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サフランまちあるき~八条のレトロ市場の思い出



 基本的に筆者の生息域は春光、末広エリアである。そんなワケで今回ご紹介するのは今年(2023年)6月に市内中心部から移転したこのお店。

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写真1:「羽釜の赤鬼」

 移転前はテイクアウト専門だったが、新店舗ではイートインも出来るようになった。

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写真2:「唐揚げ弁当」

 写真2は市内某所にて(どこだよ!?)にて入手した羽釜の赤鬼謹製・唐揚げ弁当650円也。
 羽釜の赤鬼はご飯の美味しさに定評がある。お昼に買って夕飯にいただいたのだが、時間がたってもふっくらと美味しかった。唐揚げも、少しあっさりとした味付けで肉質はジューシー。
 これで650円とはお手頃と言えよう。美味しくいただいた事をご報告する次第。
 さて、この羽釜の赤鬼が移転前にあった場所と言えば・・・

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写真3:「八條市場あと」

 かつて羽釜の赤鬼があった、8条通10丁目の八條市場。今は取り壊され更地となっている。

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写真4:「八條市場・外観1」

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写真5:「八條市場・外観2」

 写真4、5は在りし日の八條市場。1階の向かって右側、赤い幕がかかっているところに羽釜の赤鬼があった。
 この場所、筆者にとって思い出深いのは、昔あった「幸来」というラーメン店である。

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写真6:「八條市場・内部1」

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写真7:「八條市場・内部2」

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写真8:「八條市場・内部3」

 写真6~8は市場内部の様子。写真7、武田商店の味のある看板が懐かしい。写真8は高野豆腐店があったところ。
 前に高野豆腐店を訪れた様子は2016年5月22日付け記事をお読みいただければ幸いである。
 八條市場のような昔ながらの“市場らしい市場”がどんどん無くなっている。本当に寂しい限りである。
 ところで、この近くでもう一つ、取り壊された建物の跡がこちらである。

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写真9:「中央団地あと」

 8条通8丁目、今は無き八條プレジャーの斜め向かいに、とても古い市営住宅があった事を覚えておいでの方も多いだろう。
 その八条団地もまた、今年の冬に取り壊された。
 この建物の思い出と言えば・・・小学校からの友人、F君が住んでいたこと。彼とは小学校中学年の頃、とても仲が良かったので何度かお邪魔した事があった。
 そのお宅ではインコを飼っていた事を良く憶えている。F君はたしか・・・高校は西校、卒業後は本州へ就職して行ったと記憶している。
 最後に会ったのは(筆者の記憶が確かならば)30年ほど前のクラス会だった。彼の事だから今も元気にしているのだろう。
 さて、今年の更新はこれで最後になる。読者の皆さんにとってどんな年だったろうか。
 筆者は、と言えば・・・3月上旬に体調を悪くして短期間だが入院してしまった。また9月には生まれて初めて喘息の発作を起こしたりと(つらいとは聞いていたが、まさかあれほどとは)、とにかく「健康が大事」だと痛感した1年だった。
 2024年は自分と、そして読者の皆さんにとって良い1年になることを祈っています。では皆さん、良いお年を!

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2023.12.26 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

サフランまちあるき~六條にいま曲れば

 前回の記事の写真3で「スタルヒン居住地の看板」をご紹介した。
 同じような、銀色で縦長、上が三角の看板は市内に他にもあって、ご覧になった方もいらっしゃると思う。
 それらは1990年、旭川の開基100年の記念事業の一つとして、市内の記念碑的なところに置かれたのである。

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写真1:「宮沢賢治 立寄り地」

 写真1は6条通12丁目、旭川東高前の歩道に置かれた「宮沢賢治 立寄り地」の看板。逆光で説明文が読めないと思うので一部をご紹介すると、
「大正12年8月 宮沢賢治は樺太(現サハリン)へ向かう旅行の途中、旭川に立ち寄っており・・・この場から樺太へ向かっている・・・」とある。
 大正12年は1923年、つまり今から丁度100年前の8月2日、宮沢賢治は旭川を訪れていた。
 この旅行は賢治が教えていた岩手県の花巻農学校の生徒たちに就職先を探すため、樺太へ向う途中の旅だった。
 夜行列車は朝旭川駅に着き、短い旭川滞在のあいだ賢治は馬車を走らせ、そして一篇の詩を残している。

