかの局で放送していたのだろう。筆者もオンタイムで見ていた事を憶えている。
 さて、この「ズバット」なのだが、先ほど「異色」と書いたとおり、ちょっと変わっている、というか、なにかこう、「突き抜けた作品」であるのが特徴だ。
 物語は宮内さん演じる私立探偵:早川健が親友の飛鳥五郎を殺害した犯人を捜し各地を放浪、そして飛鳥が研究途中で逝ったのち自らが完成させた「ズバット・スーツ」を装着し、当地の悪玉(そして悪の組織“ダッカー”の地方支部長)を懲らしめるというもの。これだけ聞けば、普通のヒーローものと変わらないのだが・・・大きな特徴的違いがある。
それは、悪役が宇宙人や改造人間、ロボットなどではなく、「生身の悪人」(暴力団の親分とその用心棒・手下達)であることだ。したがって、悪役は光線や爆弾で相手が木っ端微塵にされるのではなく、あくまで「懲らしめられる」だけなのだ。

 物語の基本的なパターンは以下のとおり。

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写真2:手下どもが悪さをする

まず行った先(主人公は親友の仇を求めて全国を放浪している)で、悪の手下どもが何の罪も無い人たちに悪さをする。

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写真3:早川健、登場之図

そこへギターを弾きながら早川健が登場。

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写真4:「日本じゃあ二番目だ」

 一通りザコを片付けるとボスの用心棒が登場。用心棒は居合抜きやナイフ投げなど必ず何かに秀でているのが特徴だ。その用心棒に向かって早川は「○○(用心棒の得意ジャンル)の××(用心棒の名前)、だが日本じゃあ二番目だ」という。用心棒は「二番目だと!?じゃあ一番は誰だ!」と息巻くが、そこで早川は“チッ、チッ、チッ”と(エースのジョーのように)人差し指と中指を振り、帽子の“つば”を上げると写真4のとおり、ニコッと自分を指さす。
 これがこの物語の全話に欠かせないお約束の「決めセリフ」の一つなのである。

 この物語を異色としている一番の魅力がこの、用心棒との対決である。スゴ技を繰り出す用心棒に対し、早川は必ず相手の上を行き、用心棒と手下がひとまず退散、というのが前半の流れ。その対決も居合抜きやナイフ投げなど「いかにも」という物から、“曲ゴマ廻し”や“カクテルシェーカー振り”など「こんな対決アリ!?」という奇抜な物まで様々だ。

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写真5:「第6話に出てくるレッド・ボア。今では第1級の放送禁止、「イン○ィアン」である!話し方も「オマエ、アタマワルイヒト、」などの「カタコト日本語」であり、本当に70~80年代はおおらかな時代だったものだ。

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写真6:紅蜘蛛の用心棒・必殺ハスラー。演ずるは当ブログにも良く出てくる、北海道限定有名俳優・日高晤郎さん。当時33才。若ッ!

 色々あって後半、敵につかまるなどピンチに陥るも、何とか脱出していよいよ「どこからともなく」ズバットが登場。

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写真7:登場時の決めゼリフ「ズバッと参上、ズバッと快傑(解決?)、人呼んでさすらいのヒーロー!快傑ズバーーット!!!」の決めポーズには、今もしびれる。

 このあとは武器であるムチを使って用心棒やボスをボコボコにし、最後は「飛鳥五郎という男を殺したのは貴様か!?」と半殺し状態のボスを問い詰め、「違う!それは俺じゃない!」と、ボスが否定して失神する。

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写真8:グロッキー状態のボスには、はなむけのカードが。

 全てが終わった頃合いを見計らった様に、早川の知り合いである警視庁の刑事が駆けつけ(物語は全国各県を舞台にしている・・・っぽいのに最後は必ず東京都内のみを管轄とする「警視庁」が来るのはご愛敬)、ボスの体には「この者、極悪殺人犯人」などと書かれた“ズバット・カード”が添えられている。最後はまた放浪の旅に出る早川を助けられた人たちや飛鳥の妹などが「早川さ~~ん!!」と追って終わりである。※ここの下り、西部劇の「シェーン」あたりをイメージしていると思うが、筆者はいつも花王名人劇場「裸の大将・放浪記」の最後で、町を後にする清を町の人々が「山下画伯う~~~~!!」と叫んで追っていくのを思い出してしまう。

 先ほど「異色」と書いたが、演じる宮内さんを含め制作陣全員が、良い意味での「悪ノリ」を楽しんでいる事が功を奏しているのだと思う。ギターを弾きながらの登場などでもお分かりのとおり、早川は過剰に「キザ」なキャラ設定で、他にも頻繁に「ヒューッ」と口笛を吹いたり、シュラッグ(外人がよくやる、小首をかしげて肩をすくめるアレ)したりするのだが、ご本人が楽しんでやっているので全然嫌みにならず、むしろ痛快この上ないのである。
 
