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マッサマン編集長日記~荒川土手の聖地巡礼~サフラン放浪記番外編

「しばしのお休み」に入ったはずの当ブログが、何の前ぶれもなく再開したかのように驚かれた読者の方々もおられるかと思う。
しかし、残念ながら、今回の筆者は、当ブログ主のターメリックマン氏ではない。
 申し遅れたが、今回は、これまで当ブログの文中に「編集長」と言う肩書きたびたび名前を挙げてもらっていた、不肖、このマッサマンが「番外編」として投稿させていただくこととなった。
 ブログ主のターメリックマン氏にはお許しをいただいているが、彼の熱烈な読者の方々には落胆される向きも多いのではないだろうかと、正直心配でもある。
 今日現在、ブログ再開の具体的な日程は定まっていないが、 先日、ターメリックマン氏に偶然会う機会があり(実は勤務場所が近いので時々ばったり出くわすので)、話を聞いたところによれば、そう遠くないうちに再開したいとの意向は持っている様子であった。
 彼のファンの皆様には、今しばらく待っていていただければ、と思う。
 そんなわけで、今回は全くの番外編ということで、いつものターメリックマン氏とは違って拙い内容ながら、お付き合いいただければ幸いである。

 さて、今やご当地・旭川では桜も満開で、日中はそよ風が心地よい季節となってきたが、まだ連日の酷寒と豪雪に悲鳴を上げていた2月上旬、息子の大学受験に帯同して数日間上京する機会があった。
 日頃、東京への出張などめったにない職場で、そちら方面の親戚もほとんどいないので、自分自身、首都圏へ出かける機会と言えば、子供が幼かった頃に家族旅行で千葉県浦安にある「夢と魔法の国」を訪ねるくらいしかなく、ゆっくり都下を散策するといったような贅沢な時間の使い方はしたことがなかった。
 しかし、今回は息子が試験を受けている間は、日中が丸々フリータイム。
 息子は午前9時頃には試験会場入りしてしまうので、「頑張って来い」と見送った後で、申し訳程度に都内の有名な神社を一人で参拝し合格を祈願したが、それでも午前中の結構早い時間には体が空いてしまった。
 試験が終わり、息子が宿に戻るのは夕方近くなので、ほぼ半日の時間をどのように使おうか。
 いつもなら、家族旅行なので妻や息子らの意見を聞かねばならないが、今回は息子が試験を受けている間は自分ひとりで「自由の身」である。
 どうせなら、「自分ひとりだけが行きたい」場所へ行ってみることにした。
それが、かのターメリックマン氏も時々行う「聖地巡礼」だ。

自分にとって、「いつかは行ってみたい聖地」は、「3年B組金八先生」の世界である。
 自分自身、まさに金八世代のど真ん中と言っても良い世代で、本編で言えば「金八先生2」と同じ学年である。(直江喜一、沖田浩之、伊藤つかさ、川上麻衣子らのクラス)
 放送室に籠城した直江喜一と沖田浩行が、中島みゆきの「世情」が流れる中、警察に連行されるシーンで有名な「腐ったミカンの方程式」は神回として後世にも知られるところだ。

 勿論、その前の第1シリーズ(杉田かおる、鶴見辰吾、田原俊彦、近藤真彦、野村義男、三原順子らのクラス)の頃から、その後、最終の第8シリーズまで全部視聴していたことは言うまでもない。
(かのターメリックマン氏は、世代的には自分より多少若いにもかかわらず、第2シリーズの細かなエピソードを良く知っていて驚かされたものだ。) 

 人気の渋谷・新宿などには目もくれず、千葉との県境にも近い北千住方面を目指す。
 平日の午前中で、ラッシュアワーも終わった後の時間帯なので、電車でも座ることができたが、田舎者のオッサンは、乗り換え駅と降車駅を間違えないようにドキドキだった。
 
 やがて、小さな駅に降り立つと、おお!これこそ金八ワールドの入口ではないか!
堀切駅
(写真1:東武伊勢崎線 堀切駅)