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写真2:「“旭川。”詩碑」

 写真1の看板の向かい、旭川東高の敷地内に、そのとき賢治が残した詩「旭川。」の詩碑がある。これも一部を抜粋してご紹介すると

 ~植民地風のこんな小馬車に 朝はやくひとり乗ることのたのしさ
  「農事試験場まで行ってください。」 「六條の十三丁目だ。」
 馬の鈴は鳴り 馭者は口を鳴らす。
 黒布はゆれるし まるで十月の風だ
 -中略-
 六條にいま曲れば
 お〃落葉松(ラリックス) 落葉松(ラリックス)
 それから青くふるえるポプルス この辺に来て大へん立派にやっている
 -中略-
 こんな小馬車を誰が欲しくないと伝おうか
 乗馬の人が二人来る。 そらが冷たく白いのに この人は白い歯をむいて笑っている。
 バビロン柳 おおばことつめくさ みんなつめたい朝の霞にみちている~ (※一部、旧かな遣いと旧漢字は現代に改めています)

 教え子の就職のためだろう。駅から6条13丁目付近にあった農事試験場へ馬車を走らせるが、試験場は既に永山へ移転。
 あとには旧制旭川中学(現・旭川東高校)があった。そして賢治は永山へは行かず、昼、旭川駅から稚内へ向かう。
 機会があれば一度、写真2の詩碑をご覧いただければ、と思う。
 ほんの短い滞在ではあったが、旭川のことを気に入ってもらえた事がうかがえる詩だと思う。
 この旅行は賢治にとって、前年に妹をなくした、悲しみをいだいた旅であり、だからこそこの詩は文学的な意味が深いと、筆者は感じるのである。

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写真3:「満腹食堂」

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写真4:「満腹のチャーハン」

 当ブログで今まで何回ご紹介しただろう。東高の斜め向かいにある(筆者の心のオアシス)満腹食堂。
 満腹のチャーハンもあと何回食べられるだろうか。ご店主の室岡さんもまた東高OBであり、結構なお年である。
 “満腹”がなくなる日など想像もしたくないが、これからはなるべく来たい、と思うのである。

2023.08.01 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

サフランまち歩き~今は無き懐かしの・・・味の幸の思い出

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写真1:「味の幸あと」

 8条通8丁目、9条側の仲通りにあった「味の幸(みのこう)」というお寿司屋さん。
 今、あと地は駐車場であり、こちらに壁を向けている建物はかつての立藤(たてふじ)金物店である。
 本来なら当ブログが始まった頃に取り上げるお店だが、当時、あまりにもマイナーだと思ったのだろう。今回初めて語る次第である。
 このお店、当時(1980年代)の筆者宅では出前に使うことがほとんどだった。
 それも自分たちで食べるためより、遠方から大事なお客さんが来たとき、そのお客さんに振る舞うことが多かった。
 お店に行ったこともないわけではない。一番思い出に残っているのは中学の入学式の後(なので1983年の4月)、祖母と二人で訪れたこと。
 そのとき食べたカツ丼の味は今でも良く憶えている。
 その味の幸、1990年代の終わり頃まではあったと記憶している。閉店間近の頃、当時の同僚と昼食に訪れたのが最後で、いつの間にか閉店していた。

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写真2:「八条ビル」

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写真3:「スタルヒン居住地の看板」

味の幸の仲通りを挟んだ向いにある八条ビル。その駐車場の一角に、写真3の「スタルヒン居住地の看板」がある。
 旭川が育てた偉大なる大投手、ヴィクトル・スタルヒン。
 革命によりロシアの大地を転々としたスタルヒン一家が日本に亡命、旭川に落ち着いたのが1925(大正14)年、スタルヒン9才の時だった。
 写真2の、現在八条ビルがあるところに両親がミルクホールを営み、スタルヒンも焼いたパンを売って家計を助ける傍ら、仲間とともに野球に汗を流す少年時代を過ごした。
 ずいぶん昔の記事に(いつ書いたか忘れるほど昔)、かつてこの辺を八条川という川が流れていて、スタルヒン少年が対岸にボールを投げて肩を鍛えたと書いたが、肝心の八条川の位置が分らなかった。
 だが最近、その八条川の場所が分ったので、そんなことも機会があればお伝えしたいと思っている。

2023.07.18 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

サフラン身辺雑記~西武A館あと新施設オープン&3・8小路のサ店メシ

 読者の皆さん、最近めっきり日が暮れるのが早くなり、朝夕の気温も冷え込んできたワケだが、元気にお過ごしだろうか。
 ・・・・・・てか、更新が随分と空いてしまいごめんなさい!なにしろ緊急事態宣言で一人呑みの取材が全然出来なくなってしまったことと、ここ一月ほど少し体の調子が悪かったので・・・・言い訳はここまで、本当に申し訳ありませんでした。
 さて(気を取り直して)、前に毎月月末は駅前の道北ビルにカードをチャージしに行くと書いた。
 チャージを済ませた筆者が買物公園を歩いていくと・・・