※編者注:「快傑ズバット」の原作者は石森章太郎であるが、ここまでの思い切った演出は、「無国籍ヒーロー」として我が国の映画史上に燦然と輝く日活の「渡り鳥シリーズ(小林旭主演)」を意識したからである旨を、ズバットの脚本を書いた長坂秀佳氏が述懐している。

 個性豊かな「快傑ズバット」は、特撮ファンの間では有名な作品で、「昔はこんな面白い特撮ものがあった」という視点からバラエティ等で紹介されることも、最近では珍しくなくなったが、まだまだ「マイナー」であるため、一般には知らない人が多いのは残念だ。

 筆者の拙い文章力では本作の魅力の100万分の1も伝えられない。この面白さを体感するには見て頂くしかない。CSの東映チャンネルでも滅多に放映されないし、ツタヤにもレンタルがあるとは思えないので、エリツィン氏の様にDVDを買うしかないが、その価値は十分にあると思う。筆者やマッサマンは良い友人を持てて幸せである。
 ところで筆者は、子どもの頃、12センチくらいの大きさのズバットの超合金を持っていた。知らないうちに無くなってしまったのだが、保存状態良好で残っていたら、どのくらいの価値があったのだろうと思うと、非常に残念である。

 なお、ズバットは友人・エリツィン氏のイチ押しであるが、筆者的No.1・昭和特撮ヒーロー「星雲仮面・マシンマン」についても機会があれば語って行きたいと思っている。

※次回の更新は1週お休みして再来週の予定。読者の皆さんも良いお盆をお過ごしいただきたい。

2014.08.04 | コメント(0) | トラックバック(0) | 懐かしの80年代

サフラン身辺雑記~声優界の2大巨星、墜つ

前々回の記事で「大江戸捜査網:デアゴスティーニ・DVDブック」を買った顛末を書いたが、今回もその話から。
1枚のDVDに4話が収録されているのだが、その2話目を見ていたところ。
作品は1973年9月29日放映の「仕掛けられた身代金」。ある脇役の顔貌と特徴のある声が、どこかで見聞きしたような気がした。

写真1:チンピラの“さぶ”
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「良く見れば池田秀一さんではないか!」

と言ってもお分かりにならない方も多いか。

機動戦士ガンダムの主要キャラクター、以前、当ブログでもちょっと触れた“シャア・アズナブル”の声を担当された方である。
それにしてもお若い!20代中~後半くらいだろうか。池田さんと言えば筆者には声優のイメージが強いのだが、若かったころは俳優業もおおいになさっていたのだろう。

話はちょっと変わって少し前のことだが、2014年1月27日、永井一郎さんが亡くなった。サザエさんの磯野波平の声をなさっていた方として余りにも有名である。

また1月17日には加藤精三さんが亡くなっている。こちらは、巨人の星の星一徹役が有名だろう。つい最近まで某携帯電話会社のCMで今をときめく剛力彩芽さんと共演していたので、若い読者にもなじみがあると思う。(職場のコンピュータ管理部門に勤務している筆者の友人は、星一徹のモノマネが大得意で、麻雀をしながら、頻繁に「星一徹・往年の名セリフ」を延々と披露していたほどである。)

たった10日ばかりの間に我が国の俳優、声優界は二人の大きな先達を失った。と同時に二人の本邦「二大・頑固オヤジ(波平&一徹)」を失ったことになる。
お二人ともかなりお年を召されていたので(永井さんは82才、加藤さんは86才だったか)早すぎる逝去ではないと思うが、やはり残念だしショックなことである。
永井さんの逝去を伝えるマスコミ報道は、(知名度があるので仕方ないにしても)殆どが「波平の声を担当していた」と紹介していたが、筆者に言わせれば、波平が「国民的お父さん」なら、星一徹もまた「昭和の頑固親父」の象徴であり、実写版の寺内貫太郎と並んでリスペクトされるべき偉大な存在であるはずだ。

筆者は、この両者の著しい扱いの格差に痛憤と落胆を禁じ得ない。
年齢層や性別に関係なく一定の評価が得られるような「安全牌」である「サザエさん」だけに光が当てられ、アクが強く影の部分が多い「巨人の星」を意図的に小さく扱うようなことがあってはならない。

ここで追悼の意を込めて、加藤精三さんが演じた星一徹の言葉を贈りたい。

「かっこよさなどクソ食らえ!」

写真2:星一徹の決めポーズ
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ところで、余計なお世話だろうが、今、フジテレビは大騒ぎなのではなかろうか。
聞くところによると2月9日放送までの録音は済んでいるとのこと。恐らくは脚本陣に頑張ってもらって何話かは波平の出ないエピソードを作り、その間、大急ぎで後任者を探しているのでは。
なにしろあの「バッカも~ん!!!」が板につく声優さんは、そうはいないだろうから。