 ドラマの中で何度も登場した駅は、とても小さな目立たない駅だが、高校受験へ向かう生徒を見送るシーンなどが印象深い。
 
 改札を出るとすぐに外。坂を下り、車が交差するのが困難と思われるような狭い路地をぬって歩くと、突然、眼前に見覚えのある建物が現れた。

桜中学校校舎(現・東京未来大学)
(写真2:金八先生の舞台・桜中学校こと東京未来大学)
 見覚えのある校舎が一部残っている。かつては荒川第2中学校という本物の中学校だったが廃校となり、旧校舎は東京未来大学となった。ドラマ内で「荒谷2中(桜中の敵対校という設定)」からヤンキーが殴り込みに来て騒いでいたグラウンドには、真新しい大学の新校舎が建ち、面影の一部は失われたが、校門付近は当時に近い印象のままだ。

 ここまで来たら、どうしてもやってみたいことがあった。
 それは、「金八ワールドに同化する」行為である。
 タイトルバック(第1シリーズなら「贈る言葉」、第2シリーズなら「人として」がBGMとして流れている)に毎回映し出される荒川土手を歩く金八先生(武田鉄矢)の登校シーンと同じ場所に立ちたい、という欲求に駆られたのだ。

荒川土手
(写真3:念願の荒川土手で。冬場なので、草が緑色でないことだけが残念だが、『あの生徒たちに混じって一緒に桜中学に通いたい』と妄想した中学生の頃を思い出した。)

土手の上からは、もうひとつの「見覚えある景色」が見えて、これまた感激。

金八通り
(写真4:タイトルバックの映像で金八先生が登校時に歩く道。ファンの間では『金八通り』と呼ばれているとか。)

 この界隈は、路地が狭く、非常に複雑に入り組んでいるため、学校の周辺を歩き回っていると、自分がどこに居るのかわからなくなりそうだ。
 「せっかくだから周囲を散策して隣駅から帰りの電車に乗って帰ろう」と思ったが、予想以上に苦戦。スマホの地図アプリがなかったら道に迷っていたに違いない。

 そんな中でも、劇中によく登場するお店と、低い鉄道ガードを発見。
 これらも、ファンの間だけで「ああ、あれか」とわかってもらえるものばかりだ。

日の出食堂
 (写真5:日の出食堂 撮影スタッフらがよく利用したと言われる昭和の風情漂うお店。店頭には当時の3年B組全員が写ったポスターが今でも色褪せながら貼られている。)


1.7mガード
(写真6:低い鉄道ガード ファンの間での通称は「1.7mガード」。劇中にたびたび登場する印象的な場所だが、身長176cmの自分はかがまなければ通れない。)

 中学生の頃から「いつかは行きたい」と願っていた場所を訪ねることができたのは、自分の子供が中学校ばかりか高校までも卒業しようかという時になってからだったが、ドラマの面影のある場所がいくつか残っていたことと、天候に恵まれたことは本当に幸いだった。
 なんと言っても、おいそれと来られない遠方に住んでるのだから。
 荒川の河川敷では、少年野球チームが試合を行っていた。
「旭川へ帰ったらどれだけ雪が積もっているかな」と考えると、宿へ戻る足取りも心なしか重くなったような気がした。

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2018.05.04 | コメント(3) | トラックバック(0) | 未分類(その他)