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写真1:「ツルハ旭川中央ビル」

 多くの方が報道でご存じと思うが、西武旭川A館あとにツルハが建設していた施設が、9月23日に一部先行オープンした。
 オープンしたのは1階部分で、ともに旭川創業のツルハと壺屋総本店。3~17階はビジネスホテルでこちらは10月8日の開業を予定。2階は旭川市が子育て支援施設の入居を検討している、とのこと。(以上、北海道新聞記事より抜粋)
 まず思ったのは、市が検討する「子育て支援施設」とは、「市立児童相談所」だろうか。
 まぁ、ここは先走るのは置いておいて、市が入居するということは、それなりの賃料をツルハにお支払いするわけで、やっぱり「大人の話し合い」みたいなのがあったのだろうか。(これは筆者の“浅い深読み”です。)
 それとやっぱり課題は、3階以上のホテルだろう。外国人観光客は国として受け入れていないし、国内観光客もまだまだ少ない。ただでさえ駅前はホテルの飽和状態であり、第6波が近いうちに来ると言われているなか、なんとか乗り越えて欲しいと願っている。
 ツルハ旭川中央ビルをあとにして、次はフィール旭川で期日前投票を済ませる。投票を済ませたら丁度昼時でお腹が空いてきた。
 買物公園を少し北に進む。“さんよんなか8丁目”。3・8小路(“さんぱちこうじ”というのだそう)のあるのがこの“サ店”。

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写真2:「ブラジル」

 ここからは“サ店メシ”コーナー。昭和33年以来の老舗喫茶店、ブラジルである。看板にとても味がある。
 暗い階段を下りていき、ドアを開けると魅力的な空間が・・・

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写真3:「ブラジル店内」
 
 昭和の時代にタイムスリップしたような店内。各テーブルにはガラスの灰皿。この点、筆者的には苦手だが喫煙もまた古き“サ店文化”なのだろう。郷には入れば郷に従うまで。筆者の注文はこちら。
 
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写真4:「ミートソース」
 
 ナポリタンと迷ったが今日の気分はミート。恐らく1.7ミリとおぼしき麺はサ店らしく柔らかく煮込まれ、ミートソースはママーかオーマイ辺りの缶ソースだとお見受けするが、これが良いのである!
 
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写真5:「アフターコーヒー」

 どうも食事メニューの全てにアフターコーヒーがつくみたいなのだ。つまりミートソース700円でコーヒー付き。これはとてもお得である。そして「昭和33年以来ひとすじ」というだけあって、コーヒーがとても美味しい。
 旭川には他にもまだ味のある喫茶店がある。これからも不定期に「サ店メシコーナー」を綴っていくのでよろしくお願いいたします。

2021.09.28 | コメント(2) | トラックバック(0) | まち歩き

サフランまちあるき~令和3年の招魂際は静かに過ぎゆく

 今回のまちあるきは、今までも何度かご紹介してきた、こちらのお社(やしろ)。

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写真1:「北海道護国神社」

 読者の皆さんにはご説明の必要もないことだが、6月4~6日は北海道護国神社の例大祭である。
 6月6日(日)、神社を訪れてみた。
 鳥居をくぐるときは一礼、参道の端を社殿に向かって進む。

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写真2:「護国神社・社殿」

 二礼二拍手一礼で参拝をする。天気も良かったので少し神社内を散策してみる。

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写真3:「北海道池」

 神社内にある神池(かみいけ)、北海道池。静謐な佇まいに心が洗われるような気がする。

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写真4:「北海道池・形」

 写真4はゼンリンの住宅地図で護国神社を見たところ。
 これは前にも書いたことなのだが、最近読者になられた方もいらっしゃるかもしれないのでもう一度。
 護国神社の境内にはそれぞれその形をした、樺太(サハリン)池と北海道池がある。(写真4の緑色の部分が樺太池で水色が北海道池。)
 また写真3の右端(留萌市にあたる場所)にある灯籠は、留萌の有志から送られたものである。
 時間もまだ早かったので、今度はこちらに足を向けてみる。

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写真5:「常磐公園①」

 例年ならば多くの出店で賑わっていたであろう常磐公園。縁日の中止は昨年に続き2年目である。
 
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写真6:「常磐公園②」

 もっとも、お祭りがあってもなくても常磐公園が市民の憩いの場であるのは変らない。写真には写っていないが多くの家族連れやカップル、部活仲間とおぼしき学生や筆者のような“ぼっち”まで多くの人が散策を楽しんでいた。
緊急事態宣言下で周辺の文化施設は全て閉館中である。宣言解除の暁には旭川文学資料館や道立旭川美術館などを見学したあと、公園散策を楽しんでみたいと思う。

2021.06.13 | コメント(0) | トラックバック(0) | まち歩き

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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