ここでふと思ったのだが、(敢えて調べはしないけど)加藤みどりさんや増岡弘さんも結構お年を召されているのでは。なにしろ加藤さんなど、昔のロボコン(高専の学生さんがやるロボット大会じゃないよ)で、ロボコンがお世話になるお宅の奥さん役をなさっていた位である。

いっそのこと、永井さんが亡くなったのを機に、という訳ではないが、ドラえもん方式で声優陣の入れ替えを検討しても良いのでは、と思うのである。(ドラえもんに出来ることがサザエさんに出来ないとは思えない)
永井さんのお仕事で筆者が印象深いのはこれである。

「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになってすでに半世紀が過ぎていた。
 地球の周りの巨大な人口都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を生み、育て、そして死んでいった。
 宇宙世紀0079、地球から最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた。
 この1カ月あまりの戦いで、ジオン公国と連邦は総人口の半分を死に至らしめた。
 人々は自らの行為に恐怖した。」

冒頭に少し触れた、1979年放送開始の機動戦士ガンダム、いわゆる「ファースト・ガンダム」とか「1年戦争」と呼ばれるもののオープニング・ナレーションである。
また、ある本で読んだのだが、1年戦争での永井さんはナレーションのみならず、本編での声優としても大活躍、というか、ありえない程の「コキ使われっぷり」である。(以後は読者がガンダムを知っている、という前提で進める)
物語の前半ではホワイトベースが避難民を収容したまま航行するが、駄々をこねたり座り込んだりする老人の役は主に永井さんが担当。他にもデギン公王やシャアの副官ドレン、そして中年から老年までの脇役キャラを何十名も演じ分け、(第13話では難民キャンプの老婆の役まで演じた!)一説には全登場人物の半数にも至る、とのことである。

写真3:“機動戦士ガンダムの常識・一年戦争編”中央図書館所蔵なので興味のある方は御一読を。ガンダム世代には嬉しい小ネタが一杯
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さて、池田秀一さん(シャア)や永井さんのお話しをしてきたが、ガンダムで忘れてならないのは主人公のアムロ・レイ。声をあてていたのは古谷徹さんである。
そして古谷さんの仕事でアムロと並ぶものというと、筆者より上の年代の方は良くご存じの星飛雄馬(アニメ「巨人の星」の主人公)である。
時をほぼ同じくして亡くなった声優界の2大巨星が「サザエさん」と「ガンダム」という2大国民的アニメでつながったようである。もっともお二人とも第一線で活躍していたので当然周りの人や仕事も一流どころ。つまり必然の要素が多いとは思うが、でも筆者は何か“つながり”の様なものを感じてしまうのだ。

ファースト・ガンダムの放映時、筆者はまだ小学校中学年のガキだった。その頃、漠然とだが、自分の前には明るい未来が開けているような気がしていたものだった。
だが今、四十半ばを過ぎて、日々“のんべんだらり”とした毎日を送っている。
今回の記事は自戒の念を込めて、自らにこう問うて終えたい。

「君は 生き延びることが できるか」

2014.02.03 | コメント(0) | トラックバック(0) | 懐かしの80年代

サフラン昭和テレビ~大江戸捜査網

筆者はワケあって幼年~少年期を祖父母に育てられた。
祖父母に影響を受けたものは幾つかあるが、祖母に影響を受けたものの一つが時代劇である。
祖母は時代劇がとても好きだったため、必然的に筆者も幾つかの時代劇をテレビで見て、やがて好きになっていった。
筆者の大好きな作品を挙げると(スーパーメジャー級ばかりで恥ずかしいのだが)、「破れ傘刀舟悪人狩り」、「木枯らし紋次郎」、一連の「必殺仕事人」、中村梅之助さんの「遠山の金さん」(金さんは誰が何と言おうと中村さんである)、そして忘れてならないのがこの一作。

写真1:「大江戸捜査網by♪デアゴスティーニ♪」テレビCMが流れていたのでご存じの方も多いだろう。創刊号はお手頃価格なので末広のツタヤで思わず買ってしまった。
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筆者は本作を本邦時代劇史に残る名作だと思っている。放映は1973年9月から1984年3月までの10年半、全14シリーズの長きにわたった。その中で筆者が好きなのは前述の放送開始から1974年3月までのわずか半年間、杉良太郎さんが主役を務めた第1シーズンのみ。大江戸捜査網に関して筆者は「杉サマ原理主義者」なのである。
※第2~第6シーズンは里見浩太郎さん演じる伝法寺隼人、第7~第14シーズンは松方弘樹さん演じる左文字右京が主役である。