感謝!サフラン放浪記・1周年~サフラン誕生秘話

早いもので「懐かしの飲食店・紹介シリーズ」として始まった当ブログも1周年を迎えることとなったわけである。
 編集長(当ブログの管理人は筆者ではなく,別な人物にお願いしている。)に聞くと、かような駄文に毎回お付き合いいただいている方が何人かおられるとのこと。まこと感謝にたえない。
 思い起こせば1年前。かつて9条通8丁目にあった中国料理店「牡丹園」のことを不意に思い出し、懐かしさにかられて思い出を一気に書き上げた文章。何か書いたら誰かに読んでもらいたくなるのが人の習い性か、筆者と一番近い感性を持っている(と筆者が思っている)当ブログ管理人に送ったところ、あれよあれよと言う間にブログ化の話が進み現在に至っている次第である。飲食店シリーズ終了後、何回かネタ切れの危機に瀕しつつも何とか読者の皆さんの声援をいただき、前回で70回を数えることができた。今後とも1週間を目処に更新していきたいと思っていますので、ヒマつぶしにでも思っていただければ幸いである。
 さて、以前、タイトルの「サフラン放浪記」の“放浪記”の由来についてご説明したが(“吉田類の酒場放浪記”からの部分借用)、今回は“サフラン”についてお話ししたい。
 と言っても難しいことは何もなく、これは筆者(ターメリックマン)の師匠である“サフランマン”にあやかったのだが、では今回はサフランマン誕生の瞬間を披露したい。
 あれはもう20年以上前になろうか。同期入社数人で仕事終わりに晩ご飯を食べていこうとなったときのこと。(その現場には,管理人=編集長も居た)
 我々が向かったのは、当時あった旭川エスタの5階。飲食店街のなかの「タージマハール」である。席につきオーダーのとき。ランチタイムならお得なセットがあるが、夜なのでカレー、ナン、ライスなどをそれぞれ単品で注文しなければならない。各自注文を済ませ(筆者は金欠だったので飲み物かなにかでお付き合いしたと記憶している)、やがてO氏(これがのちのサフランマン)の番。彼は良くメニューを吟味したのち力強く「サフランライス!」とのたもうた。
 もちろん、これだけでは定食屋で「ご飯!」と言ったのと同じ。彼が続けてカレーのオーダーをするものと一同待っているが一向にその気配なし。なんと、(写真入りのメニューでライスに色がついているせいでもあるまいが)、サフランライスをチャーハンかなにかの類と思い、それだけの注文なのだ!もちろん店員さんはあきれ顔。 我々同席者も恥ずかしいので、普通は別にカレーを頼むものだ、とか、筆者も金欠だったが「Oさん、俺もお金出すから何か注文しましょうよ」と持ちかけるも聞く耳もたず。結局、そうして出てきたサフランライスはもちろん、多少の香味はあるものの特段、味があるわけでもなく、だがO氏は「美味い!美味い!」と言って食べているのである。
 さて、驚愕すべきなのはこのあと。最初は引っ込みがつかなくなって負け惜しみでサフランライスを「美味い!」と言っているのかと思ったが、その様子をよくよく見てみると、どうもO氏はただのサフランライスを本当に“美味い”と感じているようなのだ!これには一同、唖然としたものである。また、この夜のO氏は絶好調。インド料理店でインド人のことを「あいつらはバカだ!」と罵倒するなど、まさに“ブレーキの壊れたダンプカー”状態だった。
 以上が輝ける“サフランマン誕生の夜”である。
 ちなみに,かのサフランマンは,夫人と2人の子供に恵まれ,良き家庭人として,今もこの街で暮らしている。

 実は,この話には後日談がある。
 数日後、当ブログの管理人がサフランマンの家に遊びにいったときのこと。二人でパソコンなどをしていると、つい夜遅くになってしまった。
 お互いまだ若く独身で、実家住まいをしていたときのことである。サフランマンのお母さんが夜食にとカレーライスを振る舞ってくれたのだが、管理人によると、「そのカレーのまずいこと、まずいこと!」(普通に市販の固形ルーを使って作るカレーを、どうやって不味くできるのか、読者も不思議だろうがこれは事実である)続けて管理人曰く、「そりゃあ、物心ついたときから、あんなもの食べてたら、ただのサフランライスだって美味しいよなあ」に、筆者と二人で腹をかかえて笑ったものだった。
 では“まともな”サフランライスの食べ方を、

 写真1:職場近くにあるネパールカレー専門店「ニッサル」。たまに昼に利用している
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 写真2:「ランチAセット。野菜チキンカレーにサフランライス、サラダに加えラッシーがつくのが嬉しい」
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 写真3:「サフランライスにはやっぱりカレー。」
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 最後になるが,2年目に入った当ブログ。これからも、なるべく1週以上あけないで筆者のサフラン的日常を綴っていきたい。そして管理人ともどもブログ界の「ゆでたまご先生」を目指して頑張っていく所存なので,読者諸兄には末永くお付き合いをお願いしたい。

2013.08.20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 未分類(その他)

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プロフィール

ターメリックマン

Author:ターメリックマン
 旭川市の中心部にほど近い、常磐公園界隈で育った快男児。
 知新小、常盤中と進んだ「地元」への思いはそれなりに持っている。
「知っている人にしか共感を得られない」微妙な感覚と、スパイスの効いた「毒」をお届けしよう。
<守備範囲>
80年代B級アイドル、80年代洋画、昭和のテレビ時代劇、昭和プロレス、80年代洋楽
<好きなもの>酒 
<嫌いなもの>老いぼれ、ガキ、ペット

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