写真2:「大江戸捜査網」より隠密同心の揃いぶみシーン
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写真3:十文字 小弥太:遊び人の珊次郎(さんじろう)~杉良太郎さん
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写真4:井坂 十蔵~瑳川哲朗さん。ウルトラマンエースのTAC:竜隊長を思い出す方もおられるのでは
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写真5:夕霧~古城都(こしろみやこ)さん
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写真6:不知火 お吉~江崎英子さん
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写真7:内藤 勘解由(かげゆ)~中村竹弥さん
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未見で物語の世界観を全く知らない方に説明したい。ここは黒沢良さんの渋いナレーションで本編から引用するのが良いと思う。

「隠密同心 それは旗本寄合席 内藤勘解由に命を預け、
人知れず人生の裏道を歩かなければならぬ運命(さだめ)を、
自らに求めた者たちである。極悪非道の悪に虐げられ、
過酷な法の冷たさに泣く、大江戸八百八町の人々を、
ある時は助け、励まし、また、ある時は影のように支える彼ら。
だが、身をやつし、姿を変えて敢然と悪に挑む隠密同心に、
明日という日はない。」

つまりは、幕府が秘密裏(隠密裏)に組織した町方同心の集まりで、変装して犯罪捜査と逮捕、捕縛を行う「隠密同心」という造語なのである。(幼少時の筆者は大江戸捜査網というタイトルは分からず、これまた意味も知らずに“オンミツドーシン”と呼んでいたものだ。
そのような組織の性質上、万一、任務途中で命を落とすことがあったとしても、存在そのものが非公式なのでお上はもちろん誰も弔ってなどくれない。良くて回向院に無縁仏として葬られるくらい、つまりは後述する「死して屍、拾う者なし」なのだ。

さて、DVDを見てみる。まずは、(デアゴスティーニのCMでも流れていたが)玉木宏樹さんの作曲による軽快な例のテーマ、

♪♪チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャ、♪♪
♪♪チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャー、チャ、チャ、チャー♪♪♪
が猛烈にノスタルジーをくすぐってくれる。

そして、出演陣みなが若いのは当然として、当時29才の杉サマの動きが実に軽快である。
遊び人の珊次郎のときの立ち回りは、ほぼ素手なのだが、実に軽い身のこなしで多くの敵をさばく様はまるでマトリックスのニオの様である。もしかしてウォシャウスキー兄弟は本作を見たことがあるのではないか。(これを「バカな」と一笑に付す人はフカに食われるであろう。マトリックスレボリューションズの最後のニオとスミスの決闘は“まんまドラゴンボール”だし、タランティーノが日本の時代劇などに多大な影響を受けたのは周知の事実である)

また、レギュラーの古城さんや江崎さんのほか、脇役も含めて、「昭和女優」の美しさには本当に心を奪われてしまう。タイムマシーンであの頃の女優さんを連れてきて現代のメイクアップをほどこしたらどうなるか。今、一線級とされる女優など霞んでしまうだろう。

また、作り方が半端ではない。一例としてあるシーンを紹介したい。

写真8:油問屋が付け火で燃えまくっているシーン
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珊次郎(画面中央奥)は水を頭からかぶると、火消し半纏をはおり建物の中に走ってゆく。ちなみにこの火災シーンはセット内の建物に実際に火を放って撮影された。珊次郎が水をかぶってのち、半纏をはおって建物の中に入り、服に火がついた状態で戻ってくるまでの約40秒のシーンはノーカットで、スタントなしで行われたものである。これは杉さん自身の発案だそうだが、もっと驚くことには、1回目のテークはカメラの不調で上手く撮影できず、建物内の15秒に及ぶ灼熱の撮影を杉さんは2度もこなしたのだ!
なにかと言えば何とかの一つ覚えのように“ショボいCG”頼みの今の我が国テレビには想像つかないだろう。
本作は笑いあり、アクションあり、お色気あり(下品ではない)、涙あり、胸のすくような「勧善懲悪」で、これぞ娯楽、と言うべきものである。
酎ハイなんかを飲みながら“何にも考えず”見ると1週間の疲れも一気に癒されるというものだ。一度お試しになっては如何かと思うが、実に気持ちのいい週末の夜を過ごすことができる。
最後にさっきちょっと触れた「隠密同心 心得の条」を紹介したい。
これは40才以上の読者なら一度は耳にしたことがあるのではないか。

当ブログの編集長はこれの暗唱が得意で、仲間内の麻雀のときなど、いきなりこれをそらんじてみせて人心を惑わす、という厄介な得意技を持っているとか、いないとか。

では、

隠密同心 心得の条

我が命、我が物と思わず
武門の儀あくまで陰にて
己の器量伏し
ご下命如何にても果すべし
なお
死して屍 拾う者なし
死して屍 拾う者なし
死して屍 拾う者なし

2014.01.20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 懐かしの80年代

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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